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マシーナリーとも子EX 〜桜の木の記憶篇〜

 アメリカ、ヴァージニア州。とある地主の家にジョージは産まれた。
 彼には7人もの兄弟がいたが貧乏ではなかった。むしろジョージはこれといって生活に不自由を覚えることはなかった。彼の家はそこそこ以上に裕福だったのだ。父は多くの奴隷を抱え、広大な農園を経営していた。それだけに満足せず、鉱山の開発まで行っていた。ジョージは幸せな毎日を送っていた。だが、父はいつもどこか物憂げな顔をしていた。父は優しかったがいつも物足りなさそうだった。ジョージはある日、母から聞いたことがある。お父さんはイングランドの王族の血を引いているのだと。
 今日も父はため息をついている。そんな姿を見てジョージは固く誓った。僕が大人になったらきっとすごく偉くなって、お父さんを心から笑わせるんだと。

***

「行ってきまーす!」

 ある日曜日。ジョージは斧を持って家を飛び出した。いま、周りの子供たちのあいだで大流行している遊びが斧投げだ。的に向かって手斧を投げる。ただそれだけの遊びだが、斧という場合によっては人を殺すことだって可能な道具を用いることが、ジョージにはかっこよく感じられた。スリルがあってクールだと思った。再来週の日曜日には街の子供たちの間で斧投げ大会がある。ジョージはそこで優勝したいのだ。
 ジョージにはライバルがいた。隣のトンプソンさんの家に雇われている木こりのジョーだ。ジョーは町一番の力持ちで、瞬く間に木を切ってしまった。1時間に9本も木を切ったこともあると言う。その剛腕から繰り出される投げ斧は凄まじい回転力を放ち、信じられないほどまっすぐ飛ぶ。そして違いなく的のど真ん中に突き刺さるのだ。それだけではない。ある時など勢い余って的にしている板を真っ二つに割ってしまったことすらあった。それだけのすごい怪力なのだ。
 さらにジョーは奴隷だった。周りの友達はそのことをからかったりしないし、ジョーもそのことで卑屈になったりしない。むしろジョーは仲間内ではもっとも誇り高い男だと言えた。彼は自分の血筋に、そしてその腕っぷしを心から愛しているのだ。そんなジョーだから、雇い主のトンプソンさんも彼を虐めたりしなかった。まるで本物の家族のように温かくジョーに触れていたのだ。だが、そんな誇り高いジョーだからこそ斧投げ大会では優勝したがるはずだ。そして奴隷の子が白人に勝ったのだと周りに知らしめたいと思っているはずなのだ。それは彼が薪割りのあいだをぬって熱心に練習している姿を見れば明らかだった。ジョージは思った。自分にはジョーのようなハングリー精神はあるだろうかと。
 それでもジョージはジョーに勝ちたかった。将来、父を喜ばせるほど偉くなるためにはジョージのような男にこそ勝たなければならないと思った。そのためには練習しかない……!
 ジョージは庭に出た。季節は春だった。父が自分が生まれるより前に植えたと言う桜の木が、満開に咲いていた。

 ドゥルルルン……。

 ジョージは桜の木の下から、聞き覚えのない音が聞こえてくることに気づいた。反対側にまわり込むと見慣れない奇妙な女性が立っていた。

「あなたがジョージね?」

 ジョージは、あなたは誰ですかと話しかける前に声をかけられたので驚いた。自分は今裏から回り込んできたばかりなのに、どうして気づけたんだろう。そしてどうして自分の名前を知っているのか。

「たしかに僕はジョージですけど……あなたは誰ですか」
「私はネットリテラシーたか子よ」

 奇妙な女性は名乗った。不思議な響きだった。

***

 女性を観察しながらだんだんジョージは怖くなってきた。頭からは不思議なボールが二つ生え、さらにこめかみに矢が刺さっていた。脚や背中には不思議な装甲を身につけており、さらに少し浮いている。何よりも異様なのはその腕だ。何やらギャルギャルと轟音を立て、高速で動いている。不思議すぎる。この腕はなんなんだ? でも怖い……。ジョージは怯えた。きっとこの女性はモンスターやゴーストに違いない……。いや、もしかしたら悪魔かもしれない! ああ神様! ジョージは突然己の身に降りかかった不幸を呪った。

「私が怖い?」

 ネットリテラシーたか子はジョージの恐怖心に気づいたのか、腰を折って

「はい。怖いです。あなたは悪魔ですか?」
「悪魔?」

 たか子は目をまん丸にした。驚いているようだった。すると次はさっきとは反対に、大きく仰け反りながら大声で笑った。

「あっはっはっはっは! おかしなことを言うのねジョージ。この私をあんな田舎者たちと間違えるなんて。まあ人類なら無理もないか」
「田舎者? あなたは悪魔ではないのですか? 僕は何かおかしなことを言っていましたか?」
「私はサイボーグという種族よ。なに? なんでそんなにおっかなびっくり聞くのよ」
「あなたが僕の言ったことで大笑いするのでびっくりしてしまいました」
「は?  大笑いなんかしてない。感情が無いから」

 怖い! このたか子という女性は何を言っているのだろう! さっきあんなに笑っていたのに! 人類の根源的恐怖の源、それはコミュニケーションが取れないことである。だからこそ人類は狼や牛を自らの下に従えてきたのだ。だが、自分より強いものと出会い、コミュニケーションが取れなかった時はどうすればいいだろう? 気まぐれで殺されるかもしれないのだ! ジョージは震え上がった。

「ジョージ……。見ていて気の毒なくらい震え上がっているから今のうちに言ってあげるけど、私はあなたに危害をくわえるつもりはないわ。腕が回ってて怖いでしょうけど」
「そうなんですか? あなたを信じていいのですか?」
「ええそうよ。むしろあなたを助けに来たと言っても過言ではないわね。私は未来から来ました」
「未来? それは明日とか明後日から来たってことですか? やっぱり天使や悪魔みたいだ……」
「ええそうよ。でももっとずーっと未来なの。あなたが死んで、あなたの息子も死んで、お孫さんもまあ死んでるでしょうね。それくらい未来から私は来ました」
「何をしに?」

 たか子はにっこりと笑いながら答えた。

「だから、あなたを助けに来たと言ってるでしょう」

 その笑顔を見てジョージはようやく警戒を解いた。何を言ってるのかわからないが、もしかしたらこの人は本当に天使かもしれない。浮いてるし、悪魔のことをバカにしていたから。

「ジョージ、あなたは偉くなりたいのでしょう」
「はい! すごく偉くなって、落ち込んでるお父さんを元気づけたいんです」
「そう。じゃあ私はあなたのために協力するわ」

 そう言うとたか子は立ち上がり、傍の桜の木を見つめた。

「だから今からこの木を切ります」
「え?」

 ジョージの家の庭に轟音が響いた。

***

 メキメキメキ……ドスーン!!

「なんだ!?」

 異様な物音を聞いて、ジョージの父オーガスティンが家から飛び出した。そこに広がっていたのは先ほどの物音にも勝るとも劣らない異様さを持つ光景だった。
 桜が、ジョージが生まれるより前から植えていた桜が伐採されている。しかも異様に滑らかな切断面で。その傍らには茫然自失としたジョージが斧を持って立っていた。オーガスティンは困惑しながらジョージに話しかけた。

「これは……これは一体どう言うことだ!?」
「パパ……」
「ジョージ、一体何があったんだ。話してみなさい」

 ジョージは真っ直ぐに父の瞳を見つめ、しばらく逡巡したように見えた。いや、自分でも何が起こったのかわからず、混乱していたのである。5秒ほどジョージは考えあぐね、そして口を開いた。

「父さん……。僕が、僕がこの斧で、桜の木を切りました……」

***

 ジョージ・ワシントン。のちのアメリカ初代大統領が12歳の頃のエピソードである。だがこの真実は現在、ホワイトハウスにすら伝わっていない。この日の出来事はジョージの日記に詳細に綴られ、その後も一族に受け継がれていたが、南北戦争のどさくさで失われた。その後秘密エージェントにより発見され、現在はネバダ州にあるアメリカ軍基地、エリア51の地下レベル51シェルター内に厳重に保管されていた。今は、地上の応接室で私の手の中に握られている。
 ドアが少し開く。忠実な部下のハシモトが、まるでジャック・ニコルソンのように顔を出しながら話す。

「少佐、ドクターが参りました」
「うん。入れてくれ」

 ハシモトが頷き、引っ込む。すぐにドアが全開で開き、一人の老人が入室してきた。

「本日はご足労いただきありがとうございます。ドクター……ココス」

 ココスと呼ばれた老人はシルクハットを脱ぎ、会釈した。

「こちらこそお招きいただき感謝する少佐。早速……ワシントン・ダイアリーを拝見してもよろしいですかな? ここに来るまでそれが読みたくて読みたくて、夢にまで見ましたよ……。アメリカ初代大統領とサイボーグの邂逅……。これは人類史を揺るがす大事件ですぞ!」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます