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マシーナリーとも子EX 〜上野の闇市場篇〜

「ウワーッ!」

 仮眠室から上司のうめき声が聞こえてきたのでエアバースト吉村はニヤニヤしながら赴いた。別にドゥームズデイクロックゆずきにネガティブな感情を抱いているわけではないが、自分より偉いサイボーグが困っているのを見るのはなんとなく気分がいいからだ。

「ゆずきさぁ〜ん、なんかあったんスかぁ?」

 ゆずきは例の日報を開いて肩を落としていた。入ってきた吉村に気づくとずり落ちていたメガネを直しながらため息をついた。

「吉村くんか……。イヤね、ベルヌーイザワみの件さ」
「ああ、あのはぐれサイボーグ」
「うん。奴が2020年に向かったことをたか子に教えてあげようとしてんだが……。あのロボ、いま、じゃない過去、何してると思う!?」
「さあ……」
「山籠りだよ山籠り! 二日前に山に籠もるとだけ書いてそれっきり日報書いてないんだ! こんな時に限って! ンモー!」
「そりゃまた古風っすねぇ〜。どうしたんだろ」
「まったく……どうなっても知らないぞ!」
「ああそうそう、前澤と土屋なんですけど用事あるってんで午後休させときましたよ」
「そーなの? まあ別にいいけど。どこ行くって?」
「上野ですって」
「上野かあ」

 ゆずきはよいしょと自分の大きな腕に腰掛けて足を組んだ。

「あそこは人類もいなくて快適だからねえ」

***

「ここが上野かぁ〜」

 駅に設置された巨大なパンダのオブジェを見てパワーボンバー土屋が感嘆する。周りには多様な宇宙人や地底人、猫人間、魚、歩く草など亜人やヒューマノイド以外の知性生物で満ちていた。
 ここ、上野は元々非人類の種族が人類に紛れ、ひしめき合って多く生息していた。そんななか、2045年初頭に起こった大規模なサイボーグの攻撃に乗っかる形で亜人類による人類の駆逐が行われ、ごく少数を除いて上野から人類は消滅した。今では数えるほどの特殊な技術を持つ人類だけが、低賃金で働かされているだけである。

「吉村さんに教えてもらった店は……地下に潜って御徒町方面だ。行こう」

 素早くコーヒーを買ってきたダークフォース前澤が土屋にカップを手渡しながら促す。

「え、目当てのお店あんの?」
「うん、午後休の申請ついでに用事を伝えたらオススメの店を教えてもらってな。品揃えはともかく玄人好みのネタが揃ってるらしいんだ」
「てゆーか前澤なに買うの?」
「ふふん……新しい武器さ」
「武器ぃ!?」
「そう。こないだのワニツバメの時もそうだったがこの背中の核ミサイル……。これまで何度も助けられてはきたが、いかんせん威力がデカすぎるし1発撃ったら補充するまで使えない。ちょーっと使い勝手が悪いと思ってたのさ。そこでなにか代わりに使えるいい武器は無いかと思ってな」
「なーんだそういうことだったの。てっきり動物園とかいって食べ歩きして回るんだと思ってた」
「まぁーとっとと終わったらそれもアリだけどな」

 土屋は構内から出て、高架から駅周辺を見渡した。

「ワニツバメって言えばさ、関東のウチらの拠点はほとんどやられちゃったって話じゃん? 上野もそーなの?」
「いや、それが上野には元々シンギュラリティの拠点は無かったんだ。ぽつぽつと生活してるサイボーグはいるみたいだけどな……。ここはどちらかというと上野亜人商業組合の力が強い」
「なにそれ」
「私も上野に来るのは初めてだし会ったことも無いから詳しくはないが……昔から上野のアメヤ横丁を牛耳ってる亜人類達だ。経済的にはかなりの力を持つらしくてな。金に物を言わせていろんな勢力から用心棒を雇ってるし軍事的にも馬鹿にできない戦力らしい。だからシンギュラリティも基本的には彼らに融和的な態度を取ってるし、縄張り争いはしないということで拠点を設置してないんだと」
「へえーえ。そんな強い奴らが関東にいたんだねえ」
「実際、シンギュラリティから何機かサイボーグが派遣されてるって話だ」
「ハケン? ナンデ?」
「情報収集と、敵対意思は無いというアピールだよな多分。なんにせよシンギュラリティ的に、突っ張るメリットがない相手ってことさ」
「そんな強いのかねえその人たち」

 話しながら2機は地下街へと足を運ぶ。赤地の派手な看板、鮮魚類が大判に刷られた壁紙、タバコ臭い空気がどことなくアングラな雰囲気を醸し出している。

「さあ……実際のところ戦えば勝てない相手じゃないと思うけどな。でもなんでもかんでも殺せばいいってわけじゃないんだろ。シンギュラリティも」
「まー確かに私らその辺麻痺してたけど人類だって愚かだから殺してるだけだもんねえ」
「キモはそこだな。尊敬に値する相手なら殺すことはないってことさ……それに、それこそN.A.I.L.が……うわ、すごいなこれは」

 地下には所狭しと商店が軒を連ね、異国の果物や鮮魚、獣肉のぶつ切りが無造作に置かれ、その隙間を埋めるように加工食品や洗剤が並べられている。

「うわわ、私こういうの好きかも」

 土屋が目を輝かせながらロケットパンチを飛ばし、異国情緒溢れる缶ジュースを手に取る。

「これなんだろ? 果物ジュース?」
「ココナッツっぽい絵が描かれてるな」
「おっちゃん! これなにジュース?」

 土屋が品物に埋もれるようになっていた地底人(地底人は目が退化しているので一目でそれだとわかる)が読んでいた漫画雑誌を放り出して応える。

「ああ、喉が渇いたから買おうとしてるんならやめといた方がいいぞ嬢ちゃん。地上のモンだろ?」
「うん。サイボーグ」
「へえ。シンギュラリティのかい?」
「そうそう。なんで喉渇いてたらダメなの? ドロっとしてるとか?」
「室温だと固まってるし、カロリーもすごく高い。それひと缶でれ6000kcalだ」
「ひえっ!」
「すごいなあ! なんなんですかこれ。油?」
「俺たちみたいな地底人向けの保存食なんだ。地下100キロくらいあたりで快適に食べられるよう作ってあるんだ。地上で食うときは温めて食うんだな。でも気温とか電子レンジで温めてもうまくねーよ。地下食は地熱じゃねーとな」
「はぇー。確かに飲み物として買うと見当違いだったなあ。でもなんとなく無駄に買っておいて誰かに自慢してみたくはあるな……」
「それ、誰が羨ましがるんだ……」
「別に買うなら止めはしねーよ。でも何食分にもなるから結構するぜ。それひと缶で3800円」
「うへーっ。4000円以上言われてたら諦めようと思ってたから絶妙な高さだよ。仕方ねえ買うか……」
「本当に買うのか……」

 前澤の信じられないという目線をよそに土屋はいそいそと代金を支払う。

「災難だったな。最近シンギュラリティがN.A.I.L.にひどい目にあったって聞いたぜ」
「ゲ! それ広まってるんですか」

 前澤が青くなる。

「そりゃあんだけ派手にやられちゃーな。都内の拠点、池袋以外は軒並みやられたって聞いたぜ。アンタら池袋から来たの?」
「はい……死ぬかと思いましたが、まあなんとか」
「やっつけたのか? 刺客」

 前澤はこの親父がどこまで知っているのか、どこまで話したものか迷い始めた。単なる世間話に過ぎないとは言えようするに自軍がコテンパンにやられたというのが論旨だ。そんな話が広まってるだけでもまずいが、うっかり戦いにも参加した自分が詳細を述べようものなら完全にナメられる。この場でもそうだし、シンギュラリティ全体のためにも良くない。ましてやこの親父は亜人商業組合の者だろう。両者のパワーバランスにも影響する可能性がある。

「それは……」
「その辺にしてやれよ、親父」

 前澤が何かしら誤魔化そうと小さな口を開いた瞬間、横から別の存在が口を挟んだ。

「どこまでそのつもりなんだか知らないが、よその組織よ痛いところをつつくなんて徳が低いぜ」
「シュイエン! いや、そんなつもりは無かったんだが……。や、悪かったよ。アンタがそういうならやめておこう」

 地底人の親父は気まずそうに肩をすくめた。前澤は横から入ってきたその女性に目を向ける。銀の長髪に丸いサングラス。首にはハメるように赤い大きな円盤が……それはちゃぶ台を彷彿とさせる大きさで、大小の円盤が二層になっていた。下層の大きな円盤の縁からは無数の銃火器がぶら下がり、彼女の身体を覆ってまるでマントのようになっていた。そしてなによりも円盤の縁にはマントラが書かれていたのだ。

「え……サイボーグ?」

 女性はニッコリと笑った。

「ターンテーブル水緑(シュイエン)……元シンギュラリティの者だ。いまは上亜商に出向中だがね。先の出来事はご苦労だったな、同志よ」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます