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マシーナリーとも子EX 〜山に響く銃声篇〜

「ぐおおおーーーつ!!!」

 山中にワニツバメの叫び声が響いた。腕から巨大なワニを生やした少女がくるくると回転しながら着地する。その息はぜいぜいと荒い。腕から伸びるワニも同様に憔悴しきっているようだ。その姿を見て轟音とともに歩み出てくる者がある。腕から2基のチェーンソーユニットを生やしたシンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!」

「うむ……午前中はここまで」
「はぁぁ〜〜〜〜……」

 ツバメは地面に大の字になって寝転がった。朝食を食べてすぐに走り込みからのこの回転修行だ。回転修行とはその名の通り、空中でひたすら回転し続ける過酷な修行である。無論、ワニツバメに空中飛行能力は無い。いくら彼女にバイオサイボーグとしての神秘的な力、シャーロキアンとしてのフィジカル、そこから生まれる遠心力を持ってしても空中にとどまり続けることは不可能だ。だがこの修業ではそれでも「できるだけ」空中で回転し続けることが求められる。いまのところツバメが空中で滞空できる時間は調子がよくて30秒、悪くて10秒といったところだった。この修行はひたすら回転することが求められ、地に足をつくことにペナルティは無い。だが昼になるまでひたすら回り続けなければならないのだ。
 ツバメはあるとき、「この修業のゴールはどこか」とたか子に聞いたことがある。たか子はまったく邪念の無い目で誠実に答えた。「わからない」と。無論ツバメはオウム返しに聞き返したがたか子は続ける。「これだけ短い期間で無理やり気味に本徳サイボーグを目指そうということ自体異端なのだから前例があるわけ無い」「文句を吐かないで回れ。徳は上がる」「修行に不満を持つのは徳が低いのでむしろゴールが遠ざかることは確か」とまくしたてたのでツバメは今後この話題に触れることはやめた。

「はぁ、今日も疲れまシた……お腹ペコペコでスよ」
「ファンネルに食事の用意をさせてあります。すぐに食べられますよ……。ファンネル! どう?」
「はい。ただいま……」

 数機の紫色の球体がツバメとたか子の元に飛来する。その先端の銃口……吸盤のようになっておりさまざまなものを懸架することもできる……には皿に載った食事が用意されていた。ツバメが受け取った更には灰色の団子が10個ほど積まれていた。

「…………? ファンネルさん、なんでスかコレは?」
「ドングリを砕いて作ったお団子です」
「え、えぇ〜〜!?!? なんか質素じゃないですか!?」
「ツバメ……食事に文句をつけるのは徳が低いわよ」
「す、すいませんセンセイ」

 ツバメは焦って頭をぺこりと下げる。この修業でツバメはネットリテラシーたか子をセンセイと呼ぶことを強要されている。教えを請うものにへりくだるのは徳の高い低いではなく当然の論理であり、それを守らないのは問題外であるというたか子の教えからだ。本来、人類史上組織であるN.A.I.L.に所属しているツバメにとってネットリテラシーたか子は不倶戴天の敵とでも言うべき存在である。事実、これまでも複数回彼女らは殺し合いを演じたこともある。だが彼女はたか子に師事することで本徳サイボーグとなることを選んだ。すべてはかつての仲間の仇であり、目下のライバルとして目をつけているマシーナリーとも子を殺すためだ。
 だが……この食事はなんだ? 午前中ひたすら回転し続けて疲労と空腹の極みに達したところに出てきた食事が……ドングリ団子? どういうこと? 昨日までは贅沢ではなかったが普通の食事が出ていた。飯盒で炊いたごはんや缶詰の魚、ルーだけのカレー、レトルトのソースをかけたスパゲッティ。栄養的にもあまり褒められるものではない気がしたが舌と胃袋を満足させるものであった。だけど……急にドングリのお団子??

「昨日までの料理っぽい料理はどうしたんでス!?」
「や、単純にあまり食材を持ってこれなかったのよ……。どれだけの期間がかかるかもわからなかったし……。でもまあ自然の食材を食べることは徳が高いし、今後はしばらくこういう感じの……」
「えぇぇ〜〜!〜!!!!!!!!!」

 ツバメを絶望が襲う! つらい修行生活において食事を唯一の娯楽であり、楽しみである。それがナチュラルで味気ない自然食品となったらどうなるか!? 修業の日々は彩りを失い、ツバメのモチベーションは限りなく下がるだろう。やる気のない状態で行う修行は実を結ばず、ダラダラと回転する日々が続き、力も身につかない……。そんな悪い想像が次々と聡明なシャーロキアンの脳を満たした。

「ヤでスヤでスヤでスヤでスヤでスヤでスヤでス!!! こんな食事じゃイヤで〜〜〜ス!!! 味の濃いものが食べたいんでスよ!!! こんなんじゃ修行に身が入りまセんよ!!!!」

 正気を失ったツバメは大の字になったままジタバタと四肢を動かした。左腕にくっついたワニも呼応してガウガウと身を捩る。たか子はその様子を諦観を持った目で見つめ、ため息をついた。この事態は彼女自身も想像していたのだろう。そこに頭ごなしに叱ろうという意思は見えなかった。

「ツバメ、駄々をこねるのは徳が低いわよ……。ですが、あなたの危惧するとおりこのままではよくありません。修行に悪影響も出ます」
「え?」

 意外とセンセイが素直に非を認めたのでツバメは意外に思った。たとえ叱られようとこの場は暴れまわらないと自らのストレスが限界に達しそうだと思っての駄々こねに過ぎなかったのだ。だが意外とたか子は自分を怒鳴りつけたりしない。なにか事態が好転したりするのか?

「例えば田辺あたりに追加の食材を届けてもらうとか……ファンネルを下山させて補給に行かせるとか……。そういった対策を練ったほうがいいのかもしれません」
「そそそそそうでスよそうでスよセンセイ! 絶対そのほうがいいでスって! センセイだっておいしいものが食べたいでスよね!」
「まあそれはそうですが……」
「どうせ食べるんならおいしいもの食べたほうがうれしいでスもんねえ!」
「は? うれしいとかは無い。感情が無いから」

 サイボーグとバイオサイボーグが食事を巡って喧々諤々としていたそのとき、山の中をガーンと大きな音が貫いた。

「え!? なんでス!?」
「銃声……?」

 ツバメとたか子は互いの顔を見合わせると頷きあい、音がしたほうへと走った。団子が載った皿を持ちながら……。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます