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マシーナリーとも子EX ~市ヶ谷のタコ捌き篇~

「なんで? こういうことが起きるの?」

 防衛省長官、安藤は鼻水が垂れているのも構わず窓に張り付き続けた。市ヶ谷の大きな堀に、突然ビルほどの高さもあるタコが出現し、街を破壊し始めたのだ。安藤は即座に緊急出撃命令を陸上自衛隊と航空自衛隊に発令した。したが、した後で「改めてこれは何?」と呆然とせざるを得なかった。なんでタコが? あんなに大きく? しかも市ヶ谷に?

「長官…。落ち着いてください。ご対応は適切です」

 秘書の加納がメガネを直しながら声をかける。彼は現場時代から安藤の右腕を務めてきた信頼できる部下だ。彼はいつも自分がもっとも欲しい言葉をかけてくれる。加納の励ましで少し冷静さを取り戻した安藤は鼻をかんだ。

「そうだな……。いや、逆に言えば市ヶ谷に出てくれて良かったと言えるかも知れん。戦線の構築は都内で最もスムーズだ」

 言いながら安藤は窓から右下、駐屯地の真ん中に生えているヤシの木を見た。ヤシの木が次々と倒れ、代わりに地下から道路が展開される。やがてそこから3機の戦闘機がスクランブルした。タコを戦車が取り囲むのもここから見える。これだけ迅速な対応は市ヶ谷でなければできなかったはずだ。安藤は左手首を見る。時刻は15時半。

「どれ、夕飯はタコめしでも食おうか」

***

「あーあー、無惨なものだねえ」

 市ヶ谷支部屋上に据え付けられたサイバー双眼鏡を覗きながらターンテーブル水縁が呟く。その後ろで待つパワーボンバー土屋はバタバタと手足を動かして騒いだ。

「水縁さん変わって変わって! 私も見たいよ」
「お前さんのこめかみから生えてる第二の目は飾りかい? それで遠くまで見えるんだろ」
「あ、そーだった」

 滅多に使わない機能だから忘れていた。土屋は水縁の傍に立ち直し、同じ方向に顔を向けてこめかみに力を込める。ギュッと目2(ツー)の感度が高まり、急激にタコに向かってズームする。遠くから見ると単に駅前が火の海になってるだけでわからなかったが、こうして拡大してみるとタコの足に戦車や戦闘機が捕まってグチャグチャになっているのがわかる。
 少し遠くから戦闘機がターンしてタコに近づいた。その翼から尖った筒が放たれる。

「ミサイルだ!」
「いや違うな。あれは…バンカーバスターだ」

 バンカーバスター。目標の表面で爆発するのではなく、貫通したのちに爆発することで頑丈な要塞や地下施設の破壊を可能とした強力な爆弾だ。これを生物にぶつければ……内部から破壊し致命傷を与えることができる。

「……と、のんきな自衛隊は考えているんだろうが……」

 水縁がボソリとこぼした瞬間、弾頭がタコの皮膚に接触した。だがタコのなめらかでぬめぬめした表面に阻まれ爆弾はツルリとその弾頭を回転させ…そのまま滑り台を降りる子供のようにタコの身体の表面、そして触手をツルツルと渡り……やがて触手の先端から発射されるように放たれていたバンカーバスターは……市ヶ谷駐屯地敷地内へと刺さった。

「「あ」」

 目で追っていた水緑と土屋は同時に口に出した。その瞬間、轟音とともに周囲が光に包まれた。市ヶ谷駐屯地は哀れにも消滅した。自らの兵器によって。

***

 下に降りると市ヶ谷支部のサイボーグたちが対応に追われていた。印刷物の納期は絶対だ。タコの襲来で転輪機が壊れたり色校が失われることはもちろん防がなければならないが、作業を止めるということも許されない。すべての作業をつつがなく進行させつつ、やつを倒さなければならないのだ。
 水縁がその様子をおーおーと眺めているとやがてバタバタとホイール薫が走ってくるのが見えた。さっき2機を応対してサイボーグだ。

「おーい、ホイール」
「あっ! これはこれは水縁さん……。すみませんロクに応対もできず。なにぶんこの騒ぎでして」
「気にすんなよ。私達も屋上からタコ見てたんだ。だいぶやべーねあれ。見た? 駐屯地」
「いえ…なにかありました?」
「さっき吹き飛ばされてたぜ。ありゃダメだね」
「あー、余計なことしやがって……。まあいいです。とにかく我々も対応に向かいます。これから私が戦闘部隊を指揮して……」
「あー、そのことなんだがね」

 水縁がマントから腕を伸ばして薫を静止する。

「私達に任せてもらえないかい? どーせそろそろお暇しようと思ってたところでさ」
「えっ」
「水縁さん!?」

 驚いたのは水縁の傍らにいた土屋もである。いま私「たち」って言った?

***

「ズモもももーっ!」

 水縁は土屋を伴って市ヶ谷橋から巨大タコを見上げる。なおもタコは暴れまわり、駅舎やカレー屋をその触手で粉砕し、居酒屋にスミを吐いていた。

「あからさまにアトランティスからの刺客だな。目的はわからんが」
「そーなんですか?」
「海の生き物だもん」

 そーいうもんか、と土屋は納得した。前澤さんが言うんならそうなんだろう。

「あいつをこれからしばくのは、まあ市ヶ谷支部に恩を売っておこうってのもなくはないが……どちらかというと威力偵察ってとこだね。豊洲にいく前に実際にアトランティスの戦力に触れて雰囲気を味わっておこうっていうかさ。土屋も魚介類と戦うのははじめてだろ?」
「まぁー普段は食べるだけですねえ……。強いんですかこいつ?」
「私もまだアトランティスの連中とはやりあったことないんだ。それ行くぞ!」

 水縁が地面を蹴ってタコに向け跳躍する。土屋もそれを追う。

「あ……言い忘れたがパワーボンバー」
「なんですか?」
「戦ってるときの私にあまり近づくなよ……。お互いなるべく離れてやろう!」

 水縁は人差し指を立ててニヤリと笑いかけるとタコの触手を蹴ってさらに跳躍! 土屋から距離をとった。次いで身体を包む武装マント……徳ビームキャノン、アサルトライフル、4連装ロケットランチャー、開放式レールガン、宇宙パルスライフル、フォトントーピードランチャーを展開しターンテーブルを高速回転! すさまじい勢いで発射しはじめた!

「キャッホー!」
「ひぇぇぇ〜〜〜〜っ!」

 花火のように放たれる無数の弾丸と交戦が市ヶ谷の空に舞う! 離れているとはいえ土屋の元にも何条もの流れ弾が飛び交い土屋はそれを必死で身を逸らして回避する!

「んぎゃ〜〜〜ッ!!! 水縁さん危ない危ない!!!!」

 これで上野の連中をヒビらせてるのか!!! 土屋は紙一重で弾を回避し青ざめながらも不思議な納得を得ていた。一方水縁は予想外の結果にぺろりと唇を舐めた。

「こいつぁ厄介だな」
「ズモモーーッッ!!」

 タコに襲いかかった無数の弾丸はその軟体とヌメリで滑り、絶妙に逸らされていく! アサルトライフルやレールガンは表面を滑り、ロケットランチャーや魚雷は信管が押されることなく後方に滑らされタコの背後で爆発!
 また、光学兵器も表面の滑りで拡散され、思ったような威力を発揮できていない! タコはほぼ無傷だ!

「ズモモーーッッ!!」
「まずい…!!」

 タコの触手がムチのように水縁に襲いかかる! 水縁は武装マントを全て下げ、そらに回転数を上げることでディフェンスモードへと移行する! 衝撃!

「グアっ!」
「水縁さーん!」

 直撃は避けられたもののその巨大な生み出すインパクトは相当なもの! 水縁はバレーボールの如く撃ち放たれ、アスファルトにしたたかにぶつけられた! 市ヶ谷の道路にクレーターが広がる!

「ゲホッ、こいつぁ思ったより厄介な相手かもしれないぜパワーボンバー」
「こんのぉー!」

 土屋も負けじと両腕のロケットパンチを射出! 同時に肩のネイルガンを連射する!
 だがロケットパンチはツルリと弾かれ、まるで手応えなし! 釘も表面のぬめりで滑り、刺さらない!

「うげーっ! どうすりゃいいんですかこれ!」
「うーんそうだなあ、例えば火炎放射器とか…」
「水縁さん持ってます?」
「無いんだなこれが。市ヶ谷支部の連中に聞いてみるかい? 任せておけって言いながらカッコつけないけど……おっと!」

 タコの8本の触手がドラムを打つバチのように激しく市ヶ谷の大地を打ち鳴らす! 水縁と土屋はその連撃をステップ、側転、バク転を繰り返しひらりとかわす! 攻撃を避け続けることはできる! だが反撃の糸目が掴めない!

「なかなか動けるじゃないかパワーボンバー! ちょっと見直したよ」
「いやー、水縁さんに褒めてもらえるのはやぶさかじゃないっスけどどーすんですかこれえ!? あいつ柔らかくないところとかヌメヌメじゃないところとかないの!?」
「わっかんないネェー」
「だいたいなんでお堀にタコなんだよぉ〜! ……ん?」

 ふと堀を改めて見渡した土屋に、ある記憶がフラッシュバックする! その視界に入ったのは釣り堀!

「釣り……タコ?」

 土屋のバイオ脳が高速回転を始め、擬似徳と閃きを生み出す! 

***

「うわー、見てみてタコ釣れちゃったよ」

 エアバースト吉村が喜んでるのかそうでもないのか微妙な眉毛で釣果をアピールする。

「こうやって見るとタコってグロいなぁ~」

 土屋は自分の竿を放っておいてマジマジと竿からぶら下がるタコを見る。その日の2機は仕事をサボって海釣りに来ていた。

「これどーすんです?」
「なんかもう帰りたくなってきたしこの場で食っちゃおうぜ」

 いいながら吉村はタコを手近な鍋にぶちこんだ。

「直接茹でちゃうの?」
「その前にぬめり取るんだよ。見てな」

***

「アレだっ!!!」

 土屋は目を輝かせるとタコに背中を向けて走り始める!

「え!? どこに行くんだいパワーボンバー!」
「ゴメーン水縁さん! ちょっとタコちゃんの相手してて!」
「相手って言われても…」
「ズモモーッ!!」

 襲いかかる触手! 水縁は地面にロケット弾を放ち爆風を利用することで高く飛び上がって回避!

「いつまでごまかせるかねえ」

***

「あった!」

 土屋はタコに破壊された居酒屋で目当てのものを見つけると担いで店を飛び出した! するとそこに小さな装甲車が猛然と走り込んできた。人が乗り込むにはどう考えても小さい、大八車のようなサイズ感の装甲車だ。こりゃ不思議だと土屋が呆然と眺めていると、やがて装甲車はシュオシュオと音を立てて人型のシルエットへと姿を変えた。

「あなたは……土屋さんでしたね? なんでここに?」
「あ! ホイール薫さん! どしたの?」
「後からやっぱりおふたりが心配で私だけでもと思って追いかけてきたんですが……どうですか首尾は?」
「だいじょーぶ! 私いま倒し方思いついたから……あ! でも確かに薫さんいると助かるなあ。載せてってくれない?」
「もちろん! さあどうぞ!」

 ふたたび装甲車に変形した薫に跨り、土屋が走る!

***

「ンギャッ!」

 2本の触手を用いたフェイント鞭打に引っかかり、ついに触手の直撃を食らってしまった水縁! その身体が吹き飛び、すさまじい勢いでアスファルトに叩きつけられようとしている! だがそのとき! 空中で背中を支えるものあり!

「ん?」

 期せず空中で静止した水縁は間の抜けた声をあげた。何事だ?

「水縁さーーーん! 大丈夫ですかぁ」
「ああ……パワーボンバーか! ありがとう! 助かったよ!」

 視線の先には装甲車にまたがったパワーボンバー土屋! その足首から先は失われている。土屋の足ロケットパンチが水縁の身体を空中で支えてくれていたのだ。

「ところでパワーボンバー……それはなんだい?」

 水縁は土屋が右肩に抱えた大きな袋を怪訝と見つめる。

「塩でっす!」
「塩???」
「そこの居酒屋からくすねてきたんですよー。あ、ご心配なく! お店の人たちみんな死んでたんでー」
「いや、それはいいけどなんで塩?」
「へへー、ま、見ててくださいよ! 薫さん! タコに向かってダーッシュ!」
「任された!」

 装甲車形態の薫が猛然とタコに向けてダッシュ! 土屋は一度塩の袋を脚で蟹挟みにしてホールドすると手で掴み取り、ロケットパンチを放った!

「いけーっ!」
「ズモーッ!!!」

 手の中にあった塩をタコの触手にまぶす! そして両のロケットパンチで力強く塩まみれの触手を掴むや否や、ゴシゴシとしごく! するとどうしたことか! みるみるうちに塩と混ざり合ったタコの滑りが、灰色に濁っていく!

「ズモーッ!?」
「ありゃ……なんだい!?」

 これには水縁も驚きの色を隠せない! 薫はタコのまわりを旋回しながら徐々に距離を詰める!

「薫さーん! 今度私が掴んでる触手が見えたらそこを狙って大砲撃って!」
「承知!」

 装甲車薫はジグザグに走り、タコの執拗な触手攻撃をかわす! 1本! 2本! 3本! 4本! 5本! 6本! 7本! そして土屋が掴んだ触手が見えた!

「発射ーッ!!!」

 土屋が跨る砲塔に備え付けられたライフル砲が火を吹いた! 轟音と共に発射された徹甲弾はタコのぬめりに弾かれ……ない! 見事に触手を撃ち貫き、ちぎり落としたのだ!

「ズモモモモーーーッッッ!!!」
「そうか……ゆめりを塩揉みで落としたのか!」
「そういうことーっ! 今度はダブルで行くぞーっ!」

 土屋は戻ってきたパンチで再度塩をわしづかみ! 次いで脚のロケットパンチでわしづかみ! 4つのロケットパンチを一度に発射し、2本の触手を同時にしごく!

「ズモモモモーーーっ!!!!」
「薫さーん! 腕の方よろしく! 私は脚の方やるからっ!」
「そ、そう言われても見分けがつかない!」
「"い"と"ろ"って手の甲に書いてある方が腕っ!」
「わ、わかった!」

 薫はライフル砲を、土屋はネイルガンをそれぞれ触手に向けて撃つ! 2本の触手が同時に千切れ落ちた!

「ズモモモモーーーッッッ!!!!」
「は……こりゃあ大したもんだ」

 水縁は自分に手を出す余地なしと見切ると、道路の上に腰を下ろして満足そうにその様子を眺めるのだった。

***

「おりゃーッ!!!!」

 すべての脚が絶たれタコは、仕上げに頭部を塩揉みされた! ぬめりを失ったその頭に渾身の力を込めた土屋のロケットパンチ4発が斉射!

「ズモーッ……」

 脳と内臓に大穴を開けられたタコはあえなく絶命! サイボーグの勝利だ!

「やったー! ありがとね薫さん」
「いやいやこちらこそ! すっかり対応していただいて……」
「オラっ」
「んがっ」

 いつの間にか土屋の背後に迫っていた水縁がその頭をガシガシと乱暴に撫でまわす!

「いやあ実際よくやったぞおパワーボンバー。正直驚きだったよ。ここまでの働きは期待してなかった。徳が高いぞ!」
「ホント? えへへへへへ」
「大した機転だったよ。だが気をつけろ……これからこんな奴らばかりだぞ」
「嫌だねーっ」
「ホイールも気をつけることだな。タコを参考に戦力を見直しておきな」
「はぁ……それで結局、こいつらなんなんです?」

 切り離された触手をグチャと踏み潰しながら水縁は答えた。

「そいつを調べにいくのさ。だが…結果として思ってたよりいいより道になったな」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます