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マシーナリーとも子EX 〜今年は丑年篇〜

「……じゃ、あけましておめでとうございます」
(はい、おめでとうございます)

 コタツで向かい合ったままアークドライブ田辺とトルーは頭を下げあった。そこに、もう一人の住人であるワニツバメの姿はない。彼女は現在ネットリテラシーたか子に連れられ山籠りの最中なのだ。

「……な〜んか寂しいですねえ」

 シンギュラリティのサイボーグであるたか子が、N.A.I.L.の強力な戦力であるワニツバメを特訓する。一見奇妙な関係であるが、これはシンギュラリティとN.A.I.L.で一貫してそのようにした方が良いという見解を持った末でのことだった。ワニツバメは真に本徳の力を手に入れ、マシーナリーとも子に匹敵する力を持たせる。それによってセベクの体内に吸収されている徳人間、錫杖の存在は不要となり吐き出される。結果、鎖鎌は友人と再開し、両者のあいだにある諍いはひとまずの解決を見せる。
 おそらく時空の歪みの原因になっているツバメと鎖鎌が命を奪い合うような展開になってしまえば、歪み切った時空の強度は限界を迎え、ちぎれてしまうだろう。そこには人類もサイボーグもない。不毛の大地が広がるだけである。それだけは避けねばならなかった。
 が、それにしても……。

(末っ子とデカいペットが同時にいなくなったようなものですからねえ。気持ち的にはもちろん、物理的にも寂しさを覚えますね)
「最近なんか室温低く感じますもんねえ」

 田辺はこう言うが、実際のところサイボーグが寒さを感じることは余程のことがない限りはあり得ない。基礎体温が非常に高いためだ。これは彼女らが機械生命体であるのと同時に徳が高い存在であることも関係している。徳は暖かいのだ。
 そのとき、リビングのドアが開くと同時にガウガウと奇妙な鳴き声が響き、トルーの頭に思考が流れ込んできた。

(聞こえたぞトルー……。誰がペットだって?)
(……! セベク? ということは……)
「あけましておめでとうございまス! ミス・トルー! 田辺さん!」
「うわーっ! ツバメさん! おかえり!」

 現れたのは山で修行しているはずのワニツバメであった!

「どうしたの? もう修行終わり?」
「いやー、そういうわけではないんでスが……。あ、あとこの人、途中から一緒に来たんでスけど」
「……ドモ。あけましておめでとうございます」

 ワニツバメの後ろからひょっこりと顔を出すのは、小柄なワニツバメよりさらに少し小さい、小さな少女。中学生くらいだろうか? 目は長く伸ばした前髪の毛で隠れているが、チラチラとそのあいだからサングラスが覗く。そして黒いパーカーを着ていた。
 サングラスと黒づくめの出立ちはN.AI.L.のドレスコードである。田辺はそれを察した。

「あ……どこかの隊員さん?」
(ああ、ああーーーもしかしてチュウですか?)
「ども……お久しぶりです。トルーさん」

 ***

「ツバメさん大丈夫? お風呂入ってないんじゃないの?」
「や、ここ来る前にネットリテラシーたか子と銭湯寄ってきたんで大丈夫でス」
「ああそうか、たか子さんもいるのか……。で、なんで?」
「いやぁー年末年始くらいはお休みするかあってネットリテラシーたか子が言い出しまして。私も断る理由無いでスし」
(そんなこと言って、たか子もシンギュラリティで忘年会がしたかったんじゃないですかぁー? まあいいです。私たちもちょうどふたりで年越しは寂しいと思っていたところなんですよ。ひとまずおかえりなさいツバメ)
「ふひ、恐縮です」
(……で、そろそろ紹介しましょう。彼女はN.AI.L.のどうぶつ人間の……)
「ども、丑(チュウ)です」

 田辺がモグモグと筑前煮を咀嚼しながら問いかける。

「このタイミングでどうぶつ人間の方が来るということは……干支の……」
(はい。彼女は牛のどうぶつ人間です。あ、丑、お年玉)
「うわ……こんなに……。なんか悪いです、トルーさん」
(いいんですよ去年もカソにあげましたから)
「で、チュウさんはどんな能力なんでスか?」
「怪力す」
「怪力……」
「普通ですね」

 田辺の口から思わず本音が飛び出た! 田辺はしまったと思ったが丑は少しだけしょんぼりしていた。

「す、すいません丑さん。悪気があったわけでは……」
「いえ、わかってんです。私、あんまり取り柄なくて……。実家が畑仕事してるんで、そのときには役に立つんですけども」
(でもどうぶつ人間には彼女のように純粋なフィジカルが強化されたものも少なく無いんですよ。むしろカソのように特殊能力を持っているエンハンサーは貴重ですし、でもだからと言って特殊能力を持つものはフィジカルタイプより弱いと言うことは決して無いのです。基礎スペックはフィジカルパワーがあるほうが強いですからね)
「なるほど……それくらい丑さんのパワーはすごいと」
「ふへ……そんなことないです」
「考えてみれば、私も豚のパワーで馬力が上がってるだけだしなあ。あとトンカツ作るのは上達したけど」
(……ふむ……)

 ツバメの里帰りと干支の挨拶で上機嫌になったトルーはすでに日本酒をグラスに注いでは6杯飲み干していた。

(どっちが強いんですかねえ)
「「え!?!?」」

 トルーは7杯目の日本酒を飲み干す。もともと肌がかなり白目のトルーは酒を飲むとすぐに顔が赤くなる。すでにその顔面はちょろぎのように紅潮し、出来上がりはじめているのがわかる。

(牛の力を持つ丑と、豚の力を持つ田辺。どっちの力が上か試してみたくありませんか?)
「た、試すったってどうやって……」
(相撲してみればいいじゃないですか)
「「相撲!?!?!!?!?!?!?」」

 その場にいた全員が呆気に取られている間にトルーは家具をサイコキネシスで箸に寄せるとリビング中央に拾い空間を作り出す。次いでサイオニックブラストを細く絞り出すと超能力で縄のように固定、あっという間にN.AI.L.池袋ベースの中心に土俵が生まれたのだった。

「ほ、ほんとにやるんですかトルーさん……」
(まだあなたの"芸"を見せてもらってませんからねえ丑。十二支のどうぶつ人間は自らの干支の年に挨拶にくるとともに一芸見せてくれる……。6年前からのお約束ですヨォ?)

 伝えながらトルーは、いつのまに仕込んでいたのか台所から温めた徳利をサイコキネシスで引っ張ってくる。こたつにさらに深く身体を埋めたトルーは早く余興を見せてくれとサングラス越しの目で訴えてきていた。

「仕方ない……田辺さん、やりましょう」
「え、ええ……大丈夫ですか丑さん」
「もちろんです。さあ土俵に上がりましょう」

***​

(じゃあハッケヨーイ……残った!)
「フンっ!」
「うりゃ……なっなにぃ!!!」

 組み合って田辺は驚いた。想像を遥かに超えた丑のパワー! 自分はサイボーグであり、その上で豚の力をエンハンスさせている。その力は場合によってはマシーナリーとも子やネットリテラシーたか子すら圧倒することもあった。だからただのどうぶつ人間と相撲をしては、一瞬でケリがついてしまうのではないかと考えていた。だがこの小さな少女の体の芯から発せられる圧倒的力はなんだ! 田辺はむしろ吹き飛ばされかねないと足をしっかり床につけることに全集中力を費やさなければならなかった。

(この勝負……単なる力だけの勝負ではありませんねえ)
「へぇー、と、言いますと? ミス・トルー」
(牛と豚……この共通点はなんだと思いますかツバメ)
「哺乳類ってことですか?」
(それはそうですが私が注目しているのはそこではありません。どちらも食肉になるどうぶつということですよ)
「……それが相撲とどんな関係が?」
(つまりどちらがより美味しいかと言う対決でもあるわけです。肉同士のプライドをかけた……)
「ええー! それは関係ないでしょう。だって牛や豚だからと言って家畜だとは限らないじゃないでスか」
(いえいえこれはイメージの問題です。操っているのはエンハンスされた側ですからね。現に田辺はトンカツが美味しく揚げられてるじゃあないですか。自分に憑いたどうぶつが美味しいと言うイメージは、確実に力になるのです)
「そういうもんなんでスかあ?」
(そういうものです。N.AI.L.の基本理念は"人間に勝るものなし""地球上のすべては人間に奉仕するためにある"です。その考え方がより私たちに力を与えるのです。あなたも食客扱いとはいえ実質上はN.AI.L.の幹部のようなものなのですから、それは覚えておくといいですよ)
「ふーむ」
(……私は聞き捨てならんぞトルーよ)
「セベク?」
(……おやおや、そういえば人間でもサイボーグでもない存在がいましたね)
(ツバメを通してお前らに協力することは構わんが、ほかのどうぶつを目の前で愚弄されては黙っておられん。そもそもお前ら人類は我々のような神の庇護のもとで生きながらえているのを忘れてもらっては困る)
(神、神ねえ。我々の持つ宗教観と多少異なりますねえ。そもそも、あなた方は我々の思う意味で本当に神なのですか? 力を持つ獣人が、力を持たない人類を虐げていただけでは?)
(……年始とはいえ言葉が過ぎるぞトルー)
「ちょ、ちょっとふたりとも……なんか雰囲気がヘンでスよ!」
(そういえばワニのお肉は鳥みたいで淡白で美味しいと言いますねえ……)
(……そうか……そこまで言うのなら私も黙ってはおられんぞ!)
「えっ! えっ! セベク!?」

 ワニツバメの左腕からワニのセベクが分離する!

***

「ウシーーーッ!!!」
「んぎゃ〜っ!」

 丑の頭からエネルギーホーンが現出し、体当たりで田辺を弾き飛ばした! 江戸で発明され、そのあまりに危険すぎる破壊力から禁止されてしまった決まり手裏四十八手のひとつ、ハリケーンミキサーだ!

「んがーっ! やられました! 一本! すごい力でしたよ丑さん……」
「わ、私も田辺さんの力がすごくて今までにない力が出せたみたいです……えへへ……」

 土についた田辺のロボットアームを、丑が掴んで引き起こす。サイボーグと干支人間の間に、相撲を通して友情が芽生えたのだ。だがそのとき!

((こうなったら相撲で勝負だ!!!!))

 トルーと巨大なワニ……セベクが土俵入り! 田辺と丑はたまらず弾き飛ばされた!

((グムムムムムム〜〜〜ッッッ!!!))

 土俵上でロックアップし激しく組み合う両者! セベクは大きな顎を開き、トルーの頭部を噛み砕こうとするがトルーはサイコキネシスで防御! 逆にセベクの顎を開ききって引き裂こうと試みる!

(んガーッ!)

 たまらずセベクは喉からナイル川を召喚! トルーに大量の水を浴びせかける!

(ゴボゴボゴボーーーッ!!!)

「……なにやってんですかあのふたり??」

 田辺と丑は呆気に取られながらツバメが収まるコタツに潜り込んだ。

「なんかおふたりの相撲見てたらケンカになっちゃいまして……言い合っても仕方がないから自分たちも相撲でケリをつけようって」

(ドリャーッ!)
「ガゥーーーッ!!!」

 ナイル川を超能力で利根川に転送しなんとか濁流から逃れたトルーは腕から強力なサイキックハリケーンを現出させ、セベクを天井へと叩きつける! 

(勝った! 天井にぶつけたから私の勝ちぃ!)
(バカめ! 相撲は床に足以外をつけるのがルールだ! 天井は関係ない!)
(ならばーッ!)

 今度は地上に向けてサイコキネシスを飛ばすトルー! 先ほどまでとは反対に床に向かって猛烈に飛ばされるセベク! だがセベクは口からワニブラストを発射し、その反動で宙に浮く! 

(流石にやりますねセベク!)
(かつてエジプトで畏れられた我が力、まだまだこんなものではないぞ!)
「あぁ〜〜……床に穴がぁ……」

 田辺の脳裏に去年のボヤ騒ぎが思い浮かぶ!

「……なんか、もうどうしようもなさそうなので私たち3人で行きまシょうか、初詣」
「そうだね……」
「わ、私もよろしいんで……」
「もちろんだよ丑さん! 一緒に行こう!」

(ぬおおおおおーーーっ!!!)
「ガウーーー!!!!!!」

 土俵上で超能力者とワニががっぷり組み合う!!!
 一方、田辺とツバメと丑は寒空の下に出た。同じタイミングで向かいの家からマシーナリーとも子、ジャストディフェンス澤村、鎖鎌、ネットリテラシーたか子が顔を出す。

「「「「あ」」」」
「なんだよオメーら……初詣か?」
「あけましておめでとうございます皆さん! 奇遇ですねえ」
「見ねー奴がいるな」
「あ、N.AI.L.の丑です……よろしくお願いします」
「ワニツバメ、多少は羽を伸ばせたかしら?」
「はぁ……まあ上司と相棒が相撲を取ってること以外は概ね……」
「たか子さん、3が日くらいはいられるんでしょ〜?」
「ふん、そうね……ワニツバメ次第かしらね」
「え、え、じゃあ……それくらいまではゆっくりしまシょうか?」
「ほら、早く行かねーと混むぞ。人類どもこんな時でも祭りごとには集まりやがるからよぉ〜」
「はいはい。じゃあいきましょうか」

 2021年最初の夜が更けていく……。
 その後、ワニと超能力者のバトルは明け方まで続き、N.A.I.L.池袋ベースは半壊した。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます