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マシーナリーとも子ALPHA ~過去への郵便篇~

 妙な感覚だった。人類が味わうという金縛りや幽体離脱のような感覚。意識ははっきりしてるのに身体が動かない、気持ちの悪い感覚。
 こりゃなんだ? ここはどこだ? パワーボンバー土屋は目を開けようとするがかなわない。目蓋が開けないのだ。じゃあ目2(ツー)はどうかな? 土屋はこめかみに力を込めようとする。強襲前衛型である土屋には、通常の目のほか、こめかみに一対のカメラユニットが取り付けられ非常に広い視野を持っている。こちらのユニットで外部情報を取り込もうというのだ。だがうまくいかない。やはり自分の身体が動かせないのだ。
 何か変だぞ。
 土屋は自分の身体の中で意識がキョロキョロと見回すような感覚を持った。自分の身体の制御を他の誰かに任せているような違和感。その原因を探ろうとすると、誰かの声が響いたり

「土屋さん……?」
「へ?」

 声に気づいて振り返る。そこにいたのは鎖鎌を持った少女だった。

「誰アンタ……」

 土屋はほとんど無意識にそうこぼす。だが言い終わるか終わらないか、その瞬間にフラッシュバックが彼女を襲った。無邪気な少女。鎖鎌。自分はその威力を知っている。あの生々しい、不気味なまでの切れ味を知っている!

「ウワーッ!?」

 土屋は飛び跳ねて後退り、同時に両手のロケットパンチを放った! 当然、これはパワーボンバー土屋の中で意識体となった土屋が放ったバーチャル攻撃である! だが土屋の中に半ば無理やり介入している鎖鎌がこれを受ければどうなってしまうのだろうか!? まるで病原菌に抗体が襲いかかるかのごとく、鎖鎌は良くて体外へキックされ、最悪霧散してしまうのである! 危ない鎖鎌!

「やっべ!」

 鎖鎌は得物を構えると(これもバーチャル鎖鎌だ)、少しだけ考え鎌ではなく鉄球部分を回転させこれを弾き飛ばす! 跳ね返されたロケットパンチは弧を描いて土屋の元に戻り、再び手首に装着された。土屋は狼狽しながら問う!

「どどどどどうなってんだ!? 覚えてるぞ! 私……お前にやられ、やられて……えぇ!? どういうこと!? なんでここにいんの!? っていうか……割と容赦なくお前にやられたよなぁ!? 覚えてるぞ! バラバラにされた感覚!」
「えっと……! 話すと長いんだけど! うぇー! ごめんなさいっ! 私、何も考えずにあなたを壊しちゃいましたっ! だけど……」
「ごめんで済むかァーッ!」

 パワーボンバー土屋は聞く耳持たず! 続いて空中二段回し蹴りのようなモーションで勢いよく脚を振ると、その余勢を借りて凄まじい勢いでロケットパンチが発射される! 足ロケットパンチだ! 彼女の足は手に装着されたロケットパンチとまったく同規格のユニットを装着、つごう4発のロケットパンチを扱うことができるのだ!

「やっべ!」

 鎖鎌は得物を構えると、少しだけ考え鎌ではなく鉄球部分を回転させこれを弾き飛ばす! 跳ね返されたロケットパンチは弧を描いて土屋の元に戻り、再び足首に装着された。土屋は狼狽しながら問う!

「よくわかんないけど出ていけっ! どんな理由があろうと声が誰だろうと私の身体に他ロボや他人が入っていいわけないだろ! 返せ! 身体!」
「うヒィーッ! ……あ、でもよく考えたらとりあえず出てもいいのかな……? 土屋さん意識があるみたいだし……。やばい、その辺ちゃんと聞いてなかったなあ」
「出ていけーっ!」

 パワーボンバー土屋は背部に二門取り付けられたネイルガンユニットを構える! 恐竜の鳴き声にも似た恐ろしい発射音とともに、秒間400発の速度で釘が発射される!

「やっべ!」

 鎖鎌は得物の鎖、その両端から1/3ほどの位置をそれぞれ掴むと鉄球と鎌、双方をを回転させこれを弾き飛ばす! 少しでも回転が遅ければ凶悪な釘は鎖鎌をサボテンの如き姿に変えてしまうだろう! 鎖鎌の手から徳が満ち、黄金に輝く! 徳のエネルギーが鎌と鉄球のわずかな隙間を埋め、濃厚なエネルギーシールドとして釘を漏らさず防ぐ!

「ぐ、ぐぬーっ! やっぱり強い! お前なんなんだぁ!? わざわざ私の体に入ってきて、私を完全に殺そうってのかあ!?」
「違う違う! ホント信じて! 助けに来たんだって! いや壊したのも私なんだけど〜〜、ほら一種の罪滅ぼしというか? なんだろ? そんな感じで?」
「うるせぇーっ! そっちの事情なんか知るかっ! 痛かったんだからな! いいから出ていけーっ!」

***

「うーん……」

 ドゥームズデイクロックゆずきとタイムリリース原田は困惑して端末を眺めていた。無事パワーボンバー土屋の意識は復活した。だがその途端、土屋のアバターめいて出現した新しいアイコンと、鎖鎌のアイコンが激しくぶつかり合い始めたのだ。

「これは……中でケンカしてますねえ」
「よく考えたら当然の反応ではあるな。土屋は鎖鎌にやられたんだから……。これ外から呼びかけたら聞こえるのかなあ? オーイ! ケンカやめな!」
「ダメそうですねえ。おそらくまだどちらにも身体の主導権が渡ってないのでは? 宙ぶらりんな身体の中でどちらがどうするか話がついてないんですよ」
「話をつけるも何も鎖鎌はこうなったらとっとと出てきて構わないんだけどね。でもよく考えたらそれ伝えてなかったな。そもそも入れてみたらどうなるかわかんなかったし……」
「まあうっかり土屋のロボ格を鎖鎌さんが消しちゃうってことはないだろうし、じきなんとかなるんじゃないですか? ……あ、ほら」

 原田が鎖鎌を指差すのでゆずきが顔を上げる。見ると鎖鎌の身体が汗をかきながらガタガタと震えだし……カッと目を見開いた!

「……ぷはっ! ウヒっ、ひ、ひどい目に合った!」

 鎖鎌は身体に戻ると大きくバックステップして土屋から距離を取る! 思わず土屋の中にいた時から引き続き、得物の鎖をジャキンと引き締めて残心しようとしたが現実の鎖鎌は得物を手にしていなかった。あ、そうだカバンのなかだった。

「鎖鎌! うまく行ったのかい?」
「た、多分! 怒ってますけど。あっ、ホラ!」

 鎖鎌が土屋を指差す。するとベッドに身体を横たえていた土屋が90度ピッタリに身を起こし、パチリと目を開いた! 
 やった! と叫びだすところなんだろうがその剣呑な雰囲気にゆずきは声を上げられずにいた。原田も同様だ。土屋はウインウインと音を立てながら、首を真上や真横に向ける。そしてしばらくして……声を上げた。

「えっ、どこここ……」

 その間の抜けた声を確認してからようやく、ゆずきは歓喜の声を上げることにした。

***

「なんか横浜から変なもん届いてますけど」

 池袋支部のオフィスにダークフォース前澤が現れる。両腕に抱えているのは、逆によく見つけてきたなというくらい典型的なみかんのダンボール。

「けっこう重いんスけど」
「あー、それ土屋とは別件でなあ。ゆずきから頼まれてんのヨ。なんでもタイムマシン絡みでさあ。たか子さんところに送るんだと」

 自室の端末でソリティアに興じていたエアバースト吉村が答える。

「メシとか武器とかですか?」
「フツーはそうなんだけど今回は手紙だとさ。2020年8月中旬目安で適当にバラけさせて送ってくれって話なんだけどさ……。待てよ、じゃあなんでダンボールで送ってくるんだ……?」
「開けてみます?」

 吉村は返事を待たずにダンボールをひったくって開ける。中にはアンコとして詰められたみかんと新聞紙が十数個、そして軽く100通は越えようかという封筒が納められていた。

「……これを、ポンと送ればいいんですよね?」

 前澤がうんざりした声で返事を待つ。頼む、そうであってくれ。

「……バラけさせて送るってさっき言っただろ? つまりだ……この手紙の数だけ1日ずつ日にちズラしていちいち送るんだよ」
「1日仕事じゃあないですかあ! うえっ、かったるい」
「まぁ~あそう言うな。どれ、せっかくだからタイムマシン操作してみるか? 研修がてらよ。教えてやるぜ?」
「……教えてもらえるのはやぶさかではないですけど、それで私に全部やらせるつもりじゃないですよね?」
「……ちゃんと交代交代でやるよッ! ほら行こうぜ」

 2機は池袋支部のタイムマシン、いまは鎖鎌の自室として使われている仮眠室へと足を運ぶ。吉村は押入れにしまわれたふとんを取り出して空っぽにする。そしてダンボールから1枚封筒を取り出すと押し入れに納めた。

「なんで布団を出すんです?」
「うーんと順を追って話すとだな、タイムマシンはこの部屋そのものではあるが、時空間移動で物資を送る際はエリアをある程度指定してタイムスリップさせることができるんだよ。押入れとか机の引き出しとかタンスの中とかな。でも手紙を机の引き出しからタイムスリップさせたら当たり前すぎてたか子さん気づかないだろ? だから押入れからタイムスリップさせるんだ。日報もそこに置いてあったしな」
「なるほど……それで?」
「うん、ここからはお前がやってみな。ネットワーク探すとタイムマシンっぽいIDの端末あるだろ」

 前澤は丹田に力を込める。すると確かに事務所のWi-Fiなどに混じってTMという頭文字の端末が目についた。

「これスか? ……あ、ホントだ。アクセスすると年代とかの指定がある」
「あとはなんとなくわかるだろ? 押し入れをエリア指定して、タイミングは……そうだな~。とりあえず2020年の、8月10日あたりから進めていくか」
「うす」

 前澤は意識の中で端末の日時設定を操作し、タイムマシンを稼働させる。そのとき、電源となるマニ車に何かが引っかかりミシと音を立てたのだが、ふたりはその異音に気づくことはなかった。

***

 1時間後。地道に手紙のタイムスリップ作業は続いていた。

「あと何通? そろそろ半分くらい終わったかぁ?」
「いま送ったので27通目です。まだまだですね」
「オゲーッ! いい加減ダルいんだけど……。もう13時だぜ! 昼飯にしねえ?」
「そうですねえ、じゃあ次の手紙送ったら……」

 前澤がそう提案して手紙を取り出した瞬間、部屋のふすまがタンと開き、第三の声が響き渡った。

「スタァーップ! 作業やめ! 手を上げてくだサい!」

 2機はビクリと身を震わせ、瞬時に手を上げた。バカな。どうして? よりによってこんなときにコイツが? 前澤は事態のままならなさ、タイミングの悪さを呪ってかぶりをふった。吉村は急激な喉の乾きを覚えてくちびるを舐めた。こりゃあ正念場だぞ……。
 ふすまを開けて侵入したのは、招かれざる客、目下の池袋支部最大の敵、鎖鎌の仇敵。N.A.I.L.の誇るバイオサイボーグ、ワニツバメであった! ワニツバメは2機に向けたワニの口腔内に徳エネルギーを集め、ワニブラストがチャージされる閃光を威嚇的に示しながら続けた。

「お仕事、ご苦労なこったでスねえ。ああ、心配しなくてももうバレてますからね。この部屋がタイムマシンだということは!」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます