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マシーナリーとも子EX 〜ゆりかもめの迷宮篇〜

 豊洲の駅を出るとそのまま空中に長く通路が通っている。通路は左右、前後にそれぞれ伸びておりちょうど駅を中心としてアルファベットのHのような形となっている。そしてそのHをさらに挟むように大きな建物が左右に立っている。これが豊洲市場だ。それらの建物は空中通路と直結しており、駅から直接入場することが可能だ。……通常ならば。

 市ヶ谷で巨大タコとの戦闘を制したパワーボンバー土屋とターンテーブル水縁は流石に市場に行くにはもう時間が遅すぎるということでそのまま市ヶ谷のビジネスホテルで休憩し、深夜3時に豊洲駅にやってきた。市場は2時からやっているのだ。
 改札を通過し、駅の外に出る。すると……。

「ありゃ?」
「こりゃあ…」

 その光景に2機は思わず声を漏らした。空中通路への岐路は多数の人類で埋まっていた。その顔には疲労の色が滲み、よく見れば中にはシートを敷いて寝転んでいるものもいる。人類たちはいずれも札を差し込んだ帽子を被っており、市場関係者だとわかる。だが、なぜそれならこんな時間に市場に行かず、通路にたむろしているのだろうか?
 水縁はスススと缶コーヒーを飲んでいた男性に近づき、話しかけた。

「やあやあお父さん。私は見学に来た一般人なんだがこりゃどうしたんだい?」
「うお! なんだ姉ちゃんすごいカッコだなあ。……いや、どうもこうもねえよ。ここしばらく何日もこうなんだ」
「何日も? 何がどうなってるんだい?」
「市場に入れねえんだよ! 商売上がったりだ」

 話に聞いていた通りだ。水縁はゲキのことを思い出した。市場には"辿り着けない"。そういう話だった。

「それってどーいうこと? 鍵が閉まってるの?」

 土屋が話に割り込む。

「そんなこったねえんだ。行けねえんだよ……。ほらまた帰ってきた奴がいるぞ!」

 話を聞いていた男が右の岐路を指さす! そこには憔悴しきった若い男がふらふらと歩いてきていた。

「やっぱりだ……。やっぱり市場に辿り着けない!」

 男はそのままバタリと倒れ、周りの関係者たちがわらわらとその周りに集い、彼を介抱し始めた。

「なんだいありゃ……タダごとじゃないな」
「結局、あれなんなの?」
「言葉じゃ説明しづらいな……。気になるんだったら自分で行ってきてみな。死にゃしないから……。ただしアイツみたいになっても知らないぜ」

 土屋と水縁は顔を見合わせる。どうする?

「……まあ百聞は一見にしかずと言うし、ここは巻き込まれてみようかねパワーボンバー」
「とりあえず市場を目指してみればいいんでしょ?」

 2機は人混みをかき分け市場に向かう右側の空中通路へと向かう。途中、人類たちが彼女たちを見る目がこれまた妙であったことに水縁は気づいた。その目線から訴えられていた感情は……「やめておけ」「なんで行く?」「どうせ無駄だ」……そういった類のものだった。

「さあて鬼が出るか蛇が出るか」

 土屋と水縁は空中通路をズンズンと進む。通路は意外と長く、市場へと繋がる曲がり角までは5分ほどを要した。

「今のところは何も……無いよねパワーボンバー?」
「なんつーか変な気配っつーか妙な雰囲気っつーかそーゆうのは感じますけどねえ。でもアレかなー。気持ちの問題かなー。何かあるらしいって考えすぎてるだけかも」
「私もそんな気がしてるよ……。んでここを曲がれば水産卸売売場棟のはずだが……なんだ辿り着けるじゃないか?」

 2機はこともなげに曲がり角を曲がる。

「あれ?」

 眼前に広がるのは市場の建物。ではなく豊洲の駅だった。

「あれ? あれ?」
「……こいつぁ……」

 2機のサイボーグはキョロキョロと周囲を見渡す。彼女らを見る人類たちの目線は冷ややかだった。誰もが同じ体験をして、憔悴していたのだ。
 土屋と水縁は市場に入るための曲がり角を曲がった。だがその先は駅から伸びる左側の岐路へと繋がっていたのだ。彼女らは右側の通路からまっすぐ市場へ向かい……ぐるりと左側に戻ってきてしまった。

「どーいうこと?」

***

 2機はすぐに「左の通路」を引き返した……。引き返したはずだがさっきまで「すぐ右手」に見えていたはずの水産卸売市場は「通路」を挟んで遥か遠くにあり……いま、彼女らの「すぐ左手」には飲食エリア・中卸売市場があった。

「こりゃどうなってんだ? 確かにこの空中通路は間で繋がっていて……そこで内側に曲がりゃ反対の通路に出るよ。でもさっき私たちは外側、市場側に曲がったよな? じゃあなんで反対の通路に出てるんだ?」
「あった! 曲がり角! あそこを今度は右に曲がれば……飲食エリア! お寿司屋さんとかあるはずですよ!」
「そうだ右だ……。右だよな! 外側に、建物側に曲がるんだぞっ! 通路側じゃない!」

 2機は自分でも気付かないうちに走っていた。曲がり角を曲がり、飲食エリアが眼前に広がる! ……はずだった! だがその目の前には豊洲駅!

「……馬鹿な」

 水縁は思わず漏らした。"辿り着けない"。確かにこれでは市場に行くのは無理だ。

「これ……なんの仕業!?」
「そりゃ……あのタコを寄越した奴らだろ、多分な」

 2機はその後何度も通路を引き返し、市場に向かおうとしたが徒労に終わった。どんなルートを歩いてみても、後ろ向きに歩いたり天井に捕まって移動したりしてみても駅に戻ってきてしまう。曲がり角を曲がれないのだ。曲がった時には駅に着いている。

「なるほど、こりゃ魚屋や寿司屋が潰れるわけだ」

 水縁は苦笑いしながら得心した。本当に市場に入れない。市場に入れないと言うことは魚が買えないと言うことだ。業者が買えなければ当然、そこから仕入れている魚屋や寿司屋も商売をすることができない。

「市場が稼働してないんだからな……こいつぁ困ったな」
「だけど、時々市場から音がするんだよな」
「え?」

 水縁の独り言に、床に座り込んだ老人が答えた。

「音?」
「ああ、なにか大きな機械を動かすような音だ……。俺たちが入れないのに、市場では誰かが何かをやってるんだ。それが何かは見当もつかねえしおもしろくねえ。殴り込んでやろうにも辿り着けねえからどうしようもねえ。……でも他にやることもねえし、いつかどうにかなるかもしれねえと思って俺たちはここに溜まってんのさ」
「じゃ……市場は入れないだけじゃなくて誰かに乗っ取られてるってことですかね?」
「そういうことになるな……。そしてそいつはおそらく」
「タコを送ってきたヤツら?」
「そうだ。ふぅーむ、どうしたものか。なんとか奴らの尻尾を掴みたいが……」

 そう言いながら水縁はどっかりと通路に座り込んだ。

「ああー! 水縁さんそんな人類みたいに!」
「いやいや、だって実際疲れたぜパワーボンバー。それにがむしゃらにやってみるフェーズはもう過ぎたと思うんだよな。次はこの状況をどうやって打破するかって話だよ。ならじっくり休息をとりながら考えないとね」
「えぇー、水縁さんは一抜けですかあ」
「だから、まだ降りてないって。それとも君はまだこの通路をウロウロするつもりかい? パワーボンバー」
「んー、私まだ試してみたいことあるんですよ。考えるならこの後かな」
「ほう、どんな手段かな」
「えーっとですね、こうです!」

 言うが早いか土屋はクルりと振り向き、水縁に背中を向けるとロケットパンチを発射した。

「なぬ?」
「死にたくなきゃどいてー!」

 ふたつの拳が猛然と通路を横切る! 途中、逃げ損なった市場関係者が3人即死! だがロケットパンチはものともせず人体を貫通して突き進む! ……通路の壁へ!

「まさか?」

 ドグシャア!
 ロケットパンチは勢いよく壁を粉砕し……突き抜けた!

「ほら、あそこから出たらどうなりますかねえ」
「いやいや」

 土屋はピョンとジャンプし、駅から飛び降りる!

「そんな」
「おーっ!? 出れましたよー! これふつうに歩いて市場まで行けるんじゃないかなあ」
「マッ、マッ、マッ、マジか?」

 通路の壁に空いた大穴に市場関係者が殺到する! 

「ここから降りりゃあいいのか!」
「でも高いぞ! ビルの2F…いや3Fくらいあるぞ!」
「死んじまう!」
「バカ、このくらいで死にゃしねえよ。それにこのままじゃどっちにしろおまんまの食い上げで飢え死にだあ」

 業者たちはしばらく右往左往していたがやがて…一斉に飛び降りた!

「うぎゃあ!」「ああーっ!」「痛い!」「ンンーーン!!」

 階下から響く悲鳴! そしてゴリっ ボリっという嫌ーな音。誰もいなくなった通路から水縁は下を見下ろした。数十人の人類たちの中に死者はいないようだがかなりの人数が足や腕を折ったのか、うずくまり寝転がりうめいている。だが数人は先に落ちた人類がクッションになり助かったようでフラフラと土屋のあとを追いかけていた。

「いやはや驚きだね。こんな単純なことだったとは」

 水縁は下を巻きながらもしばらく上にいたまま様子を見ることにした。一方の土屋は市場のすぐ側までたどり着く! 市場関係者もフラフラと追い縋る!

「嬢ちゃん! 助けてくれてありがとうなあ。それでどうするんだ」
「ここの壁もぶち壊して中に入るよー」
「おおいいぞ!」「やってくれー!」「頼りになるぜ!」
「そいじゃ行くよー! おりゃあ!」

 土屋が回し蹴りの要領で足ロケットパンチを発射! 壁に大穴を開ける!

「「「「おお!!!」」」」

 沸く市場関係者たち。その様子を水縁はコーラを飲みながら眺めていた。

「さて、すんなり中に入れるものかな……?」

 さらに観察を続けると一行はなぜか固まり、前屈みになった。やがて後ろに素早く飛びすさり……今度は駅目掛けて一目散に走り始めた!

「なんだなんだあ」
「ウワーッ!」

 大汗をかいたパワーボンバー土屋が駅までひとっ飛びでジャンプ! 戻ってくる! だが当然人類たちは駅の下で立ち往生! 上に上がれない!

「何があったパワーボンバー」
「いやいやビビりましたよ! またバケモンが…」
「バケモン?」

 水縁が聞き返すと同時に市場の穴から邪悪な鳴き声が響く!

「シューッ!!!」

 穴から巨大な影が素早く飛び出る! 人類たちは抵抗することもできずひと呑み!!! 豊洲市場関係者全滅!

「あいつは……!」
「シューッ!!!!!」

 サイボーグと市場から現れた怪物が睨み合う! 半機半魚の怪物! サイバーツナがその姿を現したのだ!

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます