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マシーナリーとも子EX ~超えるキャパ篇~

「おっ、チョウチョだ〜」

 2046年にもチョウチョはいる。いや、むしろ2022年の池袋より多いと言っていいだろう。様々な勢力の地下活動による人類の人口減少によって地球の環境は格段に良くなった。例えばイギリスは実質的にシンギュラリティに支配されたことによって空気は澄み、植物は増え、料理はおいしくなった。そうした世界各地の影響が、ここ日本池袋にも現れているのだ。
 チョウは差し出された人差し指に止まった。ただし、その手は「手首までしか」なかった……。手が宙に浮いているのだ! 手は人差し指にチョウを留めさせたまま手首から逆噴射し、持ち主の元へと帰っていった……。シンギュラリティのサイボーグ、パワーボンバー土屋のもとに!

「見てよ前澤、チョウチョだよ〜。これなんて言うんだっけ? モンシロ? アゲハ? どっちが柄あるほうだっけ?」

 土屋は傍にいる友ロボに戦果を報告する。だが話しかけられたダークフォース前澤は目を合わさずに怒鳴り声を返した。

「そんだけ暇なら手伝ってくれないかあ!? あっ、はい1600円です! どうも!」

***

 池袋山本ビルディング……シンギュラリティ池袋支部が入居している貸ビルである。ほかにもさまざまなテナントが入っているが、現在は紆余曲折の末シンギュラリティのエアバースト吉村がオーナーを務めている。いわゆる不動産投資というやつだ。
 その1Fにダークフォース前澤が店主を務める「前ちゃんのバウム屋さん」はあった。彼女の回転体であるバウムクーヘンオーブンから、こんがりと焼けたバウムクーヘンを取り外し、売る。廃棄物を有効に活用できるいい商売だった。ほんの数日前までは……。バウムクーヘンは、売れすぎてしまったのだ。

***

 それまでも前澤のバウムクーヘン屋はそこそこの人気があった。バウムクーヘン自体の味、そしてサイボーグが販売するバウムクーヘンというのもウケた。パステルカラーでありながら腹部が無いという前澤のデザインとバウムクーヘンとのギャップも人気があり、前澤はちょくちょく被写体となった。リープアタック石野手掛けたファンシーな内装もフォトスポットとして話題になった。バウムクーヘンは順調に売れ、毎日15時には売り切れていた。その程度ならばよかった。
 だがある日、前ちゃんのバウム屋さんにさるインフルエンサーが訪れた。前澤とそのバウムクーヘンをいたく気に入った彼女は店を大々的に取り上げ、まずそのファン層がワッと店に訪れた。
 その段階で忙しさは3倍に増したが、続いてその評判を聞きつけてメディアが押しかけた。こうなると「人気の理由は人気であること」な状態であり、もはや前澤には制御不能になってしまった。
 バウムクーヘンが売れることで擬似徳の発生は倍以上となり、バウムクーヘンの生産速度は上がったが、それでも10時に開店して正午まで在庫がもつことはなかった。それ以上にビルの前にできる長蛇の列への対応や、それに伴う整理券の発行などにも大変な労力がかかった。前ちゃんのバウム屋さんには限界が近づきつつあった。

***

「グッヒェ!」

 11時30分、売り切れにつき閉店。前澤は奇声を上げつつシャッターを閉めた店内に倒れ込んだ。そこにふよふよと土屋のロケットパンチが缶ジュースを持ってくる。

「お疲れ前澤〜。コーラ飲む?」
「シュワシュワしてないやつがいい……」
「コラせっかく買ってやったのに文句言うなー!」

 前澤は渋々コーラを喉に流し込む。

「しかし本格的に困ったなあ。元々はバウムクーヘンが勿体無いから始めただけなのに、これじゃあ本業が疎かになっちまうぞ」
「えー? でも最近はどんどん閉店の時間が早くなってるじゃん!」
「疲れ切ってそれどこじゃないっつってんの! それに整理券とか明日の準備をしなきゃダメだし散らかった軒先も片付けないとだし……ハァ、考えることがたくさんだ」
「ああまったく……考えなきゃなあ色々」

 ビル内から繋がる裏口……そこから呼びかける声があった。振り向くとそこに寄りかかっていたのは彼女らの上司、エアバースト吉村だった。

「吉村さん! なにか経営にいい考えがあるんですか?」
「うーん今すぐにアイディアがあるってわけじゃないけどさー。何か考えなきゃとは思ってるよ」
「いや、でもホント、考えてもらえるだけでもありがたいスよ。例えば整理券なんですけど、これ……1回のプリントで100枚繋げて出してるんですけどね、これを1枚1枚切り離すのが本当に面倒で……」
「いや前澤! そんなことより先に考えなきゃあいけないことがお前にはあるぜ!」
「整理券より先に……? そっ、それはなんですか??」

 吉村はズカズカと店内に入ってくるとガシッと前澤の右腕を掴んだ。

「よ、吉村さん……?」
「前澤……」

 吉村はじっくりと前澤の目と右腕を見比べた。前澤はその視線にゴクリと唾を飲み込む。な、なんだ……?
 おそらく実際の時間は10秒に満たなかったが前澤には5分にも感じられた。やがて吉村はゆっくりと口を開いた。

「お前に足りないものはな……」
「は、はい???」

 吉村はそこからまた勿体ぶって、溜めた。

「生産力だ」

 沈黙。


「は、はいぃ〜〜!?」
「だってそうだろーが! 昼前に閉めるなんてなに考えてんダァーっ! それもこれもお前のバウムクーヘン出来上がりスピードが足りてないからだっ! 私は上司として、このビルのオーナーとして、お前に生産力アップを命じるぜーっ!」
「え、え、ええっーーっ!? 無理無理無理無理ですよ! 限りあるんですって! 大体私別に増やしたくないですよお!」
「だって前澤のバウムクーヘン、徳のついでにできるんだもんねえ。言うなら老廃物ってとこだし。人類に例えるなら〜〜……」
「土屋!!!! そこから先言ったら私は怒るゾッ! しかし理屈としてはそんなところですよ! 増やそうと思って増えるもんじゃあ……」
「いいや……成せばなる! 努力してみることも功徳だぜ前澤ーっ! まずは私に任せてみろっ!」
「うえぇ〜〜っ」

***

 数日後……。

「ほ、本気ですか吉村さんこれ……」
「おう! まずはこれで1日やってみようや」

 そこには新たに左腕にもバウムクーヘンオーブンを装着した前澤の姿が……! 果たして……。

***

 


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます