見出し画像

マシーナリーとも子EX ~サイボーグの早起き篇~

 ベゲゲゲゲゲッとアラームが鳴る。

「んがあ」

 ベッドから立ち上がろうとしてうまく身体が持ち上がらずに倒れ込む。

「ンギャッ!!」

 見ると腕の錠前のフックがベッドのシーツをガッチリロックしていた。この錠前はナンバー部分が回転することで私に徳を供給している。だが、たまぁ~にバッチリナンバーが合ってロックが解除、フックが開くことがある。そしてまたナンバーが回ってフックが閉まる。ふだんは困らないんだが時折こうしてフックがシーツを挟みこんでしまうことがある。起き抜けでこういうトラブルに見舞われると朝からやる気がなくなってしまう。
 腰のプリンターのスロットがカシャッと開き、シアンとイエローのインクカートリッジが飛び出す。カートリッジたちはカーテンを抑えると横にスライドして飛び、室内を日光で満たした。

「ウゥ~~……」
「おはようございます、吉村さん」
「はよ……。ねみぃ~~よ」

 返事をしつつも起き上がらないでいるとやがて腰からマゼンタのカートリッジが飛び出してきてグイグイと私の頬に圧力をくわえてきた。

「おはようございます、吉村さん」
「わぁーったわぁーった起きるよ…」

 しぶしぶ錠前のロックを手動で外し、ベッドから起き上がって伸びをする。時間は6時。昨日日が変わったころに床についたから6時間弱しか寝てない計算だ。もう少し眠りたいところだが、最近は早起きして朝遊ぶことにしている。かといって夜遊ばないわけではないし、そのせいで寝不足ではあるんだが。
 眠い目をこすりつつ湯を沸かし、インクカートリッジにはシリアルに牛乳をかけさせる。朝こそしっかり食えなんて話もあるが、とりあえず私にゃこれくらいあれば充分だ。
 ちゃぶ台にコーヒーとシリアルを置いて無感情に咀嚼していると端末からピロパロと音が鳴る。こんな時間に連絡してくるヤツは1機しかいない。

「おはよう吉村」
「なんだ今日は早ぇんじゃねえか……」

 ロンズデーライトシンシア。イギリスシンギュラリティの上級幹部で私の雀将仲間だ。定期的に連絡を交わす仲ではあるのだが、2週間前に「早起きをする様に習慣づける」と宣言したら「じゃあ起きたらすぐに雀将でもつまむようにしましょうか」と抜かしやがった。起きられなかったら私の負けだとも。そういう、起きないことのリスクをつけた方が早起きできるようになるはずだと言うのだ。
 もっともらしいことを言ってやがるし、確かに私が早起きするきっかけにはなるという意味ではいいアイディアかもしれない。だが起きられなかったら寝坊したら負けというのが腹立つ要素ではあった。考えて欲しい。奴はイギリスに住んでるんだぜ。こっちが朝の6時に起きるころ、あっちは21時。仕事を終えて風呂に入って飯も食い終わって酒も飲んで一息ついてる時間帯だぜ? 不公平だと思わないか。こっちが起きられないことはあってもあっちが寝てることはあり得ない。
 だがそんなことを指摘するのも負けた気がするので私は渋々承諾し、現在まで2週間、なんとか早起きができている。気に食わないことに。

***

「そう言えば、伸ばす気になったの?」
「あ?」

 言いながらシンシアがニ3に發を特殊召喚しながら小指にグズリのどうぶつビスケットを忍ばせるのを私は見逃さなかった。

「髪の毛よ。だいぶ伸びてきたでしょ」

 シンシアは左手を首の横でひらひらとさせた。私の髪の毛は前は腰まで伸ばしていた。が、先日人類の床屋と戦った際にバッサリと切られ、耳の下くらいまでになってしまった。いまは肩まで届かんくらいの、半端な長さだ。

「……確かに決めねーとな」
「そこそこ自慢だったんじゃないの? 長い髪は」
「今はこれはこれでいいかって気もしてるけどな……。レイズだ。積んで2000」
「あらぁ〜! でもまぁ、助かったわ。たいらのまさカードがあるからね」
「出たよ、三味線弾きが……。だがサイドカードを開く! 『ロブスターの反乱』!」
「嘘でしょ、じゃあ……私のメックは全部セメタリー行き!?」
「そしてここで角が成ってリーチだ」
「……ダメね、参りました」
「まだチャンスあるだろ? 次のターンでツーペア以上が出れば……」
「ええ、飛車をコモドドラゴンにしてゲーム続行は可能よ…でも無理ね。カードプールに無いの。さっき生贄に使ってしまったからね」
「油断だなあシンシア。無駄口叩いてっからだよ」

 私はわざとらしくニヤニヤと笑ってみせる。どうだ、寝起きでこの精度。褒めてほしいもんだね。

「あのねぇ、こっちはもう完全オフモードなのよ。勝ち負けもいいけど楽しくやりたいわけ」
「こーっちは寝起きだっつーの! 勝って爽やかに1日をはじめてぇーんだよ! ……ハァ、まぁとりあえず1勝。まだ7時か。勝てたことは勝てたし次はもーちょい気楽にやるか」
「いいわよ。じゃ私お茶のおかわりを淹れてくるわ」
「私もなんか温かいもの入れよっと……」

***

 私はコーヒーをマグカップに注ぎながら携帯端末を見る。とくに急いでなにかを得たいというわけでなく、無意識にいつものくせで開いただけだったんだが、映し出された情報に思わず「うげっ」と漏らしてしまった。思わずシンシアに悪態をつきながら席に戻る。

「見てくれよ! N.A.I.L.の株! 昨日より2000円も上がってる!」
「アンタN.A.I.L.の株持ってたの?」

 シンシアはサングラスの向こうの目を、Webカメラ越しでもわかるくらいまんまるにしていた。

「なんで敵対組織の株買ってるのよ……。でもまぁ、上がったなら良かったじゃない」
「昨日損切りしたんだよぉーッ! なんだよこれ! バカみてーじゃねーか。ちくしょ〜〜もったいねえ……」
「相変わらずチマチマした商売してるのねえ……」

 シンシアは頬杖をついていかにも乗り気じゃなさそうだ。なんだ、世間話したがってたのはそっちじゃねーか。

「悪ぃ〜かよ。趣味なんだよ。金はあるに越したことないだろ。そういえばこないだ地下1の空いてたテナントにも話が来たんだ。またちょっと潤うなあ……」
「……そんなふうにお金稼いでなにに使うの?」
「別に? あると安心だろ。心配しないために貯めてんの私は」
「ならいい家に住むとか新しい武器を買うとかすればいいのに……」
「えぇ〜、でかい買い物はなあ……。なあ、そういえばさ」
「なによ」
「このあいだ私、リーダー代理辞めさせられちゃったろ? リーダー手当が切れちゃったんだよ。給料わかりやすく目減りしてさあ〜」
「……まあ、そういうものだから仕方ないわね」

 つれない。こういうときはこいつはつれないんだよな。一緒に悲しんだりしてくれないんだ。

「別にいまのリーダーのゆずきさんは嫌いじゃねぇーよ? たか子さんと違って怖くねぇ〜しな。でもさ、そもそも問題として私がリーダーで困ること、ある? って話なんだよ」
「あぁ〜〜……。でもほら、やっぱり疑似徳だけだといざというとき不安でしょ?」
「言いてぇことはわかるよ? でもよぉー、私これでも疑似徳んなかではけっこー強いほうだと自分でも思うわけよ! 池袋はたしかにシンギュラリティにとって大事な土地だぜ? でもだからといってただでさえロボ出不足ないま、貴重な本徳の枠をよぉ、使って過剰な防衛力をよお……」
「……つまりゆずきにいなくなってほしいわけ?」

 え? そうなる? いざそう言われると私は居心地の悪さを覚えた。「別にそういうわけじゃねえけどさぁ」ガリガリと頭をかきながら私は答える。でも、うーん、そうじゃないと思いたいだけでそうなのかな?

「……私の知ってる範囲で話すけど、まあ実際のところ池袋の防衛力は現状のあなたたち3名で問題ないだろうとは言われていたのよ。周囲は壊滅状態だったけど、神奈川や埼玉から応援にも来れるし、協力的勢力との関係もあるしね。こないだの“切り裂きジャック”は例外中の例外」
「……そーなの?」
「うん。で、多分このへんからはゆずき自身からも伝えた部分もあるだろうけど彼女はタイムマシン技師だから」
「ああ、そうね」

 そういえば就任初日に言ってたな。

「いまもっとも稼働率が……事故を含めて高くなってる池袋のタイムマシンの身近に常にいたいと。そういう申し出があって上層部も彼女の異動を許可したのよ。でもそうなるとやはりリーダーは本徳のほうが……という意見が強くてね。彼女は古参サイボーグだし」

 シンシアが手の中でチャラチャラと鳴らしていたトークンを思い出したように銀行に置き、紙幣カードを取り出す。つい話し込んでいてしまったがゲーム再開だ。

「まあそうなるよな。いや、妥当だと思うよ。文句はねえよ。私はただ、私自身が給料が減って残念だなぁ〜って話をしてて、お前から残念だねぇ〜っって同情してほしいの! ゆずきさんがどうとかはこの際関係ねーよ」
「あらそうなの? 私はてっきり謀反の相談でもするのかと思ってたわ」
「しねーよ!!!」

 さすがに心外すぎて叫んでしまった。私はイーピンを4枚場に出してクラスチェンジを宣言、四足歩行戦車と交換する。自分の手を打ちながらあることが頭に浮かんでいた私はシンシアに恐る恐る質問した。

「……おめーはそういうこと、あったのかよ?」
「オホホホホ。ま、立場が立場だけにね」

 あるんだ。こえーっ。

「……でも、ま、吉村。とにかく金がほしいなら小銭稼ぎもいいけどね、まずは本徳を目指すことね。シンギュラリティの価値観はとにかく徳ありき。いくらケンカが強くても金勘定がうまくても徳が低いことには認められないのよ」

 つぶやきながらシンシアは手の中にある香車と桂馬を粉々に砕いた。これはストロングチャンピオンシップ! やっぱり王牌に手を出すつもりか。

「そりゃ……なりたくねーわけはないけどさ。私にゃいまいち向いてないみたいなんだよなあ。徳を積むのってさあ」

 考え込みながら目ではシンシアの目線の動きを追う。目の動きを見ればどんなことを考えているかのアタリはつけられる。

「あんたサイボーグが向いてないのかもね」

 そうかもしれない。

「……まあ、ゆずきは戦闘タイプじゃないし。防衛力がプラスに転じたか、戦力としての評価は上がったかは確かに検討材料足り得るわ」
「……検討材料ォ?」

 王牌からナイトを引きながらシンシアが意味深なことをつぶやく。

「例えば、あなたを池袋のリーダーではなく……戦闘隊長とかリーダー補佐とか、そういう役職を作って待遇を上げることは不可能じゃないってこと」
「ほんとか!?」

 いいこと思いつくじゃねーかコイツ!

「じゃあいつもの“本会議”で進言してくれよぉー。ウチだけじゃないかもしんないよ? そういう支部がさ」
「そうねえ……」

  シンシアがナイトを掌中で弄びながらニヤニヤと笑う。

「私に勝ったら、考えてあげてもいいわよ」
「言ったな? あと十六手でその頭下げさせてやるよ」

 シンシアがナイトを裏返して盤面に突き刺す。それを見て私はほくそ笑んだ。その手は七手前から読めてんだよ。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます