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マシーナリーとも子EX ~翔ぶ栓篇~

ラウンデル絹枝は驚愕のあまり大口を開けていた。自慢のトラバサミ状の歯が剥き出しになっている。だが……それはいつもと違って相手を威嚇するための機能は果たせていなかった。彼女は初めてドレッドノートりんごに遅れを取ったのだ。行動のすべてを把握しているはずのりんご。いつも先手を取ったコミュニケーションを取れていたりんご。そのりんごに呼び出され、ノコノコと食事の席にやってきて、今は池袋支部のサイボーグに睨まれている。
一機は池袋の現リーダー、巨大な腕とハッキング能力を持つタイムマシン技術者ドゥームズデイクロックゆずき。戦闘能力についての噂は聞いたことはないが、その終末時計から放たれる徳は3メートルほど離れたここからでもありありと感じられる。
もう一機はサブリーダーのエアバースト吉村。その徳の低さと同じくらい雀将とサイバーボクシングの技術はシンギュラリティの中でも名高い。元池袋支部のネットリテラシーたか子やマシーナリーとも子の影に隠れてはいるが相当な実力者であることは疑う余地も無い。
さらに富山県を消滅させたドレッドノートりんごだ。一機ならともかく、この三機に囲まれて自分に勝ち目はあるのか……?
絹枝は思案する。いつの間にか眉間からつたってきた冷や汗が大きく開けた口に流れ込んできた。いや……そもそも自分は戦うのか?

「焦っているね絹枝くん」

ゆずきがニヤニヤとしながら巨大な腕に腰掛け、歩み寄ってくる。

「なるほど監視と粛清を担当するサイボーグか……。噂には聞いていたけど現役世代をこの目で見るのは初めてだね」
「聞いているのでしたら自分達が何をしようとしているのかも理解できるのでは無いですかドゥームズデイクロックゆずきよ。あなた方は私の仕事を邪魔しようとしています。ですが勘違いしないでいただきたい……。これはドレッドノートりんごに課せられた一種の罰であり、また彼女に同じ罪を繰り返させないために必要な処置なのです」
「……あなたそんな話し方もできたんだね……」
「支部のリーダーに対して必要な敬意を払っているまでだよりんごちゃん。君への話し方は私からの愛着だと思ってくれていい」
「……愛着? 私より優位に立とうという技術でしょ。あなたはそうやって私を絡め取ろうとしている……」
「そう取られるのは悲しいことだ」
「……なあ、せっかく私らが出向いたんだから会話に参加させてくれねぇーかなあ?」

吉村がラム肉を頬張りながら不満を口にする。それを聞いてゆずきもわざとらしく腕からガシャンと音を立てた。彼女流の咳払いのようなものだ。

「ウチのりんごちゃんの犯した罪、それについて課された罰については承知しよう。だが……今の話を聞く限りじゃあ君の監視行動は少し度を越してると思うがね。こちらとしてはそのことを上申、査問会にかけることもできるんだよ」
「監視役の権限は各々のサイボーグに任されています。池袋支部はそれにケチをつけると言うんですか?」
「それはまた別の話だろう絹枝くん。我々としては補充ロボ員として来てくれたりんごちゃんに精神的負担がかかっていることについて君の行為は看過しかねる。私たちはね、何も君をここで破壊して監視を止めさせようというわけじゃあないんだ。互いにちょうどいい落とし所を見つけようじゃないかと、そういう話合いをするためにやって来たんだよ」
「なぜ私のことがわかったんです。りんごちゃんの行動はすべて監視している。あなたと相談をした様子はなかった」
「……話してあげるから座ったら?」

りんごにそう言われて初めて絹枝はそういえばずっと立っているなと気づいた。今ここで着席するのは尚更この場から逃げられなくなることを意味する気はするが……。これ以上抵抗しても埒が開かないことを悟り、渋々とりんごの対面に座った。

「聞かせてもらおう。君が使った手を」
「……これは私が確信したことでもあるの。あなたが私のことを四六時中その目で見ているわけではないと。そのことは認める」
「私はいつも君を見ているよりんごちゃん」
「……いい加減しつこいよ……。吉村さんとゆずきさんが来ていることに気づかなかったくせに……」

吉村が腕の錠から蒸気を噴出させ、その存在をアピールした。彼女なりの威嚇というわけか……。絹枝は観念した。

「……そうだ。私は君をずっと見ては………………いない……」

「いない」と口にするのに思っていた以上に手間取った。これは事実上の敗北宣言だからだ。ドレッドノートりんごを支配するという策は……自分のロボ心掌握術は失敗に終わったのだ。

「……認めたね。その方法は……?」
「どうしても言わなきゃダメかい? 私の商売道具なんだけどね……」
「立場を弁えたまえよ絹枝くん」

いつの間にか絹枝の背後に移動していたゆずきが釘を刺す。万事休すか。

「話そう。だが……代わりに君が私をこの状態に陥れた方法を教えてくれないか」
「……ゴミだよ」
「ゴミ?」

思わず絹枝はオウム返しをした。

「……今日の昼、私は事務所の中でゴミをひっくり返した……」
「ああ。知っている。それならわかっているよ……だが」

それがどうしたと言うんだ?

「……それはわかっているのね。もう少しわかった範囲について話して……」
「わかった範囲って……。君は事務所の中でゴミ箱をひっくり返した。その大きな主砲でね。そのことをドゥームズデイクロックゆずきに注意され……」
「驚いたね」

ゆずきがホッ! と息を吐いた。

「逆に、そこまでわかっているなんてね。不思議なものだ。完璧と言っていい」
「完璧だと? じゃあなんで……」
「……私は散らばったゴミを片付けるフリをしたんだよ」

絹枝は言葉を失った。ゴミは片付けていなかった? だが……。

「……私はゴミを並び替えてゆずきさんにこう伝えた。監視されている。助けてほしい……と」

しまった……! その手があったか!

「後はカンタンだよ。私はただ頷いて同意を伝え、りんごくんはその後この店を予約した。その次は念の為、彼女に外してもらってから私たちも同じように予約した。たったそれだけのことなんだ。それ以上のことは伝えてもらってない」
「私としたことが抜かったね……。そんな、単純なことで……」
「……次はあなたの番。どうやって私の様子を掴んでいるの……」

絹枝は腕を組み、ふんと鼻息を拭いた。チラと席に座ったままの吉村に視線を向ける。彼女は錠のシリンダー同士を合わせてギャリギャリと音を立てていた。

「さあ」

ゆずきも絹枝の肩に巨大な指を置き、発言を促す。絹枝は諦め手左腕を掲げた。その腕では彼女の回転体である業務用多糸デジタルミシンが音を立てている。

「糸だよ」
「……糸?」
「そう。これがあれば私はりんごちゃんの動きが逐一わかるんだ」

 それまで正方向に回っていたミシンの糸車はギュルリと逆回転を始めた。つまり……糸を巻き上げている。

「……あっ!」

そのとき、りんごはようやく気づいた。手首に、足首に、そして首、腰……合計6箇所に「引っ張り」を感じる……。糸だ! 糸が巻かれている!

「こいつを通せば私は君の身体の動きが手にとるようにわかるんだ……。喉の動きを通じて何を話しているかもね。そして変わったことをしているなと思ったら直接見に行く」
「……だからゴミを動かしただけではメッセージに気づかなかった」
「そういうこと。しかしよくその手段を思いついたねりんごちゃん」
「……もしかしたら、と思える兆しはあった……。このあいだピザビュッフェに行ったときに……」
「何? あのときに?」
「……あなたはあのとき、私に炭水化物ばかり食べている、と言った……。でも実際は、お店側が最初にサラダを持って来てくれるの。私は最初にそれを食べてからピザを取りに行った……」
「なるほど、そんなことで……。抜かったね。注意深く感じていれば咀嚼の様子や立たずに何かをを食べ始めていることに気づけたはずなのに……」
「ま、なんにせよカラクリは解けたわけだ」

ゆずきがグッと絹枝の肩に置いた指に力を込める。

「君のやっていることは明確にプライベートの侵害だよ変態くん。糸を解いてもらおうか」
「嫌だと言ったら?」
「断われる状況だと思うかい?」
「短期的にはそうですね。だが長期的に見たらどうか……? 監視粛清者を力尽くで黙らせるという行為が他支部や上層部からどう思われるか想像はつきますか?」
「力尽く? そんなことは私たちはしない。なぜなら君は自分から糸を解くからだ」
「私がすると思いますか?」
「……やめて、ゆずきさん……」
「何?」

否定されることを想像していなかったゆずきはバランスを崩しかけた。片方のビッグアームを絹枝の肩にかけてるため掲げていたので今彼女は一本の腕でその身体を支えていたのだ。

「……最初から彼女が素直に糸を解くとは思っていない……。あとは私がやるよ……」
「やるよと言うと……」
「……絹枝、まずは食事を終わらせよう。そのあと……私たちで決めよう」
「シンギュラリティの流儀で、か。君のそういうところ、好きだなりんごちゃん」

そこからは会話はなかった。サイボーグたちはスープを飲み、スズキのポワレとラム肉に舌鼓を打ち、りんごのファーブルトンをコーヒーで流し込むと席を立った。領収書も切った。

***

一同は店を出て近隣の公園にやってきた。時は20時。夜の帳は完全に下り、人はまばらになっていた。
りんごと絹枝は100メートルほど離れて向かい合う。中間地点に吉村とゆずきが立った。吉村はキョロキョロと左右に首を動かし離れた2機のサイボーグを見比べながらゆずきに問いを投げかけた。

「何が始まるんです?」
「君くらいの世代だとピンとこないか? シンギュラリティ同士の交渉がもつれたときに用いられる最後の手段だ」
「まさか決闘ですか?」
「そんな中世の人類みたいな不毛な真似を我々はしない。命が勿体無いからね。まあコイントスみたいなものだ」

りんごがゆずきに向けて声を張り上げる。ゆずきさん、お願いします。ゆずきはそれに頷くとゆっくりと片腕を上げた。

「立ち会いロボとなる私がこの腕を下ろす。すると2機は一斉に中間地点のこちらに向けて走り出す。先に相手の体に自分の身体の一部、もしくは銃弾などを当てた方の言い分が通る。ただし殺傷は無しだ。私と君はそれを見届け、立ち会いの審判をする」
「飛び道具アリなんスね。しかしそうなると……りんごさんは大砲を封じられるから少しでも速くダッシュして絹枝と距離を詰めなきゃいけない。いっぽう……」

吉村は絹枝に目を向ける。りんごと話しているときのニヤつ気は剥がれさり、神妙な表情が新たに貼り付けられていた。その右肩にはガトリングガンが備え付けられている。

「絹枝にはあれがある。それに糸はまだ張ったままなんでしょう? りんごさんの動きも読まれてしまうはずだ。近づけても触ることはできないかもしれない」
「ここまで来たらあとは彼女に頑張ってもらうしかないね。これで決めようと言い出したのもりんごくんだ……」

ゆずきはゆっくりと、改めて両者を確認すると勢いよく腕を振り下ろした。「はじめっ!」

吉村の立ち位置からではスタート地点の両者を同時に見比べることはできない。だからどちらから観察し始めようか迷ったがとりあえず仲間であることだしりんごから注視してみようとそちらに目を向けた。

「え?」

吉村は驚いた。りんごは走り出していない。いや、四つん這いになり、背中の主砲を前に向けている。どういうことだ?
その答えを探すべく吉村は反対側を見た。

「え?」

吉村はまたも驚いた。絹枝もプルプルと震え、動いていない。だが踏み出したらしい痕跡は見える。元いた場所の土はその力強い踏み出しで大きく抉れ、絹枝の身体は10メートルほど進んだところで止まっていた。何があったんだ? 吉村はその絹枝の足元で何かがコロコロと転がっているのを認めた。

「あ!?」

吉村は視線をりんごに戻す! 主砲の封印が……コルクが無い!

「ふ、封印を……!? え!? ゆずきさん!?」
「こいつは……」

ゆずきも汗をかいていた。どう判断するべきだ? 戦いに勝ったのはりんごだ。だがりんごは……いま、自身が負っている責を外してしまったのだ。
その場にいる誰もが緊張に震えていた。ただ一機、ドレッドノートりんごを除いては。
ほんの数秒ほど、誰もが動けず、誰もが口を動かせなかった。だが、やがて絹枝は尻餅をつき、天に向かって叫んだ。

「私の負けだ!」
「え!?」
「なんで!?」

***

「糸を解こうりんごちゃん……。君は自由だ」
「……ありがとう。お礼を言うのも変なことって気がするけど……。少なくとも、あなたが負けを認めてくれたおかげで面倒が一つ減った」
「言ったろう。糸のおかげで君の身体が起こすことは手に取るようにわかっていたんだ……。それを認めずに強情を張ることは私の流儀にも反する」
 
絹枝はいつの間にか大の字に寝そべっていた。そこに吉村とゆずきが歩み寄りながら尋ねた。

「良ければどう納得したのか聞かせてはくれないか」
「……りんごくんは砲撃規制を破ってはいないんだ」
「封印を解いたようにしか見えないけど……違うのか? あんたはりんごさんの砲撃を受けて負けたんじゃないのか?」
「彼女は規制の網の目を抜けたのさ……。規約書の内容はこうだ。“実弾及び徳のエネルギービームを撃ってはならない”りんごくんは砲塔内で徳を爆発させ、その衝撃でコルクだけを発射したんだ」

絹枝は服をはだけさせ、左胸を露出させた。鎖骨の少し下に見るも痛ましい凹みができている。貫通はしないものの内出血で変色している。

「さすがドレッドノートりんごだ。コルクを飛ばすだけでこの威力か……」
「……それでもまだ加減はしているよ。あなたを破壊するつもりはなかったから……」
「よかったじゃあないか。これで少しは気も晴れるんじゃないか? ずっと砲撃をしたかったんだろう? この方法なら……日常で問題なく砲撃ができる」
「……そうね、これを思いついたのはあなたのおかげ。それだけは例を言っておく……」

りんごはペコリと頭を下げた。それを見て絹枝はフゥッと息を吐いた。

「えーとそれで……」

吉村が口を挟む。

「これからどうすんの? あんたの任務が終わったわけじゃあないんでしょう?」
「そりゃあ……。糸で様子を見るのをやめただけだから時々直接見にきてその結果を報告しなきゃあならないが……。それが私の仕事だし」
「……だったらもうこそこそ近づいたり、いきなり耳元で話しかけるのはやめて。堂々と様子を見にきて……」
「するともう……池袋支部に出入りするしかなくなるが……」

絹枝はゆずきの顔を見る。

「まあ……普通にお客として来てもらう分には構わないけど……。邪険にする理由も特に無いしね?」
「それなら……」

絹枝はようやくそのトラバサミのような歯を剥き出しにして笑った。

「今度みんなで一緒にどうかな? ボードゲームでも……」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます