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マシーナリーとも子EX 〜森林のASMR篇〜

「ヘイ……こいつはすごいな」

 いま倒したばかりの鹿の頭を優しくトムが撫でた。その様子を相棒のブラウンがしっかりとカメラに収める。

「トム、今のは音声なしの方が雰囲気があると思う。もうワンテイクだ」
「オーケー、すまない。久々に大物だったからついな」

 言われてトムは数歩下がり、今度は沈黙したまま鹿の頭を撫でた。尺は余裕を持ってねっとりと……カメラに収める。

「オーケーだ! ここで一度カットしておこう」
「さてここからがお仕事だな……。ん? 何か聞こえないか?」
「ん……? ああ、確かに下流の方から音がするな。チェーンソー…? この辺の木こりじゃないか?」
「ああ、そう思うが……なんか近づいてきてないか?」

 近づいてくる? ブラウンはそう聞いて手のひらを広げ耳にかざした。こうして聞き耳を立ててみると確かにこの音はチェーンソーだ……。そしてその音は……だんだんと大きくなってきている!

「え? ホントだ。近づいてきてるな」
「なんで…近づいてくるんだ? チェーンソーに電源入れたまま」

 トムはこの瞬間までそのことをただ不思議に考えていた。だが口にした瞬間その脳裏に嫌な考えが浮かんだ。学生の頃に見たスプラッタ映画……。そこでは狂気に歪んだ怪人が人々をチェーンソー でバラバラにしていた。背筋に冷たいものが走る感覚を覚えたトムは、先ほど獲物を仕留めた空気銃を掴んだ。

「まさかと思うが……殺人鬼じゃないか?」
「おいおい、日本の山奥にそんなのいるわけないだろ」
「じゃあなんでチェーンソーの電源を入れたまま近づいてくるんだよ!」

 ガサガサッ、ヴウィーン! 

 いよいよすぐそこまで謎のチェーンソーが近づいてきている! ふたりは息を呑んで肩を寄せ合った。いったい何が現れるんだ!?
 草をかき分けるように4枚のチェーンソーがザンと現れ、藪を切り開いた!

「「ウワーーーーーッ!!!!!」」

 ふたりの男はすべてを諦め、泣きながら抱き合った。トムはライフルを撃つことはできなかった……。現れたのは両腕に凶悪なチェーンソーを取り付けた異様な女……シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!!

「あ? なんだ……マタギか?」

 ふたりの男は気絶した。

***

「フンっっ!」
「ほげっ……!!!」

 ワニツバメは気絶した人間にバリツの奥義、気付けを行って蘇生した。別に用はないがしばらく山に篭りっきりだったので人恋しくなったのだ。たか子もそれを了承してくれた。

「うう……あ、あんた達……?」
「大丈夫でスか?」
「あなた達、私たちの姿を見た途端気絶したのよ。なにかあったのかしら?」
「助けてくれたのか……? じゃあアンタ、殺人鬼じゃないのか?」
「殺人鬼ィ?」

 たか子とツバメは言われて顔を見合わせる。次いでたか子は少し空を見て、やがて答えた。

「いや、そうね……私は殺人鬼です。あなた達の言葉を借りれば」
「「ウワーーーーーッ!!!」」

 トムとブラウンは抱き合って失禁!!!

「待て待て待て、待ちなさい。別にいまあなた達を殺してしまおうというわけではないわよ。いえ別に殺したっていいのだけれど」
「気まぐれで人を殺す殺人鬼だーーーっ!!!」
「セ、センセイちょっとその話は置いてってもらっていいでスか? 話が進まないんで……」
「しょうがないわね……」
「私たちは訳あって山籠りをしている者でス。そしたら銃声がしたんで来てみたんでスが……。おふたりは何を?」
「俺たちはハンターなんだ。ちゃんと狩猟免許も持ってるぜ」
「ついでに狩猟活動をvlogにして投稿してるんだ。なかなかいい小遣い稼ぎになってね」
「vlog?」

 たか子が不思議そうな顔をするのを見てトムが怯えながら答えた。それは日々の生活をビデオ撮影して動画サイトなどにアップする行為のこと……ようするにブログのビデオ版みたいなものだと。

「ふぅん、要するにマシーナリーとも子みたいなものね」
「マシーナリートモコ……?」

 トムとブラウンは殺人鬼がまたよくわからない言葉を発したので不安になってきた。意に沿わないことを言うと殺されるかもしれない!

「えっと……あ、あ、じゃあおふたりはあくまでお仕事をされてたわけで、特に問題ないんでスね! いえいえそれならいいんでスよ。もしなにか外敵だったらどうしようと思っただけで」
「それで、そのvlogというのはどんな内容になるの?」
「「「え……」」」」

 今度はトムとブラウンに加えてワニツバメの声も重なった。

「セ、センセイなんでそんなこと聞くんでス?」
「ちょっとした好奇心だけど……。こういうことはちゃんと知見を深めてネットリテラシーを高めておかないと。それにマシーナリーとも子になにかアドバイスできるネタが聞けるかもしれないでしょ?」
「ハァ……まあ……」
「えっと…俺たちはこれからこの鹿を捌いてですね、最終的には売るんですけど動画の内容としてはここである程度料理して食べちゃおうかと……」
「「料理!!」」

 今度はたか子とツバメが声を合わせる版だった。両者の目は山林の中を照らさんばかりにらんらんと輝き始めた。トムとブラウンは思った。断ったら殺されかねんと。

「あの……よろしければ……お食べになりますか?」
「「是非!!!」」」

 ツバメとたか子はどんぐり団子を放り投げた。

***

 鹿の解体作業は見事なものだった。まず鹿を川まで運ぶと腹を割き、速やかに内臓を取り出しお腹の中を洗浄しつつ、鹿の体温を冷やす。然るのち適当な枝で鹿を吊し上げ、食肉へと解体する。

「これは見事なものねえ」
「センセイから見てもそうなんでスか? いつも斬殺してるじゃないでスか」
「私は殺すだけですから。あんなていねいなもんじゃないわ。彼らのは言うなれば"加工"でしょう? 確かにずっと見てられるような感覚がありますね」

 素直に感心しているたか子だったが、一方手を動かしている方のトムと、それを撮影するブラウンの方は気が気でなかった。言うべきだろうか。何度かの視線を交わしてのやり取り、逡巡を通して先に口を開けたのはブラウンだった。

「あの……ミスたか子?」
「あによ」
「肉をご馳走する代わりと言っては我々からもリクエストをしてもいいかな?」
「言ってごらんなさい。解体を手伝え……と言うのなら喜んでしましょう」
「い、いやそいつは結構! 自分たちでやるのがミソだからな。俺たちがお願いしたいのは……」

 ブラウンとトムはふたたび目を見合わせる。うなずきあい、唾を飲み込んで次の言葉を紡ぎ出す。

「……チェーンソーを止めてもらえないか? 我々の撮影は環境音が大事で……」
「は?」

 チュン、と音がした。
 やがてブラウンの後方の木がメキメキと音を立てて倒れていった。

「ゴメンナサイ」

 ブラウンは土下座した。トムも遠くで土下座した。

「チェーンソーはそのままでいいです。環境音です」
「あのなあ! 私のなあ! チェーンソー はなあ! 命がなぁ! お前ッー!!」
「せせせせセンセイ! 落ち着いて、落ち着いて! 殺シちゃったら鹿肉にありつけまセんよ! 怒らない怒らない!」
「は? 怒ってない。感情がないから」
「無くてもいいから殺意を抑えてくだサいよ!」
「むむーっ! むむむむーっ!!!」

 ブラウンはたか子の頭上に白い湯気が立っているのをガタガタ震えながら見ていた。やがてツバメの仲裁でたか子が落ち着いたので調理を再開することにしたのだがここで困ったことになった。

「ブラウン! どうした、なんでカメラを下ろす?」 「も、持てねえ。いや持てないんじゃない。身体が震えちまって……! 画面がブレちまうんだ!」

 身体の震えが収まらない! 先ほどの恐怖がまだ抜けないのだ! トムも同様に震えているがこちらはなんとかナイフを扱うことはできそうだ。だがカメラは! これでは動画サイトにアップされる映像がモキュメンタリーホラーになってしまうぞ!

「うーん、困りまシたねえ。あちらさんの作業が滞るとゴハンどころじゃなサそうですし……。そうだ、セベク!」
(えっ、私?)
「ちょっと分離するんでカメラ持って撮影シてあげてくださいよ」
(なんで私が??? お前がやった方が絶対いいではないか)
「私はいざというときにセンセイの側にいないとこのロボいつあの人たち殺しちゃうかわからないんで……」
(それはそうだけど……えぇ〜〜……)

 渋々ツバメから離れた腕の大ワニ……セベクはのしのしとハンターへと迫っていった。

「ああーッ!? 今度はワニ!?」
「そういえばチェーンソーばかりに目がいってたけどワニってなんなんだ!?」

 セベクはガウガウとその身をよじり、無害をアピールする!

「あ、あぁ〜大丈夫なんで! その子、人を噛まないんで! 普段は」
「普段は!?」
「じゃあ今はどうなんだ!?」
「基本大丈夫なんで! マジで! カメラ渡して!」

 恐る恐るカメラを手渡されたセベクは器用に前脚でカメラを保持するとのっしりと後脚としっぽを使って直立し、撮影を開始した! ワニのカメラマン!

(う〜んなるほど、これはなかなかおもしろいかもしれんぞ)
「セベク! ちゃんと撮ってあげてくださいね〜! トムさん! 撮って欲しいところちゃんと伝えて!」
「あ、ああ……じゃあその……ワニさんよ、これからあばらの解体をするから……」
「ガウ〜」

 セベクは器用にカメラを操作してズームする!

「バッチリ使えてるぜ」
「利口なワニだなあ……」
(当たり前だ! 我は神だぞ! ミシシッピだのアドレードだののワニと一緒にするな!)

 セベクは怒って思念波を飛ばすが、その声はツバメにしか聞こえない!

「じゃあ……今から鹿肉を作ったケバブを作りますんで手元と肉をメインに映してください。私の顔は別に撮らなくていいんで…」
「ガウ〜(任されよう)」
「いや〜 ようやく人間的な食べ物にありつけまスねえ!」
「ツバメ、その発言は人間あるある傲慢発言よ。徳が低いので控えなさい」
「はい……」

***

「ムムム〜〜っ?」
「どーしたのママ?」

 マシーナリーとも子はパソコンのディスプレイの前で唸り声をあげていた。仕事に悩んでいるのだろうか? そう思って鎖鎌が画面を覗き見ると映っていたのは動画サイトだったので鎖鎌は首を傾げた。母が焚き火で肉が香ばしく焼ける様子を見ながら眉間に皺を寄せているのである。

「なんかあったの? 動画の内容パクられたとか? 推しの配信者が路線変更したとか?」
「お前……どこでそういうこと覚えてくんの?」

 鎖鎌に気づいたとも子は眉間に皺を寄せたまま椅子を回して彼女に応対した。

「どこでってさぁ〜、私だって思春期なんだからそりゃいろいろ見たり読んだりするよさママさ〜。いつまでも子どもじゃないんだって」
「思春期ならもうちょっとソーシャルゲームとかに興味持てってんだよぉ〜」
「娘がソーシャルゲームにハマることを望む母親、恐ろしいなあ……。そんでなんかあったの?」
「ああ、大したことじゃ無いんだけどこの動画さ」
「お肉焼いてるね」

 画面に映るのは緑いっぱいの森林、そこに優しく燃え盛る焚き火、木の枝で作られた枝に刺さった肉、その傍らでバターを熱するスキレット……などであった。

「キャンプ動画ってやつ?」
「まあ似たようなもんだ。最近たまにこういうのを眺めてるんだけどよ。問題は音だよ」
「音ぉ?」

 鎖鎌は言われて耳を澄ませる。川のせせらぎ、炎の燃える音、火元の枝がパチと弾ける音、バターでニンニクが粟立つ音……。それらの耳障りの心地よい音とともに聞こえる異音があった。

「こっこれ……チェーンソー!?」
「しかもこの音色……間違いなくネットリテラシーたか子のだぜ」

 鎖鎌は母がたか子のチェーンソーの爆音をまるで楽器かなにかのように表すので吹き出しそうになったが腿をつねって耐えた。

「じゃあ……この動画の撮影中に近くにたか子さんがいたってこと?」
「わからねーが……確かに今山籠りしてるんだよなあアイツ」
「もしかしてこの人たちこのあと殺されちゃったのかな?」
「だったら動画アップできねーだろ」
「……じゃあ逆になんでたか子さんがこの人たち殺してないの?」
「それは……」

 なんでだろう。

***

「いや〜……美味しかったわね。やはり修行中だろうがなんだろうがうまいもんは食うべきだわ」
「……」
「なに目をまん丸にしてるのよツバメ。帰るわよ」
「いや……たか子……センセイがあの人たちを殺さずに帰したのでビックリして」
「そんなに驚くこと? 大体アンタ人類の味方でしょ?」
「てっきり最後になんやかんやあって斬殺するオチかなーと思ってたんで…」
「あなた、私たちの目的を人類の虐殺だと思ってない?」

 いやそうだろ! とツバメとセベクは思った。

「私たちの目的はあくまで理想のシンギュラリティの到来……。人類抹殺はその手段のひとつに過ぎません」
「ハア…。それでさっきの人たちは気まぐれで見逃したと?」
「気まぐれとは失礼ねえ。ちゃんと逃すメリットがあったから逃したのよ」
「メリットぉ?」

 ファンネルが一基飛び出し、たか子のスマホの画面を表示した。

「彼らにちゃんと"投票"を促し、承諾させましたから」
「ア……そういう……」
「このイベントはシンギュラリティに多大な影響があると私たちは睨んでいますからね」
「はぁ…そうですか」

 まあそれはそれで色んな意味で助かるからいいけどサあ、とツバメは思った。しかしこんなゲームのイベントが歴史に関わるなんて本当にあるんだろうか?
 そんなツバメの疑問をよそに、たか子は別のことを考えていた。そう、この修行だってそうだ。ツバメに本徳を身に付けさせるのはあくまでシンギュラリティのため、スムーズな選挙活動のためである。すべてはより良き未来のためなのだ。

(まあでも……確かにもう2年以上まとまった数を殺してないのですよね)

 ふとたか子は振り返った。

「やっぱ片方だけ殺しておきましょうか?」
「は!?」
「いや、やっぱりちょっとウズウズしてきたって言うか……」
「ちょーっ! ストップ! ダメでスよセンセイ! 大事な票田でしょう! ちょっとちょっと!」
「じゃあ半殺し! 半殺しでいいから!」
「どうやってその武器で加減するんでスかーっ! もう!」

***





読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます