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マシーナリーとも子ALPHA 〜横須賀の終末時計篇〜

 その部屋は灯りがつけられておらず、部屋の中心に置かれた無数の縦長ディスプレイの発光によって妖しく、薄ぼんやりとした光がモヤのように広がっていた。画面にはいくつもの波線や棒グラフ、レーダー、Twitterなどが矢継ぎ早に表示され、とてつもない量の情報がやり取りされている。

「ふむーん」

 その中央に佇む小柄の女性──背部にその体躯の倍はあろうという高さの丸い物体を背負った異様な姿だったが──はアゴに手を当てて考え込む。彼女が背負った丸い物体は黄色く、その内側を2本の黒い棒がグルグルと高速で回っている。黒い棒は長短2本あり、長い方は短い方に比べて高速で回転している……時計なのだ! 見れば文字盤に書かれているのは時刻を表す数字ではなくマントラだ!
 もはや隠すまい。彼女はシンギュラリティのサイボーグ、ドゥームズデイクロックゆずき。回転体は背後に背負った終末時計だ。2045年の人類は大変に愚かなため、週末時計は1時間のうちに60日分回転する。1時間に60回の滅亡! これではサイボーグによる人類の殲滅も致し方なしと言わざるを得ないだろう。同時にその回転とマントラから生み出される本徳はゆずきに強いパワーを与えていた。だが彼女は滅多に戦闘というものをしない。彼女はシンギュラリティに12名いるタイムマシン技師の筆頭であり、シンギュラリティの時間工作の管理運営の大部分を担わされているホワイトカラー労働ロボなのだ。

「わっかんないなあ……」

 ゆずきは不満気に漏らしながら冷め切ったココアをすする。ここのところ彼女を悩ませているトラブルがあった。時空連続体の狂い。数ヶ月前から徐々に進んでいたその症状は今や重症と化し、過去のリアルタイム情報をまったく得られなくなっている。これまで有機的に過去の情報を得てきたシンギュラリティにとってこれは大変なストレスであった。そのため現在は過去の歴史の情報を得るために書籍や新聞に頼らざるを得なくなっている。また、当然サイボーグを派遣しての工作活動も停止している。なにせ派遣したところで連絡を取り合うことが不可能なのだ。緻密な連絡を取り合わない時間工作は更なる連続体のねじれを生み出す。そんなことを続けていれば時空が引きちぎれるのは時間の問題だった。そのため彼女をはじめとする時空連続体ねじれ原因究明チーム……冗長なため彼女たちは"ねじれ勢"と呼ばれている……は、もっぱら、ねじれた時空の情報を収集し、その原因を突き止める作業に従事していた。
 活動開始から早2ヶ月が経った。だがそのあいだ得られた結果は「なにもわからないことがわかった」という情けないものであった。ゆずきはため息をついた。
 突然魚が取れなくなった漁師の気分ってのはこんなもんなのかな……。突破口が見えない作業にうんざりしたゆずきは前髪を弄りながらふとそんなことを思った。するとバタンとドアが開き、外の照明が薄暗い部屋に光を差した。

「あーーーっ! こんなところにいた!!!」

 ドアを開けながら汗だくで肩を上下させているのは部下のタイムリリース原田だった。ハテ、なんでこいつはこんなに焦っているのかな? とゆずきは不思議に思った。

「ゆずきさん!!! 池袋支部のみなさんもう来てますよ!!! すでに30分の遅刻ですっっ!」
「えっ?」

 ゆずきは驚いてディスプレイの時計表示を見た。14時32分。あらら、そういえば14時に約束をしていたな。いかんいかん。どうも過去だ未来だタイムマシンだって仕事をしていると現在時間にルーズになってしまってよくない。

***

「や、や、待たせたね……」

 ゆずきはなるべく罰の悪そうな顔を作ろうと励んだがうまくいかず、どうしてもニヤついた顔つきになってしまっていた。待っていた2機のサイボーグの前に置かれたペットボトルは空になっており、彼女らが退屈に待ち時間を浪費したのはあきらかだった。

「えーと、話す前に飲み物のおかわりが必要かな? ペットのお茶だけじゃなくてコーヒーとかも出せるけど……驚くかもしれないけどうちは来客にストロベリーラテだって出せるんだよ。なに、大したことじゃない。ファミレスにあるドリンクバーあるだろ? あれの芸達者なやつを買ってね……」
「けっこうです」

 来訪したサイボーグの片割れ、明るい緑色の髪の毛にベレー帽を被ったダークフォース前澤がブスッとした態度を隠さずに答える。その横に座るもう一体……。金髪を耳からしたあたりでザックリと切った黒目がちのサイボーグ、エアバースト吉村はエッと短く声を上げ、仕方なく空っぽのペットボトルを垂直にして最後の一滴を舐めた。データによれば彼女が現池袋支部のリーダーのはずだ。

「で……機能停止したサイボーグのデータ復旧の話だったね」
「そうです。相談したいのはコイツについてです」

 ダークフォース前澤がアゴで会議室の隅を指し示す。そこにはピンク髪のアロハシャツのサイボーグが立てかけられていた。事前にもらっていた資料によればパワーボンバー土屋……。

「まず情報を整理させてもらおうか。くだんのサイボーグ……パワーボンバー土屋は全身がバラバラになるほどのダメージを負い、機能停止。その後しばらく保管されていたが先日、クラフトワークささみとヴァイタルソース森繁によって修復された。だが意識は戻らない、と……」
「違いありません」

 前澤は頷いた。ゆずきは両手を組んで肘をつくと勿体ぶって続けた。

「シンシアからも聞いてると思うけど、基本的に機能停止したサイボーグを復活させた例は無い……。よって、これから何かを試すにしてもすべてうまくいくと限らないし、組織としての態度を正直に伝えるならどちらかというとこれからすることは実験に近くなる。うまくいけばめっけもんだけど、彼女が復活する確率は非常に低いと言わざるを得ないだろうね。いちおう、その点は納得してくれるかい?」
「そう……ですね」

 その時の前澤の態度に、何か言い含めたような不自然なものをゆずきは覚えたが、話の途中だったので無視して続けた。

「さてさらに……セメタリーとデータセンターの責任者の一体として、彼女が再起動しなかった理由の一端を述べると、バラバラにされてしまった影響でデータが揮発してしまったものと考えられる」
「揮発……ですか」
「徳は繊細だからね。機能停止しても回転体と繋がっていればまだ微量の徳でデータが維持される可能性はある。だが四肢を切断されるなどして徳の供給がまったく断たれれば……当然データを維持するのは不可能になる。もちろん速やかに傷口を塞いで外部から徳を供給すれば助かる可能性は高いが今回は、まったく逆のケースだ」
「失ったデータを復元することは難しい?」
「うん、それだ。再起動できるかどうかとは別に考えて欲しいが、機能停止時のデータを再び与えるのはさほど難しいことじゃない。私たちのデータは常にクラウド保存されているからね。そのためのデータセンターさ」
「具体的にはどのような手順を?」
「まず、パワーボンバー土屋に最後にうちのサーバーに共有されたデータを同期する。しかるのち様々なパターンで再起動実験だ。徳をたくさん入れてみるとか電気を流すとか胸にマトリクスをぶちこむとか、まあ色々ね。繰り返しになるけど今まで再起動に成功した例は無いから……」
「ゆずきさん」

 ダークフォース前澤は身を乗り出してゆずきの話を遮った。

「あるんです。再起動の例は」
「は? 冗談言っちゃいけないよ前澤。私はタイムマシン技師のリーダーだしデータセンター勤めなんだよ? シンギュラリティに起こったことで耳にしてないことなんて早々……」
「そーだ、あんたはタイムマシン技師だったな。だったらある意味話は早いかもな」

 それまで話に入り込めなさそうに天井をぼんやり眺めていたエアバースト吉村がニカッと笑いながら割り込んできた。その手には書類を納めたフォルダー。

「なんでも把握してたのは時空連続体が乱れる前だろ? いまは難儀してるはずだぜ。とくに……過去のデータ集めには」
「……いかにも。そのフォルダーはなんだい?」
「ウチの先代リーダーの日報……。ただし、2018年から書かれたものさ」
「20……18年? ネットリテラシーたか子の?」

 ゆずきは吉村からひったくるようにフォルダーを受け取ると猛スピードで読み進めた。そこにあるのは時空連続体のねじれが起きて以降の過去の記録だった。

「これは……⁉︎」
「すげー情報だろ」

 今度はエアバースト吉村が身を乗り出す番だった。ゆずきは脇目もふらずにフォルダーを読む。

「すごいなんてものじゃない……。前澤、君が私に読んで欲しかった理由はわかるよ。マシーナリーとも子とアークドライブ田辺の再起動……。なるほど興味深い。だがこれは……」
「あっ……、ああそっちですか」

 前澤は少し驚いた。そう言えばこのロボの立場ならそっちにも気を惹かれるか。

「鎖鎌……ワニツバメ⁉︎ なにもわからないが……わからないがわかることがひとつだけある! 時空連続体の乱れの原因はこのふたりだ!」


***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます