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マシーナリーとも子EX 〜徳人間のおこづかい篇〜

「グィギギ〜っ!!」

 発生器官を破壊されたサイボーグが唸りを上げる。こいつは手裏剣が回転体のなかなか手強いサイボーグだった。正直、含針ちゃんにもいっしょに来てもらえばよかったかなと何度か思った。それでも私と錫杖ちゃんは何度か有効打を与え、敵はもうすぐ機能停止しそうだった。

「ガガピーッ!」
「来るぞ…鎖鎌ッ! 備えられよ!」

 錫杖ちゃんが叫ぶ。この子は見た目はチャラいのになぜか興奮すると古風な喋り方が混ざる。誰に似たんだろうか。
 そんなことをぼんやり考えていると、サイボーグが無数の手裏剣を同時に投擲した。その数、30……いや、50を超えてるかもしれない。でも全方位に投げてくるからこっちに向かってくるのは10個やそこらだ。

「ほっ! ほっ!」

 私は首を捻ったり体を反らせたりして手裏剣を交わす。やがて身をひねりきったところ、眼前に手裏剣が迫ってきた。でも慌てない。私は右手に持った、鎖鎌の鎌を大きく振って手裏剣を弾き飛ばす。

「あ」

 しまった。すぐ、後ろにまったく同じ軌道で手裏剣が飛んできている。
 右腕は伸び切っている。左手の鎖分銅で弾き飛ばすには勢いと時間が足りない。首を捻って避けきれる時間はあるだろうか? 無理かも。
 私は思わず目をつぶった。

「危ない! 鎖鎌!」

 錫杖ちゃんの声が聞こえる。目を閉じてから秒くらい経ったように思えた。うっすら目を開ける。目の前に、指を開いた手の甲。

「あれ?」
「ング……」

 すぐに状況を察した。錫杖ちゃんの手のひらに、手裏剣が刺さっていた。

「錫杖ちゃん!!!」

 私は叫びながら鎖分銅をサイボーグに向けて放る。

「ピガーッ!」

 頭部を破壊されたサイボーグは機能停止して倒れた。
 私は錫杖ちゃんの手を取る。

「ありがとうだけど! なんでこんな無茶するのさ! うわ血が」
「大した傷じゃねぇー……。それに、鎖鎌の顔に傷が残るくらいなら手のひらの傷くらいどうってものでもあるまい。女の子の顔は大事にせねば」
「バカ! 手だって大事でしょ! ……でもほんと、助かった。もうだめかと思ったよ。ありがとね。錫杖ちゃん」
「うむ……。バイト代の分前は多めにもらってもいいな?」
「んも〜〜! いいけどさ!!」

***

 2020年。

「じゃ、今月の分なぁー」
「わーい」

 アイアンネイルでつままれた1万円札を受け取る。2050年で暮らしてた私、鎖鎌はなんやかんやあって今は2020年で暮らしている。同居人……いや、同居ロボは、ママのマシーナリーとも子とそのともだちのジャストディフェンス澤村ちゃん。ママたちは人類を滅ぼすのが仕事だけど、いまはどっちかっていうと他にやることが色々あるらしい。ソーシャルゲームとか、あとは時空が自分たちに都合がいいようにいじくり回すこととか。だからふだんはむやみに人を殺すことはあんまりしなくて、ママはバーチャルYouTuberとか文章書いたりとかしてお金を稼いでるらしい。

「そういえばよ、鎖鎌」
「なーに?」
「ふと思ったんだけど、2050年には2050年で育ての親がいたんだよな? 確か」
「いたよー。棒みたいなママが」
「うん。棒みたいかどうかはどうでもいいんだけどよ、その、こづかいいくらだったの? 別に減らそーってわけじゃないんだけど参考にと思ってよ」
「おこづかい?」

 私は首を捻った。はて、どうだったか。

「うーん。もしかしたら昔はもらってたかもしれないけど……覚えてないなあ」
「お前若いくせになにも覚えてねえなぁー」
「なんかやっぱ私たちいまの人類とつくりが違うみたいでさ。うーん、でもお金はね、バイトして稼いでたよ」
「バイト!?」

 ママは目を大きく開いて驚く。

「お前バイトしてたの!?」
「え? そーだよ」
「トホホ……」

 ママは肩を落として椅子に座り込んだ。

「そうかぁ、そうだよな。バイトしててもおかしくないよなぁ……。その考えはなかったわ。無意識にガキにゃあこづかいやるもんだと思ってたわ。澤村ぁ、私甘いのかな?」
「別にいいんじゃねーの?」

 澤村ちゃんは床で転がりながらマンガを読んでいる。

「ふーむ。まあそうだなあ……。鎖鎌も毎日とくにやることなくてヒマそーだしなあ」
「別にヒマってんじゃないけどさ。でもそうだなー。私もぜんぜん考えてなかったけど、この時代でバイトするってのもアリなのかな?」
「うん、それよ。それをいま考えてた。アリかもしんねーな。この時代の勉強にもなるしな。お前はどうも価値観が2050年ふうでいけねえ」
「えー? そうかなー」

 ママはすっと立ち上がり、うんうんと腕を組んで頷いた。

「ウン、決まりだな。鎖鎌、お前ちょっとバイトしよう。でもまあ、小遣いは引き続きやるよ。それくらいは大目に見てやる」
「やったー! お金たくさん!」
「ところで……2050年でやってたバイトってなに?」
「サイボーグ狩り」

 ママと澤村ちゃんは呻いた。

***

「……それでここに連れてきたんですか?」

 アークドライブ田辺さんが、長い眉をハの字にしかめた。
 やってきたのは近所のとんかつ屋さん、とんかつ処田なべ。

「忙しいだろ? いつもN.A.I.L.の構成員にやらせてるみてーだけどそいつらも仕事あんだろ? 学生に働かせたほうがいいとは思わねーか?」
「いや、私は別にいいんですけど」
「やったー! まかないでとんかつ食べられる〜」
「でも……鎖鎌さんがいいんですか?」
「なにが?」

 そのとき、厨房の奥からのっそりと、高さはないのに大振りな影が這い出てきた。いや、私はこいつをよく知ってる!

「田辺サ〜ん、キャベツ切り終わりまシたよ〜……って、あ」
「ワニツバメぇーッ!!」

 私は食ってかかろうとしてママに羽交い締めにされた。2045年でさんざんひどい目にあわされたヤツ! ワニとくっついたバイオサイボーグ! 錫杖ちゃんを丸呑みしてエネルギー源にしてる外道!

「どうどうどう……。外ならいいけど田辺の店だぜ、暴れんな」
「ううーっ!」
「な、なんでマシーナリーとも子と鎖鎌がいるんでス? ……え、バイトぉ!?」
「なんだって。私は別にいいんだけどさ」
「いや、まあ私も別に構いまセんけど。マシーナリーとも子がバイトするんなら暴れますけど、鎖鎌は別に……」
「アンタが良くても私が良くないんだよッッッ!!」

 叫んだらほんの少しだけ落ち着いて、私はカウンターに座った。トンとママが水を注いだコップを置いてくれるので一息に飲み干す。おいしい。

「ハァ……。まあ、錫杖ちゃんをそのワニから出してくれるんなら考えてあげないでもないけど!」
「しつこいヤツでスねぇーっ! この徳人間は対マシーナリーとも子のために必要だって言ってんでシょーが! 出せませんよ!」
「勝手なやつーっ!!」
「フン! なんとでも言うがいいでスよ。だいたい元はと言えばお前のママが招いた自体だとも言えるわけで……。ちっ! これ以上はいつもの水掛け論ですね……。って、ン?」

 ワニツバメの左腕にくっついたワニがガウガウと身を捩っている。

「ふむ……セベクがバイトの代替案を教えてくれるらしいでスよ」
「ワニが!? ってかそいつに錫杖ちゃんを吐き出してもらえればいいんだけど! なに親身になってんのさ」
「セベクは……徳人間を飲み込んでいること、お前がそれにムカついていることに一定の申し訳無さがあるそうでス。その償いとしては足りないが、現状鎖鎌の助けになることを提案したい、と……」
「いやぁーっ、なんかいいこと悪いことのバランスがおかしいんだよなあ……。悪いと思ってるならさっさと出してよ! まさか溶けちゃってるんじゃないでしょーね」
「徳人間はなかで純粋なエネルギーの塊になってるから溶けまセんよ……。セベクは、本当に申し訳ないとは思っているが、どうしてもいまこの徳人間を手放すわけにはいかないので、勝手とは思うがそこはもうしばらく勘弁してもらいたい、と言っていまス」
「言ってることは勝手だが、まあ気持ちは評価してやれないこともねえわな」

 いつのまにかとんかつを頼んでいたママがカツを頬張りながら口を挟む。そのことにツバメはちょっとムッとしたみたい。

「……で、じゃあわかった。錫杖ちゃんの件は置いておきたくないけどとりあえず置いといて……。で、その、ワニさんはどこを紹介してくれるっての?」
「店は……高円寺にある、そうでス」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます