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マシーナリーとも子EX 〜夢の稼業篇〜

「……よし!」

 街の掲示板に最後の1枚を貼る。これは新しい仕事だ。しかしずっとやってみたかった仕事でもある。
 屋号については多少悩んだが、あまり捻っても仕方ないし堅苦しい響きなのも嫌だ。なのでシンプルに行く事にした。クロコスワロー探偵事務所。夢の仕事だ。ついに自分は名実共に……まだ明日、役所に開業届を出さないことにはそうとは言えないのだがとりあえず……なったのだ。探偵に。

(おめでとうツバメ)

 左腕にくっついた巨大なワニ……セベクがガウガウと身を捩り、自分にだけ聴こえる声で祝福してくれた。

「ありがとうございまスセベク……。ま、なかなか探偵小説のような依頼は来ないでシょうけどね。おおかたペット探しだの浮気調査だのってのがありがちなパターンでスよ」
(それでもお前は夢を叶えたのだ。もっと喜んでもいいのではないか?)
「ええ、そうでスね……。いや、うれしい。うれしいなあ」

 心の底から声が漏れた。こんな気分になったのはいつぶりだろうか。N.A.I.L.のバイオサイボーグ、未来では最後のシャーロキアンであるワニツバメは感動に打ち震えていた。

***

 きっかけは「とんかつ処田なべ」だった。充分に働けるN.A.I.L.構成員やアルバイトは順調に増え、いまや私のシフトは月2回になっていた。そんなとき田辺さんが提案してくれたのだ。

「ツバメさん、そろそろ辞めます?」
「エッ!?」

 最初はかなり驚いたし肝が冷えた。お払い箱にされるのかと思ってしまったのだ。生活に困るという心配はないが、単に使いものにならないと思われてるのかとヒヤリとしてしまったのだ。

「ヒッ! す、すみまセん! わたし何かこう……至りまセんでシたか!?」
「へっ? あ、ああー、違う違う」

 田辺さんは三角巾を取ると手招きし、店内からは見えない事務エリアへと入っていった。私はそれにオドオドと付いて行く。

「そもそもツバメさんにお手伝いをお願いしてたのは本当に手が足りなくて私の目が回っちゃうほど忙しかったからですし……。いまはアルバイトさんも増えたので手は足りてますし、だったらツバメさんにはお店のお手伝いより好きなことをしてもらった方がいいかなと」
「ア! アーーーーー そういうことですか」

 私は冷や汗をかいた身体が今度は急に温かくなっていくのを感じた。とんだ早とちりをしてしまった。面目無い。

「そういうことでシたらまあ……確かにお暇をいただくのも悪くないかもしれまセんね。いや、まあ別にいますぐやりたいことがあるわけじゃないんでスけどね」
「そういえばツバメさんって……その、この時代に来たりとか、向こうのトルーさんに会う前とかはどんなことをしてたの?」

 2045年か。ああ、ずいぶん昔に感じる。いまいるこの時代からは20年以上先だと言うのに。私の頭の中には懐かしのロンドンの光景が浮かんでいた。

「何をしてたといっても私はまだ……学生でしたから」
「あら! そうだったんですねえ。すいません人間の年齢の雰囲気ってよくわからなくて……」
「いえいえ……。だから、ふだんは大学通ってて、その合間にシャーロキアンの活動して、あとは家の手伝いでスね」

 脳裏に甦る仲間たち、小説の感想会、推理ディベート、バリツ訓練……ああ、懐かしの日々よ。

「おうちのお手伝いというのは何を?」
「ウチはお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃんの代からカフェをやってたんでス。だからその給仕のお手伝いとか、軽くコーヒーや紅茶入れたり、ご飯作ったりもしてまシたよ」

 ああ推理ディベート。あれは楽しかった。それこそ大学のサークルのようなものだったが頭を悩ませ、意見を交換しあい、少しでも探偵気分を味わえた。

「そうそう……トンカツもカフェで揚げたことがあったんでスよ。イギリスってカツカレーが人気なので」
「うえっ!? そうなんですか!? でもそれでトンカツ揚げる手際がいい理由がわかりましたよ……」

 例題はホームズだけでなくいろいろな推理小説から出された。もちろん、ネタバレを防ぐため多少の改変を入れたり、タイトルを隠したりはしていたが、時折小説を読みながら「これはディベートで解いたことがある気がする!」と気がつくこともあった。あれは複雑だった。

「でもそうですねぇー。お暇をいただいて、ナニやりまシょうかねー」
「なんでもできますよねぇー」
(いやいや……そんならもう、探偵やればいいじゃないですか探偵)

 ……探偵?

「オワーっ! ミス・トルー! いつからそこにいたんでスかッ!?」
(ここから歩いて5分ほど……西武口の方にN.A.I.L.の詰め所があります。そこに空き部屋があるのでそこを事務所代わりに使っても構いませんよ)
「えっ……、えっえっ、事務所? なんの?」
(だから、やればいいじゃないですか。やりたかったんでしょう? 探偵を)
「……探偵?」

 えっ? 探偵ってやってもいいものなの?

(なんなら暇そうなシフトのどうぶつ人間がいたら活用してくれてもいいですよ。彼らの訓練にもなりますしね)
「えっ……探偵? 本当に? 私が……?」
「良かったねーツバメさん」
(ツバメ、良かったな)

 突然降って沸いた出来事に私はしばらく実感を伴わせることができなかった。こうして私は……突然、なんだかあっさり、意外なほど穏やかに夢……そう、特に意識してなかったがこれはどうやら私の夢だった……探偵業を始めることになったのだ。

***

 事務所を開いて2ヶ月……N.A.I.L.構成員の紹介やら何やらでぼちぼち仕事はあった。流石に浮気調査とかはよっぽど困らないとやりたくないな……と思い2件きた依頼をどちらも多忙を理由に(当然そこまででもない)断り、ペットや失くしものの捜索、亜人などからの人類の調査依頼などをこなした。驚いたのはシンギュラリティからの連中も依頼があったことだ。

***

「あぁ、なるほど。これだけデータがあればだいぶ助かります。ご苦労だったわねツバメ」
「はぁ……まあ言われた喫茶店に入って指定の席の会話を聞き出して文字起こしする、チョロい任務でシたけど……。こんなもの何に使うんですたか子・センセイ」
「食い扶持ですよ。この時代で暮らしていくためには色々やらなきゃいけませんからね。それにこの情報はだいぶ……役に立ちます。ネットリテラシーだけではどうしようもない情報というのもこの世の中にはあってね……。あの会社はもう売っていいわね」
「あの……一応聞くんでスけど」
「なに?」
「それってインサイ……」
「お疲れ様ツバメ。成功報酬はすでに振り込んでおきましたから。また機会があればお願いするわね」

 センセイは私の言葉を待たずにそそくさと出ていった。

***

「ほぉーっ。南池袋にこんなに票田候補がいたとはなあ」
「まったく……なんでよりによって私がアンタの依頼をしなきゃあいけないんだか!」
「まあまあそう怒るなよ。お互いに得なことじゃねーかよぉっ。これでまた動けら。サンキューな」
「しかしセンセイといいアンタといい……なんでわざわざ私に依頼をしたんでス?」
「ん? だって張り紙してたじゃん。知り合いなら頼みやすい仕事ってのもあるしよぉーっ」
「まあ、そういうのはあるかもしれまセんが……」

 一応敵同士でしょうが、と私は口にしようか迷った。

「あとな」
「ン ? なんでス?」
「田辺から薦められてなぁーっ。そりゃちょうどいいやと思ったんだよ」
「……そうでスか」

 めちゃめちゃありがたいけど……! そもそもなんでアンタらそんな親しげに付き合ってるんでスかぁーッ!?
 私はふたつの気持ちに板挟みになって静かに呻いた。

***

 マシーナリーとも子の依頼を完遂した次の日。手持ちの仕事はひとまずすべて終わり、新たな依頼人も15時になっても来なかった。私は紅茶をたっぷり淹れ、中古の推理小説を読んで静かに過ごしていた……セベクには爬虫類の図鑑を。

「オフがあるのはいいことでス」

 そうしてのんびりしているとカランカランと扉が開いた。フム。丸一日の休みとはならなかったか。でもまあ開けたばかりの探偵事務所が忙しいというのはめでたいことではあるが。

「どうも……こちらは探偵事務所で?」
「いかにもそうです。どうぞおかけになってくだサい。ちょうど紅茶を淹れたところなんでスが、いかがでスか?」

 立派な口髭を讃えたメガネの壮年……顔には深い皺が刻まれているが、髪や髭は黒々としていてまだ老人と言うには若く感じる……それともこまめに染めているのだろうか? だがその目つきには知性を感じさせるものがあった。

「いえ、結構です……。あなたには探し物を依頼したいのです」
「探し物でスか。ペット? 失くしもの? それとも人でスか? 浮気調査とか?」
「強いて言えば人です。人に近い……とも言えましょうか」
「ま、ほらお座りくだサいな。えーと……失礼、お名前は……」
「ありがとうございます……。私の名前はDr.ココス。探してもらいたいというのはサイボーグなのです」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます