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マシーナリーとも子EX 〜田辺の誘拐大作戦篇〜

「この女の子ですか……」

 アークドライブ田辺は上司のトルーから写真を受け取った。今どき紙焼きである。画像をスマホで送ってくれればいいのにと田辺は思った。

(国連のエージェントから直接それを渡されてしまったので。私も効率が悪いとは思いますが)

 トルーは田辺の考えを読んでテレパシーで返答する。彼女は人類最強の超能力者である。

「いえ。まあパッと懐から出せるのはありがたいかもしれませんから。失くしちゃうかもしれませんが……。で、この子の保護を?」

 写真に写っているのは人類……日本人……の少女だ。


(そうです。場所は奈良……詳しい住所は裏に書かれています。今回の国連からの依頼は、その女の子を保護し、国連に引き渡すことです)

 少女は小学校高学年か、高めに見ても中学校入りたて程度に見えた。髪の毛は茶髪で肩を少し超える程度に伸ばしており、暗そうでもないが活発そうでもないような印象を受ける。

「引き渡すとは穏やかじゃないですね。保護とは言いますが実質誘拐では?」
(ま、言葉を選ばなければそういうことになります。スムーズに仕事をしてもらうために付け加えるなら、その子に身寄りはありません。その場所も孤児院というか……そんな感じの福祉施設らしいですよ)
「ふむ。まあ居場所を移すようなもの……とも考えられますか」
(ともかく、お願いします。穏便に済むならそれに越したことはありませんが、抵抗するようなら大人しくさせる程度なら構いません)
「いくら殺人サイボーグの端くれと言ったって、こんな小さな子を傷つけることはしませんよ」
(その後の"周り"のことですよ)
「ああ……。まぁ、それは適宜」

 田辺は苦笑いした。
 トルーはひと呼吸置き、言葉を……テレパシーでだが……紡ぎ出す。

(田部……。国連は我々の大事な顧客ですが、あくまで我々はN.A.I.L.……。人類至上組織です)
「……トルーさん?」
(あなたの判断で、この仕事がその子の今後の処遇に良くないと感じたら途中でタスクを切り上げても構わないのですよ)
「なにか……この子に心当たりがあるんですか?」
(その子自体にあるわけではありません。ですが国連という曲がりなりにも世界的に影響力を持つ組織がそんな小さな子を誘拐してこいと我々に依頼してくるのが不思議です)
「ま、確かに。誘拐はもとより、こんな仕事は自分のとこの職員やら適当なチンピラにでも任せればいいと思いますが……」
(自ら依頼を出すということ自体が不思議です。そんなことは適当な業務として依頼自体を下請け孫受けに回せばいい話です。が、今回は懇意にしているエージェントから私直々に依頼が来たのですよ)
「……仕事の内容と依頼のルートの筋が通ってませんね。いつもの、エイリアンを殺せと言うような仕事ならわかりますが……」
(ツバメやエンハンサーを出さずにあなた1機にこの仕事を頼むのは、なるべくこの任務の規模感を小さくしたかったからです。判断はすべて任せます。小回りを利かせてくださいよ)
「ま、私ならいざとなったら飛べますからね。まあなんとかやってみますよ! 吉報をお待ちくださいね」

***

「ここか……」

 トルーとのやりとりから1時間ほど。田辺は目当てとなる施設にたどり着いた。奈良駅からは車で15分ほどだろうか。見た目には周囲の飾り気ないビルと大差は見えない平凡な建物で、周囲も奈良らしく都会とは言えないが田舎と呼ぶのは憚られるような景観。とても国連からの依頼で来るような場所には見えなかった。

 田辺は物おじせず入るとひとまず受付に向かう。

「ご用件は?」
「あのー、すいません。この娘に会いたいんですが……」

 写真を見せると職員は怪訝そうな顔をした。

「この娘ですか?」
「ええ……」

 田辺はおや。と思った。施設に入ってる子供に会いたいと聞いただけなのに妙な機微を見せますね。やはり只者ではない娘、ということでしょうか。

 田辺がそうした自分自身の洞察力に満足していると職員は「失礼ですがお名前と……その、御関係は?」と尋ねてきた。

 しまった。
 子供が特別だから変な反応をしたわけじゃないのか。そりゃそうだよな。やってきていきなり写真を見せて会いたいなんて言う奴は不審に違いない。田辺は困った。うーん、そういえば名前を聞いてませんでしたねえ……。

「あの……?」
「あー……」

 やばい。職員は田辺に対し不審の目を強めている。

 うーむ、どうしたものか。こんな時、マシーナリーとも子ならしれっと適当なことを宣って切り抜けるんでしょうが……。


 ……田辺……


田辺…………


 田辺はその時、脳内に響くイマジナリーな声を聞いた。イマジナリーな轟音も聞こえてくる! これはチェーンソーのモーター音! シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!
 頭の中の恩師は田辺に語りかける。田辺、私たちはシンギュラリティなのです。シンギュラリティらしい行動を取りなさい。さすれば道は拓かれます。

「たか子さん……! そうですよね!」
「あの……?」

 天啓を受けた田辺は背部飛行ユニットに備えられたキャノン砲を展開し、出力を抑えたビームを発射した!

「グアっ……!」

 職員はブルっと震えると、机に突っ伏した。

「すいませんね。出力は抑えてますから運が悪くなければ目が覚めますよ」

 シンギュラリティの本懐は人類の滅亡だ。人類側のルールに抑えられて行動が鈍くなるようでは意味がない! 田辺は自らの合理的な判断に満足しながら施設内に侵入した。

***

 12人の職員を気絶させ、6人の子供に写真を見せた。自らの手際に感服しながら、24部屋目の扉を開けた田辺はようやくターゲットを見つけ出した。ターゲットの子どもはぼんやりとテレビを眺めていた。茶髪の子ども……。これまで話を聞いた子どもたちから、彼女は「あーちゃん」と呼ばれていることがわかった。

 しかし奇妙だ。
 ぼーっとテレビを見ているだけならいいが、その両手は奇妙に宙に浮いていた。脱力していてビシッとはなっていないがちょうど「前へならえ」のような具合に腕を前に伸ばし、その手のひらは床に向けられている。テレビを見るポーズとしてはいささか妙だ。まあいいか。

「あなたがあーちゃん……ですか?」
「……え? 誰。あんた」

 あんたと来ましたか。見た目からはもちっとしていて柔和そうなイメージを抱いていた田辺だったが、意外と生意気な子どもだったなと思い直した。そう言うことならばこちらもサバサバと用件を伝えてしまおう。

「すみません。私はアークドライブ田辺という者です。あなたをここから連れ出すためにやってきました」
「……連れ出す? なんで? 誰かに言われたの?」
「理由は知りませんが、まあ仕事なんですよ。あなた、身寄りがいないんでしょう。ここから出るのは嫌ですか?」
「泣き叫ぶほど好きじゃあないけど、出会って5秒しか経ってない変な人に素直に連れていかれるほど嫌いじゃあないわ」

 うわあ。どこでこういう言葉遣い覚えるのかなあ。田辺は若干うんざりし……、またこのまま口論を続けていては負けると思い、ズカズカと踏み込んだ。

「まあ、あなたの同意はこの際求めません。誘拐してこいと言われてますから。ほら、見つからないうちに行きましょう」
「え……。あ……! ちょ、ちょっと待って!!」

 田辺が手を伸ばした瞬間、それまでまったく動揺を見せず、生意気な口を聞いていた少女は突然狼狽し、青ざめた。なんだ?

 少女は慌てて手を引っ込めようとしたが、田辺は構わず、めんどくさいので迅速にその手を右腕のクローアームで掴んだ。

「ひ……!」

 少女はいよいよ悲鳴をあげそうになっていた。なんだ?

「……? あー、もしかしてこの腕が珍しい、とかですか?」
「ち、違う……! お願い、離して!」

 少女の顔からは完全に血の気が引いて、田辺の手を振り払わんとぶんぶん腕を振っている。だがサイボーグの力から逃れることは叶わなかった。あーあー、抵抗しちゃってまあ。と田辺は冷めた目で見ていると、徐々に少女が落ち着いてくるのがわかった。

「あ……れ……?」

 いや……落ち着くというのとは少し違うか? 新たな戸惑いをその顔からは浮かべていた。

「どう……して?」
「なんなんです?」 

 田辺は子どもという生物の気持ちの移り変わりに面倒臭さを覚えていた。まだ思春期に達してない人類というのはこんなものですか。やはり人間という生き物は14歳くらいには達しないと生物として未熟すぎるのかもしれない。

「な、なんで……あなたは大丈夫なの?」
「何がです?」

 少女は田辺に左手を掴まれたまましゃがみこみ、床に落ちているテレビのリモコンを右手で掴んだ。何をしているんだ?

 少女は右手にグッと力を込める……。するとなんということか。少しずつリモコンの表面がゴワゴワになっていき、柔らかいプラスチックでできたボタンの表面はボロボロと崩れ始めた。

「え……?」

 なんだこれは。

「私が触ったものは、全部こうなっちゃうの……。なんであなたは大丈夫なの?」

 田辺はなぜ国連がこんな任務を寄越してきたのか、朧げながら理解し始めた。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます