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マシーナリーとも子EX 〜掻き分ける海篇〜

 2045年、池袋……とある町中華。そのカウンターに轟音が響いていた。女性の腕に取り付けられたダブルチェーンソーから鳴る轟音……シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ! そしてその隣には部下のアークドライブ田辺が座り、五目あんかけラーメンに舌鼓を打ってい

「回転体水泳……? 何ですかそれ」

 田辺が麺をズルルと啜りながら尋ねる。たか子がチャーハンを掬ったレンゲをファンネルに口に運ばせ、頬張る。ここのチャーハンは強烈に化調が聞いていて、パラっとしていながら油でしっとりさもあって実にうまい。たか子は頬を綻ばせながら答えた。

「最近マシーナリーとも子と吉村がはまってるらしいのです。要は水泳なのですが、水泳でありながら泳ぐことは禁止されている、と」
「どーゆうことです?」
「ですから“回転体”水泳なんです。回転体で水をかき分けることで水中を進むのが趣味と」
「珍妙なことを考えるもんですねえ」
「それが結構最近流行ってるらしいのよ。週末は50体近くのサイボーグが葛西臨海公園に集まるとか……」
「50体!? 戦争でもおっ始めようって数ですねえ。たか子さんはやらないんですか?」
「まさかでしょ……。私の回転体はひとつひとつが小さいから水なんてかき分けられないし第一、指した油が落ちちゃいます」
「私もCPUファンじゃとても無理だなあ……」

***

 環七通りをサイボーグビークルが疾走する……! その運転席にはブロンドの髪をツーサイドアップにまとめたサイボーグ、マシーナリーとも子! 助手席には長い髪をストレートに下ろしたサイボーグ、エアバースト吉村! 両者は照りつける日光をサングラスで抑え、心中に燃える闘争心を隠すこともなく首都高を疾走していた! 運転をとも子に任せた吉村は執拗に腕の回転体……錠前のナンバーを仕切りに弄っている。

「吉村ぁ、気のせいかもしれないけどよぉ」
「何だあ〜? オイこっち見んなよ! 前見ろ前!」
「お前の鍵の番号んとこ? デカくなってねえか?」
「あ、気づいた? ウヘヘ今日のために改造したのよ。知り合いの鍵屋脅してよ、蓋まわり直径でかいダイヤル作ってもらってさぁ。ちゃんと回るように埋め込み部はヤスリで削ったし溝も深くして水をきちんと掴み取るようにしてさぁ」
「やっぱそういう改造、必要だよな」
「そういうマシーナリーとも子こそマニ車の歯車部分、ちょっと大き苦なってない?」
「やっぱ気づいた? 丸ごと歯車取り替えたのよ。厚みとか歯車の大きさは変わってないんだけどよ、歯を長くしたんだよ。これだけでかなりかき分けられるはずよ」
「ハマってんねえ、お互い」
「今日もあいつは来るよなあ」
「そりゃ来るだろ」

 サイボーグビークルが高速を降りる……! 葛西臨海公園!

***

 葛西臨海公園の砂浜……。そこにはすでに40体朝のサイボーグが集まっていた。すでに人払い(※)は済んでおり、あとはレースが始まるのを待つのみとなっている。

※人払い……サイボーグ社会においては周囲の人類をひとり残らず抹殺して目につかなくなることを意味する。

「おうおう今日もみんなハリきってんねえ。フェイタルブロウ橋本にクレマ凛、ロータリーひまりにスマッシュ神崎も揃ってるな」
「あそこにいるのはホイール薫か? 久々に見たと思ったらどうだいあのバルバスバウ! あんなの胸につけてたら足元が見えねえだろうによ」

 常連参加者の勇姿に舌を巻くとも子たち。だが本当に注意すべきサイボーグは他にいた……。常連たちも彼女に注目しているのは明らかだった。なぜなら! 常連サイボーグたちもみな海の同じ方向を睨みつけているからだ。とも子と吉村もその視線には気づいていた。何よりも海から発せられる徳の気配に気づいていた。だが、なぜか視線を向けたくなかったのだ……。恐れ、或いは劣等感から!
 意を決してとも子と吉村は海を見た。そこには煙突から煙をあげ、両側面の外輪で猛然と海をかき分ける船! すごいスピードで砂浜に向かってきている!
 やがて船はパタパタとその外装を折り畳みながら跳躍、人型のシルエットになってとも子たちの前へと着地した……。サイボーグ!

「やあやあみんな。今日も揃ったみたいだね」
「暖機はバッチリ……って感じだなあ。美樹よぉ」

 美樹と呼ばれたサイボーグは折り畳んんだ装甲を背部にまとめながらニヤリと微笑んだ。その両肘には船の外輪が横付けにされている……。当然、外輪の側面にはマントラが! 回転体! その頭にはシルクハットめいて煙突を取り付けており、どこか紳士的な雰囲気を醸し出していた。ウィリー美樹! 回転体水泳の現チャンピオンだ!

***

「勝てねぇーっ!」

 マシーナリーとも子脱落! 美樹の圧倒的速度にまったくついていけず振り切られる!
 傷心で砂浜に戻るととっくに離脱していた吉村が缶コーヒーを投げてきた。とも子は深くため息をつきながらコーヒーを呷る。

「いいところまでイケたと思うんだけどなぁ。焼きそばでも食いにいくかい?」
「私ぁ悔しいぜ吉村。私らがこうやってセコセコと回転体をカスタムしてんのによぉ。美樹のやつぁ素だぜ?」
「そりゃああいつ船のサイボーグだもん。しょうがねえじゃん」
「いやいや! 失敬失敬。いつの間にか皆さんリタイアしていたんだね。気付かなかったよ」

 現れた時と同じように美樹が海面から飛び跳ね現れる。そのドヤ顔にとも子は言葉にできない屈辱を覚えるのだった。

「こうなりゃ毒を喰らわば皿までだ。いくら使おうとどんな姿になろうとあいつを負かしてやりたいぜ」
「ふむ……すげーゲテモノになっても勝ちたいかい? マシーナリーとも子よぉ」
「心当たりあんのかよ吉村ぁ」
「チョットな……。明後日開けとけよ」

 パンと膝を叩いて吉村が勢いよく立ち上がる。

「おっと、教えてあげる代わりに帰りの運転も頼むぜ」
「しょうがねえなあ……」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます