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マシーナリーとも子EX 〜真言のなぞ篇〜

 パァパァプァプァプァプァ!
 枕元からする妙な音にウンザリさせられながらマシーナリーとも子は腕を伸ばし、スイッチを切った。スイッチの上に設けられた電子カレンダーを見る。2035.10.01。そうか、もう10月になったのか……。
 慣れないベッドから身を起こし、伸びをする。指パッチンをすると自動でカーテンが開き、太陽光が部屋の中を照らした。さて今日は何をさせられるのか。なかなか上向かない気分を奮い立たせるように、とも子は腕のマニ車を手で回して加速させた。

「お目覚め……のようね」
「あぁ?」

 誰が入ってきたのかはすぐわかった。ドアノブが回される音についでモーター音が部屋の中に轟いたから。数日前に池袋で会ったサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ。とはいえ、この横須賀の施設に連れられてきてからは顔を合わせてない。

「アンタか……。池袋での仕事は終わったのかぁ?」
「終わったも何も、あなたをここに引き連れてきてから一度も足を運んでませんよ」
「そーなの? てっきりあのあとすぐに戻ったのかと思ったよ」
「色々あってね……。まあ要約するとあなたというイレギュラーが発生したばかりに計画は無期限休止になりました。理由の詳細は私にすら知らされていません。まったくいい迷惑よ」
「そりゃ悪いことしたな……。で、なんか用?」
「今日、あなたの検査結果が出るそうよ。あなたを見つけた者として結果を見てみたいし……一度改めてあなたと話してみようと思ったのですよ」
「もう満足したかぁ?」
「どちらかというと少し話しただけで辟易としたわね」


***

ネットリテラシーたか子はため息をついた。このサイボーグはどうも……ガサツだ。大雑把で、適当で、粗雑だ。それはいまの短い会話でも、僅かな間ですっかり散らかった部屋の様子でも明らかであり、なによりも出会ったあの日からそうだった。

 数日前、ほか2名のサイボーグと池袋で仕事をしていたネットリテラシーたか子は突然マシーナリーとも子と出会った。予定にないことであった。チームのリーダーだったルチャドーラますみもまったく聞いていない情報だった。マシーナリーとも子自身に聞いてみてもいまいち適当な生返事でその思惑はハッキリしない。
──なぜここにいたのか。
 徳が高そうな雰囲気がしたから。
──どこの所属か。
 とくになんかそういうのは無い。
──どこから来たのか。
 千葉から。
──千葉支部のサイボーグなのか。
 だから、とくにそういうのは無い。
──特殊な任務を帯びているのか。
 とくに無い。
──何が目的か?
 なんかおもしろいことないかなと思って。
 ますみとたか子は様々な質問をとも子に投げかけた。だがとも子はヘラヘラと、ときにはよそ見をしながら、ときにはめんどくさそうに身体をかきながらどこまで本気なのかわからない答えをのらりくらりと返すのだった。
 徳が低い……。それがネットリテラシーたか子がマシーナリーとも子というロボットから受けるイメージだった。だがそのイメージとは裏腹に、マシーナリーとも子から発せられる徳は大変に高いものだった。たか子はそのギャップに戸惑った。回転体も異質だった。サイボーグたちは誰しもマニ車を模した回転体を宿している。回転体をマニ車のように回転させることで表面に刻まれたマントラが、内部に仕込まれたスクロールが読まれ、徳を発生させる。擬似徳なら徳の高い気持ちを発生させる。ネットリテラシーたか子のチェーンソー、カシナートさなえのフードプロセッサー、ルチャドーラますみの投げ技のように。
 だがマシーナリーとも子の腕に取り付けられた回転体はマニ車そのものだったのだ。そんな回転体は聞いたことがない、いや、そんなのアリなのかとすら思った。その巨大なマニ車からは量だけでなく、骨太でコシの強い徳が発せられていた。たか子はそのギャップに戸惑った。これまで出会ってきたどのサイボーグとも違う。もちろん自分とも違う。サイボーグとは……とくに本徳サイボーグは、己の発する徳に恥ずかしくないよう、なによりもより強くあるために、生きるために徳高くあろうとするものではなかったか。なぜこのサイボーグは徳の低さと徳の高さが釣り合っていないのか? このサイボーグにマントラを刻んだのは誰なのか?

***

「あ、あなたどういうつもり?」
「え……? 何?」

 たか子は耐えられずに声をかけた。マシーナリーとも子は納豆をチャッチャと5回程度混ぜた……とも言えぬ、醤油とカラシを絡ませる程度でごはんに掛けたのだ。

「もっと混ぜた方が美味しいでしょう!?」
「あんまり混ぜないのが好きなんだけど……」
「徳が低ーい!」
「この程度でいちいち徳とか言うなよなぁ〜! その方が徳が低くねーか? だいたいお前だって納豆に卵入れてるじゃねーか」
「納豆には卵がベストパートナーでしょう」
「私は好きじゃないねぇ〜。卵がむだにネバネバ泡立つ感じになっちゃってよぉ〜。納豆まんまの方がスッキリしてて好きだね」

 そう言いながらとも子は箸の先をお茶に入れた。

「え!? なんでそんなことを!!!」
「え? なに?」
「箸をお茶に入れるな〜! 徳が低いというより意地汚いわよ!」
「なんだお前、私の母ちゃんかよぉ〜。こうすると納豆の糸が切れるからうざったくないんだよ」
「だったらお味噌汁でやればいいでしょうが! お茶に入れるなんて……お茶の味が変になるでしょう!」
「こんなちょっぴりだけ、大丈夫だよ……ズズッ、ほらな」
「うえ〜〜」

 やっぱりこいつ変だ、徳が低い。たか子は朝食に同席しただけでそう思った。

***

 会議室「アノマロカリス」のドアを開け、異様に大きな腕部を持つサイボーグが入ってきた。10時ジャスト。予定通りだ。

「や、や、待たせたね……。たか子も揃ってるね」
「こいつの正体を見極めたいので。お手数取らせましたねドゥームズデイクロックゆずき」
「ま、こういうのはどうしてもウチらの仕事になるよねえ。さてとも子クンのマニ車だけど」
「なんだ、あれこれ検査してたと思ったらマニ車について調べてたのかよ」
「サイボーグの素性を知るのには回転体を調べるのがいちばん手っ取り早いからねえ。で、結論から言うと……彼女のマントラを刻んだサイボーグはわからなかった」
「わからなかった……?」
「だから最初から言ってんだろ……。誰に刻まれたものでもねー。こいつは……」
「ああ、だよね。物心ついたときからそうだったんだろ。……つまりだ。ネットリテラシーたか子。君と同じだよ。彼女は……マシーナリーとも子は」
「……アバタール?」

 たか子は自分の口から発せられた言葉に、改めて信じられないと思った。あんな、あんな納豆の食べ方をするこいつが……生まれつきの本徳サイボーグだなんて……。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます