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マシーナリーとも子ALPHA ~鮫の落日篇~

「飽きたな……」
「えっ」

 片手を失った元船長はジャストディフェンス 澤村の言葉にギョッとした。澤村はつまらなそうに夕食のハンバーグを頬張った。
 築地を根城にしていた海賊団を奪い取って船長となってから1ヶ月。澤村海賊団はアジア中の港を蹂躙した。あらゆる港の人類を殺戮し、ハンバーグを食べた。だが半月ほどしたあたりで澤村は気付いてしまったのだ。船の上は意外とやることがないと。
 何よりもつまらないのは船の上では電波が弱く、スマートフォンが動かないことだ。これではソーシャルゲームが遊べない!

「海賊、だいたいわかったしやめるかァ」
「そ、それは結構なこと!! ……で……」

 副船長……元船長は一瞬歓喜したあとすぐに嫌な想像をして声のトーンを落とした。自分の想像に体温が下がっていくのを感じた。血の気が引くとはこのことか。元船長は自分の右手を見る。彼の右手にはいま人間の手でなく小さなサメの頭が取り付けられている。元の手はジャストディフェンス澤村に焼き尽くされてしまい、もう戻らない。
 代わりに取り付けたサメは彼の持つ特殊能力でサメの桃源郷「シャークリラ」から「シャーク・ポータル」を通して召喚しているもので、ある程度彼の意思を受けて自在に動く。噛みつかせることでものを掴んだりすることも可能なのでとりあえず当座の生活は可能だった。だが、ときどき手首を蝕む幻肢痛が彼を悩ませた。あの屈辱にまみれた築地での出来事を思い出させた。そしてその屈辱を今でも忘れられないにも関わらず、それを上回る恐怖で船長に逆らえない自らの境遇に涙した。
 目の前にいる現船長、力でこの海賊団を乗っ取ったクソガキ……ジャストディフェンス澤村の戦闘力はえげつないほどだった。これまで数多くの港を、シャーク・ポータルを使って荒らし回ってきた自分が手も足も出なかった。そうして強奪して近代的装備で固めた部下たちが雑草を刈り取るかのごとく殺されていった。この海賊団の旗艦には船長の親衛隊とも言える優秀な団員たちが20名ほど乗り込んでいるが、そんな彼らも毎日を怯えて過ごしている。この、人間を殺すことをなんとも思っていない少女が、いつ気まぐれで自分たちを殺すだろうか。そう思うと食事もろくに喉を通らないのだ。
 副長は考える。そんな人の理から外れたこいつが、海賊に飽きたからといって素直に船長の座を明け渡すだろうか? ふらふらと家路につくのだろうか? そんなはずはない。飽きたときにコイツがやることは……おそらく殺戮だ。

「さ、澤村さん!」
「んだよ」
「もう少し続けてみませんか! 海賊!」
「え~~」
「いまやめるなんてもったいないですよ! 1ヶ月なんてまだまだ、海賊としての醍醐味を全然理解できてないですって! とりあえず……そう、3ヶ月! 3ヶ月くらい続けてみては」
「いいよー。もう、だいたいわかったわ。移動不自由なだけじゃねーか。海の上でできること大体陸でもできるけど海上だとできねーし」
「うぐぐ……。そうだ! 澤村さんクジラは見たくないですか? クジラってデカいんですよ。海の上なら見れますよ」
「クジラねぇ~~……」
「あとですね、フィリピン沖にデカいタコが……」

 そのとき、稲妻のような音と爆発音が響き、船が揺れた。

***

「なんだぁ!?」

 副長は船長室から飛び出した。甲板が燃え、火だるまになった船員たちが走り回っている。

「フィ、フィリピン政府か!?」

 副長が青ざめて叫んだそのとき、天空から稲妻が再度降り注いだ! 爆発! 甲板から再度火の手が上がる! 船の上は焦熱地獄と化した! 船長は稲妻が振ってきた上空を見上げる! 太陽の逆光で黒いシルエットが浮かび上がる……。爆撃機のような翼を持ったシルエットと、そこからぶら下がるようないびつな塊! 

「フィリピン政府じゃない! なんだあいつは!?」

 不気味なふたつのシルエットは船に向かって降下を始める……徐々に明らかになったその姿! 2名の女性! 副長はその正体を知らない! だが我々はこのふたりを知っている! その白銀の翼と凶暴なるワニを知っている! 人類至上組織N.A.I.L.の上級幹部、アークドライブ田辺とワニツバメだ! アークドライブ田辺は懐からガイガーカウンターのような測定器を取り出して副長にかざす!

「DBTレベル86……間違いない、エンハンサーだね」
「ってことはお前が裏切り者のフカでスね?」
「ぐぐ!」

 副長は仰け反る! そう、この男が持つ謎のサメの能力! それはN.A.I.L.の持つどうぶつと人間の力を掛け合わせるエンハンス技術の賜物だったのだ! 自らの新しい力に溺れた彼は、N.A.I.L.を抜け出しエンハンスパワーを用いて海賊となっていたのだ!

「組織を裏切るだけならいざしらず、人類を地球の支配者にしようというN.A.I.L.の理念から外れて人類を苦しめるなど言語道断でス! 新入りの私にすら許せぬ蛮行!」
「やっぱり基本的に人類は愚かですからね……。愚かな人類は! N.A.I.L.でなくサイボーグの理念で滅ぼしてあげます!」
「クソーッ! どうして今更組織の追手が来たんだ! だが俺の強化されたサメの能力に勝てるかーっ!?」

 副長は着ていたシャツをめくりあげる! シャーク・ポータルが開き、そこから二匹のサメが飛び出る!

「何ィ!?」
「服からサメ!?」

 田辺とツバメは驚愕しながらもビーム・ライフルとバリツ・サマーソルトキックでサメを撃ち落とす!

「エンハンサーの力はあくまで対象のどうぶつの持つ力を人間が行使できるというもの……サメを自在に操る、ましてや召喚するなんてできないはず!」
「あんな芸当はバイオサイボーグにもできませンよ! ということは噂に聞くとおりヤツは……」
「へっ! こんな日が来るのはずっと考えてたんだ! 能力を強化するのは当然よぉー! おいお前ら!」
「「「「へい!!!」」」

 副長……フカの掛け声に応じて船室から大量の海賊団員が躍り出る! 海賊団員は手にしていたアサルトライフルやロケットランチャーを……甲板上に捨てた! 捨てたのだ! そしておもむろにシャツをめくると服の中から小さなサメが飛び出た!

「何ィー!?」
「こいつら全員エンハンサー!?」
「死ねーっ!」

 フカが爆笑する! アークドライブ田辺とワニツバメを囲う30匹超の小さなサメ! どうする! 田辺とツバメ!

「くだらないッスね……田辺さん!」
「うん!」

 田辺が丹田に力を込める! すると天空から豚の鳴き声が響いた……。ボワと田辺のまわりを青いエネルギーが包み込み、飛行ユニットに膨大な疑似徳が流れ込んだ! 田辺が持つ豚のエンハンス能力、エジプトの豚の神、セト神の力が発揮されたのだ! 囲い込むサメたちに沿い、田辺は円を描くように豚タックルを仕掛けた!

「「「「シャーッ!!!」」」

 豚のすさまじいパワーでサメたちが宙に打ち上げられる!

「ツバメさん今です!」
「よっしゃー!」

 ワニツバメがスカート内に徳を充満させ、飛び上がる! 徳ジェットだ! そのままツバメは左腕のワニを捻りながら突き出す! 徳の勢いを載せた拳の捻りは全身に波及し、ツバメをマニ車のごとく回転させた! ワニ……エジプト神セベクの身体に刻まれたマントラが読まれ本徳がツバメの身体に満ちる! 必殺のバリツデスロールだ! 宙に打ち上げられたサメたちは次々とワニに食べられてしまった! サメ全滅!

「わーっ!?」
「オレたちのサメがーっ!」
「どうやってその力を得たかは知りませンが……技術の伴わない付け焼き刃の能力で私のバリツには勝てませンよ!」
「ぐぬぬーっ!」

 フカが歯ぎしりする! そのとき! 背後の船室から現れる影があった!

「ンだようるせェなぁ~~ッ!」

 かったるそうに出てきた小柄なその姿……。豪奢な船長服を、まったくサイズが合ってないにも関わらず肩がけにしたサイボーグ! 現船長のジャストディフェンス澤村だ!

「せ、船長! 助けてください! 敵襲なんです! サイボーグに襲われてるんですよぉ~っ!」

 フカが澤村に泣きつく! 今こそコイツの殺人能力に助けてもらうときだ!

「あれぇ~っ? 田辺とワニじゃねーか」
「えっ、澤村? なんでここにいるんですか? しかもなんですかその格好」
「海賊に興味あってよぉ~~。いま船長やってんの」
「最近見ないと思ったらこんなところにいたんですか……。えっと、私たち、N.A.I.L.のお仕事であなたの部下殺さなきゃいけないんだけど、いいですか?」
「別にいいよぉ~っ。ちょうど海賊飽きたなーって思ってたし。船長やめるわ。っていうか私も混ぜてくれよぉ~っ!」
「えっ!?!?!?!?!?」

 フカは事態が飲み込めずに叫んだ。ようやく頼りにできると思った船長が、ここしばらく恐怖の象徴だった船長があっさり敵に寝返った。

「えっ、私達はいいんですけど澤村はいいんですか? 仲間でしょ?」
「いや別に」
「サイボーグの倫理観怖ぇ~~ッ! 田辺さん、シンギュラリティってやっぱりこんなヤツらばっかりなんでスか? マシーナリーとも子もひどいヤツだし」
「いや、その、まあなんていうか……。澤村はたしかに徳が低めなんだけど……」
「おめぇ~に言われたくないぞ田辺ーっ! そら、そんなことより早く殺そうよ!」
「うん……あ! でも澤村!」
「行くぜオラーッ!!!」

 澤村の腕の戦車から砲塔が飛び出て凶悪にフカを睨んだ!

「ヒ……!」

 田辺が、フカがそれぞれ言葉を発しようとしたが澤村は構わず握った指に力を込めた。砲塔から対戦車榴弾が飛び出し、フカに直撃! 大爆発! アジアを荒らし回った海賊の、あっけない最期だった。

***

「ウキャキャキャキャ。最後まで気づかなかったな~~! 海賊やるより海賊船沈めたほうが楽しいな!」
「澤村ーっ! もう! なんてことしてくれたんですか! あのフカって男には聞きたいことがあったんですよーっ! その力をどうやって手に入れたのかとか! アイツが潜伏してる組織の所在とか!」
「殺せたんだからいいじゃねっかよー」
「良くないんですって! もー!」
「サイボーグって適当でスね~~」

 アークドライブ田辺がジャストディフェンス澤村とワニツバメを懸架しながら去っていく……。その眼下には燃え盛る海賊の旗艦が船体を2つに割り、今まさに沈まんとしていた。甲板上に生気はない……。だがそれを見つめる怪しい影が、船のすぐそばにいることにあなたは気づく! 影はちゃぽんと海のなかに潜ると、二度と姿を見せることはなかった……。

***

 海底3万2000km……。人類未踏の未知の世界。宇宙より遠い、光の届かない海の底……。だがそこには奇妙な、人工物としか思えない柱や家屋が立っている! 神殿や百貨店、ホームセンターまである! 海の底に文明……! 神殿の壁を見ると、禍々しいカタカナでこう書かれている……「イルカ」と!
 そのとき海上から高速で降りてくる影があった……。あれはさきほど沈んだ海賊船のそばにいた影だ! その姿は……イルカ! イルカは慌てた様子で神殿へと潜り込んでいった。

 神殿の奥深く……20名ほどの人間……そう、人間である。と、50匹ほどのイルカが集っていた。その中心にいる、赤い髪の女性は海上から戻ったイルカから超音波で報告を受けると腕を組み、考え込んだ。

「フカがやられたか……。ついにN.A.I.L.がね……」

 そこに佇んでいたのは、かつてトルーに襲われ、命からがらN.A.I.L.を去ったエンハンサー、イルカであった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます