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マシーナリーとも子EX 〜イタコとの死闘篇〜


(グガッ……!)

 再度象のような衝撃がトルーを襲う! 敵の動きは想像以上に素早い! なによりも普段から相手の思考を読むことで生活をしているトルーにとって、読心が封じられているというのはかなりキツい状況であった。

「ハハ! どうしたい! そんなもんかい!?」

 掌底でトルーを吹き飛ばした敵……日本最強の超人兵士、イタコの霊障(たまあたり)京子が高い笑い声を放つ! トルーは口の中に溜まった血をぺっと吐いてタフさをアピールしようとしたが、ホッチキスの針が邪魔してうまくいかなかった。代わりに精一杯口角を上げ、挑発を試みる。

(何言ってるかわかりませんねえ! あなたの心は読めないしあなたの声は耳栓で聞こえませんからねえ!)

 これは半分嘘だ。思考は確かにイタコの鉢金の効果で読むことができない。が、耳栓はしょせん耳栓。トルーの鋭敏な聴力を持ってすれば京子の声は十分聞き取れたし、トルーは自己流の読唇術も身につけていた。意思の疎通は問題ない。
 それを受けて京子はまたニヤリと笑ってみせた。

「私もあんたの思念波が届かなくて何言ってるかわかんないねえ!」
(ハア?)

 そういえばそうだ。どういうことだ? トルーは音を嫌うあまり自分から声を出すことはほとんどない。だからテレパシーで相手に意思を伝え、相手の思考を読むことでコミュニケーションを取っている。だが……京子へのテレパシーは鉢金で防がれているはずだ。こちらからの呼びかけは通じないはず。だが京子は……普通に返事をしてきているではないか。今もそうだ。こちらの売り言葉にしっかり買い言葉を返してきた。何言ってるかわからないと。こんな矛盾があるか?

「なに言ってるかわかんないって顔してるね」
(ええ、意味不明ですね……。いちおう聞いておきますが、これはあなたを殺すための突破口になったりはしますか?)
「するはずないだろ。言ったろう。この鉢金は精神攻撃を防ぐためにつけてるってね。受信も送信もお断りさ」
(では何故?)
「ふっ、まあちょっとからかっただけだから教えてやろうか。私はアンタの霊体から発する言葉を聴いて会話しているのさ」
(霊体?)
「そう。どんな生き物にも霊体がある。幽霊ってのは単に成仏できない死人の魂ってわけじゃないんだ。アレはあくまで肉体を失った霊体がフラフラしてるだけなのさ。アンタにも、アタシにも、その辺に生えてる草や木、ブンブン飛んでる虫なんかにも霊体がある。そして霊体には意思があるんだ。音として言葉を発さなくてもその想いは通じるのさ」
(ほう……。それは興味深い概念ですね。超能力者としても応用しがいがありそうです)
「勘弁してくれよ。私らイタコはこれが食い扶持なんだ。超能力者ごときに新規参入されるのはごめんだね」

 そう言うと京子は空を見上げた。トルーも釣られて同じ方向を見る。そこにはカラスが飛んでいた。一瞬、視線を奪われる。だが次の瞬間! カラスの気配が前方、京子の方面から爆発したのだ!

(これは!?)

 象のビジョンと同じ! そう思った瞬間京子が力強く大地を蹴って跳んだ! ……いや、奇怪なことだが京子はグワと両腕を振り……まるで羽ばたかせるように……滑空しているように見える! 飛んでいる!?

「カァーッ!」
(ヌゥーッ!)

 京子の鋭い即答がトルーの脇腹を皮一枚切り裂いた! 攻撃が読めない! だがトルーは得心していた。

(なるほど……イタコのクチヨセとはこういうものですか)
「ご明察。観光客相手にお涙頂戴のドラマ提供するだけが仕事じゃないってわけ」

 口寄せ! それは恐山に住むイタコが習得している超自然的霊能力である。イタコは観光客からのリクエストに応え、故人の霊を自らの身体に憑依させる。そして自分の身体というハードウェアを通し、霊からのメッセージを伝えるのだ。

(どうぶつ達の力をクチヨセで奪い、人間の知恵を持って発揮する……。イタコが暗殺者として使われる理由がわかりましたよ)
「シャアーッ!」

 続いて京子から巨大な蛇の気配が発せられたかと思うと京子は身をしゅるしゅると滑らせてトルーに肉薄! 瞬時に後ろに回り込むとトルーの左脚を左脚でホールド! 左腕をトルーの右腕の下からヘビのごとく滑らせ、右手と左腕で首をガッチリと締め上げる!

(グアアァーッ!?!?)
「ひとつ間違ってるなぁ超能力者ア!」

 間違いない……さっきの巨大なヘビはキングコブラだ! 京子の殺人的コブラツイストによってトルーの全身の骨がミシミシと音を立てる!

「私達はどうぶつの力を奪ってるわけじゃあない……。用が終わったらちゃんと返すさ。大自然の力というのはね、大自然に敬意を払うことではじめて! 力を十全に発揮できるんだよ。ふだん観光客用に呼んでる故人の霊だってそうさ。こちらが敬意を示さなきゃあ降りてこれるものも降りてこない! 調和の心が大事なんだ。そこんとこは理解してほしいね」
(グアアアーッ!!! な、なにをそんな……!)

 トルーは超能力で体温を急激に上昇させる! 首に巻き付いていた京子の腕がジュッと音を立てる!

「あっち!!!!!!」

 たまらずコブラツイストを解く京子! トルーはすかさず腕からサイオニックブラストを発射した! 京子は俊敏にその殺人光線に反応し、蛇のように身体を滑らせて回避! 距離をとる!

(思考が読めなかろうと、ようは殺してしまえばいいのです!)

 2発、3発とサイオニックブラストを連射するトルー! 蛇のように身をかわす京子! だがトルーの連射速度は速い! ついに京子の回避行動の硬直とサイオニックブラストの射線が交わる! 勝負あったか!?

「キェーッ!」
(なにぃ!?)

 ブラストが浴びせられたかと思ったその瞬間! 京子から強大なカメの気配が発せられ、光線を弾き飛ばした!

(カメの甲羅で攻撃を弾くこともできるのですか……!)
「これも自然に敬意を払ってるからこそ思いつく戦法さね……キェーッ!」

 驚くトルーの好きを見逃さず京子から牛の気配が発せられる! 殺人的加速のタックルをトルーはかわすことができない! なんとかインパクトの瞬間に防御壁を張るので精一杯だ!

(グアァーーーッ!?!?)

 強烈なタックルを浴びせられトルーの身体は高速回転しながら垂直に跳ね上げられる! そこに京子は猛然と再度の突進を試みる! 危ない! 高速回転した状態では満足に防御することもできない! あの体当たりをまともに食らったら身体が破裂してしまうぞ!

(ぬぐぐーっ!)

 トルーは地面に向けて気合を込め自らのサイコキネシスを反発と重力制御に傾ける! そして空中で跳ね上がるようにして京子のタックルを寸前で回避! 両者は互いに距離を取り勝負は仕切り直しだ!

「……超能力ってのは便利だねえ。自前でそんなこともできるのかい」
(フン、あなたの能力はわざわざその場その場で適当なものを見繕う必要もあって、不便でしょうがなく思えます)

 トルーはスーッと息を吸いながら両腕を大きくゆっくりと振り回す。

(ですが……。考えようによってはその力、たしかに使い出があります。この戦いで得られるものは大きいようですね。あなたには感謝せねばなりません)
「生きて帰れるつもりかい?」
(それはそうです。あなたのその能力……何度も見ているうちに攻略法も思いついたのでね)
「攻略法……?」

 京子は訝しむ。馬鹿な。イタコの能力は無敵だ。あらゆる動物の……いや、場合によっては動物以外でも、霊体があればどんなものでもその特性を呼び出し、自らの力とすることができる。つまり引き出しが無限にあるのだ。その能力に弱点などあるはずがない。

(ひとつ、今のうちに忠告しておくならあなたはその能力を私に見せすぎました。いままではほとんどのターゲットを一撃で消してきたのでしょう? こんな"勝負"は初めてでしょう? それがあなたの敗因です)
「はっ……さえずるのは……実際勝ってからにするんだねえ!」

 京子は叫んだ。

「キェーッ!」

 この距離なら狼だ。狼のスピードと牙を持ってして一瞬で奴の喉を噛み切ってやろう。それも呼び出すのはニホンオオカミだ。滅びてしまったどうぶつは恨みの力も兼ねそろえている。そのパワーは生命あるどうぶつとはまったく異なるものだ。反面、手綱を握るのも困難だが、そこが京子がほかのイタコより優れているところだ。彼女はどんな強大な霊を宿してもその身を乗っ取られることは無かった。むしろ融和し、さらなる力を引き出すことができた。最強のイタコに備わっていた資質とは、口寄せの技術でも霊力でもない。どんな霊とも打ち解けることのできるコミュニケーション能力の高さだったのだ。果たして京子の身体にニホンオオカミの魂が宿る。瞬時に京子は霊的空間の中でオオカミの喉をくすぐり、頭を撫でた。オオカミの甘える声と共に凄まじい力が京子の脚、京子の顎に宿る! 勝負! 京子は大きく地面を踏み出した。

***

(ガフッ!?)

 京子は己が身に起きた衝撃に呻き声をあげようとした。だが叶わなかった。喉が、その後ろにある首が、缶ジュースほどの直径に渡って抉り取られてしまったからだ。猛然とダッシュし、トルーの喉を噛み切ろうとしたその瞬間、トルーは優美にキルゾーンから身を逸らし、サイオニックパワーを宿した右手で京子の喉を抉り取ったのだ。

「ガッ! ガフっ! ガブブーーーッ!!!」
(喋ろうとしない方がいいですよ。あなたの発声機関はもうありませんから頑張るだけ無駄です)
「ガブっ……ガブブッッッ……」
(あなたとの戦いは私にしては珍しく血湧き肉躍るものでした。だから最後に種明かしをしてあげましょう……。どうして私があなたにキレイなカウンターを決められたか、ですよね?)
「ガブっ、ガブブっ」

 京子は苦しみながら頷いた。もはや恐怖、悲しみ、悔しさと言った感情は彼女に残ってなかった。ただ自分に何が足りなかったのか知りたかった。

(半分はあなたから教わったようなものですよ。私はね……あなたの思考は読めなかったんです。でもね、あなたに宿った霊体の思考を読むことはできたんですよ)
「ガブブっ!?!?」
(あとは簡単ですよ。どうぶつの考えることなんか単純です。最短距離、最適コースを割り出してそこに攻撃を置いておいたんです。私が普段してるのと同じようにね)
「ガブガブ……」

 その手があったか、と京子は思った。ぺらぺら喋りすぎたかな。

(あなたにほかに敗因があったとしたらその自負心の薄さですかね)

 トルーは続ける。京子は不思議に思った。私の自負心が薄いだって? 私は最強のイタコとして誇りを持っているのに?

(違いますよ。すべての自然とどうぶつに敬意をはらうとかいう……その謙虚にすぎる考え方です! あなたほどの力を持つものなら……いや、だからこそこう思ってなくてはいけなかった! 人間はすべてのどうぶつのなかで頂点に君臨するものだとね!)

 見解の相違だね、と京子は目を閉じた。彼女はすでにいろんなことがどうでもよくなっていた。不思議と痛みは引いていて、心地よい疲労感だけが彼女に残っていた。

(ですが……どうぶつの能力を使う、というアイディアは興味深いものがあります。この経験は活かさせてもらいましょう。私の中に糧として残りなさい。霊障京子)

 好きにしな、と最期に思って霊障京子の意識は空中に溶けていった。そこにはいま口寄せしたばかりのニホンオオカミや牛、仕事で呼び出した故人の霊、先代のイタコたちが霧のように漂っていた。ああ、こっち側はこういう感じなのか。これまで何度も彼らに身体を貸していた京子だったが、ここにきて初めて彼らに親近感を覚えることができたのだった。また仲良くしていこうか……今回は長くなりそうだし。

***

「どちらまで……グガア!」

 タクシーに乗り込んで喉を潰す。するとその運転手が初日に会ったのと同じだったことにトルーは遅れて気づいた。

(おや……これは奇遇ですね。喉は大丈夫だったのですか? またいま潰してしまいましたが。この間は悪いことをしましたねえ。いろいろあって病院送りにされてしまいましてねえ)
「ぐがっ……がが!」
(今日こそあの日の約束を果たしましょう運転手さん。仕事もとりあえず終わったのでね。1日付き合ってもらいますよ。まずは……そうですね。結局ノッケドンが食べられなかったのでまた市場に行ってください)
「ぐがーーーーっ!!!」
(ご安心ください。料金はこの間払いそびれたのもまとめてキチンと払いますよ! どうせ私の財布じゃありませんしね!)

 トルーはドスンと全身を後部座席に預けて脚を組んだ。そして上機嫌にイタコとの戦いから得たアイディアを頭の中で捏ね始めた。

(これは楽しいことになりそうですねえ……)
「グギャーッ!!!!」

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます