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マシーナリーとも子EX ~作家・西山知之への取材篇~

 なんでも好きなもの頼んでいいのかい? 本当? ギャラから引いたりしないだろうね。
 あっそ。じゃあ遠慮なく頼んじゃおうかな。お姉さーん! スペシャルパフェひとつね。
 ん? なんだよ。俺みたいな中年がパフェ頼んじゃまずいかい? あのさ、言いたいことはわかるよ。でも人の金でさ、こういう喫茶店で頼めるんならさ、いちばんトクって感じだろ。俺もさ,たまに来るよ喫茶店。で、食べ物食べる時だってあるさ。でもそういう時ってさ、ついサンドイッチとかパスタとか、あるいはものすごく腹が減ってたらカレーとかドリアとかさ、食べちゃうだろ。ケーキセット? 嫌だよ。だって、ケーキってだけでパスタと同じくらいするだろ。だから喫茶店で甘いもの頼むの勿体無い気がしてさ、自分で頼めないんだよ。だから奢りならパフェが一番いいや。

 じゃあ話そうか。1ヶ月くらい前の夜中かな。俺は西口の喫茶店で仕事してたの。
 何してたかって? いやだから今みたいにこう、座ってコーヒー飲みながらさ、パソコン開いてさ、カタカタやってたの。内容? 話してなかったっけ? 俺、マンガの原作書いてるの。原作者。何、仕事なんかしてないように見えた? まあ確かにナリとか見たらプーに見えるかもしれないけどさ……まあいいや。とにかく仕事してたの。入店から1時間くらい経ってたかな。そろそろコーヒーのおかわりを頼もうかなあと思って顔を上げたんだよ。珍しく満席だったなあ。もうすぐテッペンって時間にだよ? いくら池袋でも珍しいわな。
 で、ちょうど顔を上げたら店員さんが目の前にいたのよ。なんかね、すごく青ざめてたね。汗びっしょりかいちゃってさ。俺、それを見た時なんかすごくゾッとしちゃってさ。なんでって全然、喫茶店にそぐわない顔してたんだよな。ふつうさ、喫茶店で店員さんが青ざめてるって言ったら想像つくだろ? 怖い客にクレーム入れられたとかさ、ミスして店長に怒られたとかさ。
 でもあれは、そういう表情じゃなかった。なんでいやあいいかな。強いて言うならキャンプで狼とか熊に出会した時のような……でもこれ、あくまで例えだからね? 俺はそれよりもっとひどい顔に見えたな。なんて言うか、怒鳴られて怯えてるって顔じゃなかったんだ。あれはもっと、命の危険がすぐそこまで迫ってるって顔だったな。
 それでその店員さんがさ、相席よろしいでしょうかって聞くんだよ。断れないよね。いまにも死にそうな顔してるんだからさ。その時俺、声が出なくてさ。うんうんって頷くことしかできなかったんだよ。
 さあここからがアンタがいちばん聞きたいところだよな。そうなんだよ、そしたら店員さんの後ろから奴らが出てきたんだよ。
 つまりイルカさ。
 え? そうだよ。間違い無いよ。イルカだよ。あの、海にいるやつだよ。それがね、2匹出てきたんだよ。器用にしっぽで立ってね。あと、なんかガラス球みたいなのを被っていたな。そこからチューブが伸びて背中にあるタンクにつながっててさ……ああそうだよ。さすが先生は頭がいいね。イルカは酸素タンクなんていらないんだ。だって魚じゃないからな。エラ呼吸じゃなくて酸素呼吸だから。まあそれは今はいいよ。
 え? 大砲を持った女?
 バカ言わないでよ。そんな奴はいなかったよ。俺が出会ったのはイルカさ。
 で、その2匹のイルカがさ、クチバシ…クチバシでいいのかな? とにかく口をパクパクさせてクエクエって鳴くわけだよ。その、音だと何言ってるんだか分からなかったんだけどさ、そのとき頭がジーンとして何か伝わってきたんだ。
 いや、言葉じゃなかった。そんなテレパシーみたいなもんじゃなかったね。もっとこう……感情の塊みたいなものかな。なんて言うのかな。すごーく怒ってる奴がいるとするだろ? そんな奴が部屋に入ってきたら、話しかけられなくても「わっ」って思うじゃないか。そんな感じにあいつらの感情が伝わってきたんだよ。でもさ、笑っちゃうのがその時俺に伝わってきた感情というかなんというかが……すごく些細な物でね。俺流にその気持ちを頭の中で翻訳するとあれは……「どうも」って感じだったな。笑えるだろ? イルカが2匹やってきて、店員を死ぬほど怯えさせて、その後に出てきたのが「どうも」だぜ。
 俺? 会釈したよ。しなきゃ失礼ってもんだろ。

***

 ああ、パフェありがとう。こいつはいただくよ。コーヒーじゃなくて紅茶にすれば良かったかもな。いつも思うんだけど果物にコーヒーっていまいち合わないよな? バナナとかはまあギリギリだけどさ。
 イルカたちはそれからどうしたかって? いやそれがしばらくは普通に過ごしてたよ。コーヒー飲んだり、飯食ったりな。片方がエビドリア食べてるのは覚えてるよ。俺、それ見てびっくりしちゃってさ。イルカってエビ食べるんだなって。でも、もしかしたら俺が知らないだけでふつうに食べるかもしれないだろ? そのときによく考えたら俺、イルカが食べるもののこと何も知らないなあって思ってさ。その場でWikipedia開いてイルカの食べ物調べたんだよ。そしたらさ、あいつら肉食なんだって。だからきっとエビも普通に食べるんだよ。だからそのことが印象的だったからそのことは覚えてるなあ。思わずネタ帳に書いたもの。「イルカはエビ食べる」ってな。いつか使えるかもしれないし……。
 で、あいつらが座ってから20分ほど経ったあたりかな。バカな奴らがいてさ。よくあるだろ? 風俗嬢とヤクザのコンビみたいなの。あんまり柄のいい店じゃなかったからね。なんつーの、バブルの頃からずっとある店みたいなさ,そんな店だからさ。俺はその雰囲気が好きで通ってたんだけどさ。
 で,その女の方がさ、イルカ指差してケラケラ笑うんだよ。なんでこんなところにイルカがいるんだって。男の方もよせばいいのに合わせてゲラゲラ笑ってイルカを煽るんだよ。なんでイルカ相手に見栄を張ろうとするのかわからねえよな? 
 そしたらイルカたちが真っ赤になってさ。立ち上がりながらコーヒーとドリアをそいつらの顔にぶっ掛けたんだよ。そいつら、ウギャーッなんていって床に転がり込んでさ。そのときは流石に店がザワザワしたよな。それで済めば良かったんだけどさ。
 怖かったのは次の瞬間だよ。イルカがさ、振り返ったから俺に向かって背中を向けるじゃない。するとさ、あいつらの背中。背鰭に沿ってさ、酸素タンク? 背負ってたんだけどそのさらに外側に鉄パイプみたいなのがくっついてたんだよ。鉄パイプの後ろにはチューブが繋がってて……それが酸素タンクから伸びてるわけ。その鉄パイプをさ、2匹が一斉に掴むんだよ。俺はそのときなんとなく察しがついて「あっ」って漏らしちまったよ。それで急いでパソコン抱えて机の下に潜ったんだ。
 うん。火炎放射器だったんだよ。酸素はそのために持ってたんだ。
 浴びせられた男と女、声もあげずに燃えカスになっちまってね。ひどい匂いだった。それからそいつら、店中に振り回したんだよ。もう、おしまいだよな。みんなの運が悪かったのはさ、その席、入り口のすぐ近くだったんだ。だからイルカたちが半ば店な出口を塞ぐ形になっちゃってね。みーんな逃げられずに焼かれたみたいだった。俺だけだよ。俺だけがそのまま机の下から這い出して逃げられたわけ。次の日来てみたらあのお店かーんぜんに燃え尽きて無くなっちゃってるんだもんな。驚いたよ。お気に入りの店だったのにさ。
 うん。だからイルカだったんだって。確認するようなことかい? 第一、大砲背負った女の子なんて今どき珍しくないんじゃないの? 変な格好した若者たくさんいるもんな。俺の姪だってこのあいだカバンから散弾銃みたいなのぶら下げてたぜ。色はかわいかったけどな。なんか最近流行ってるらしいよ? 弾はそりゃ撃てないけどさ。だから、そんな奴らのことは知らないよ。イルカ? イルカのことだって知らないよ。知りたくもないね。俺が死ななかったのは運が良かっただけだからね。だから、もし次に会ったとしてもすぐに逃げるよ。アンタも気をつけな? まあ、あいつらがそんなにしょっちゅうフラフラしてるかどうかはわからないけどね。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます