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マシーナリーとも子EX ~日報の共有篇~

 ターンテーブル水縁の発言に3機は固まった。ネットリテラシーたか子。シンギュラリティ最強戦力としてその名を轟かせているサイボーグである。本会議に出席するといった政治力は持ち合わせていないものの、そのチェーンソーの歯留めに刻まれたマントラから放たれる膨大な徳、それを源とする脅威的な戦闘力は敵味方を問わず恐れられている。そのサイボーグが……水縁と知己とは?

「何をボーッとしてるんだい? 早く情報交換を始めようじゃないか……。それとも今日は単なる懇親会か? ドゥームズデイクロック」

 メニューを広げながら煽りを入れてくる水縁にムッとしながらドゥームズデイクロックゆずきは応えた。

「馬鹿なことを言うな……。とっとと情報の共有を始めよう。その前に水縁」
「なんだい?」
「何か頼むなら紹興酒も追加で頼む。ボトルでだ」

***

 紹興酒のボトルにグラスが4つ運ばれてくる。水縁はニコニコとそれを受け取ると、ドボドボ注ぎ、メンバーに配り始めた。ゆずきはちびりと酒を啜り、話を切り出した。

「この地球にはさまざまな勢力が跋扈しているが、基本的には問題がないとシンギュラリティは見ている。いずれも共存、あるいは殲滅が可能な範囲だ……。アトランティスを除いては」
「共存・殲滅ねえ……。上亜商はどっちなのかなぁ?」

 水縁はわざとらしく顎を上に上げながら口にする。エアバースト吉村が気まずそうにゆずきを横目で見た。

「……水縁。いちいち話の腰を折らないでくれるかい? 共存に決まっているだろう。そもそもそういう前提での集まりだったはずだぞ」
「や、失敬失敬。これでも書記役をやっていたこともあってねえ。今日の集まりも口頭じゃなくて文書で報告するつもりなんだ。ほら今もこうしてメモを取ってるだろ? だから物事を曖昧に記録したくなくてね。念の為の確認さ」
「……で、その根拠だが……奴らには科学力がある。認めたくはないが我がシンギュラリティに比肩しうる……もちろん、総合的には我々の方が上ではあるが、そこらの他星人や地底人とは比べものにならないほどのものを持っていることがこれまでのデータから明らかだ」
「その科学力の根拠というか……彼らはどういった理由でシンギュラリティに匹敵する戦力を得ることができているのかしら? 魚が」
「議論を転がしてくれる発言ありがとう、シンシアくん。その根拠となっているのは奴らの中核にいると思われるイルカだ」
「イルカねえ」

 イルカ。言わずもがな地球上でネズミに並んで最高レベルの頭脳を持つ生物。とはいえ同時に人類に優しく接するなど温和な気性も知られ、近年までその危険性について論じられることはほぼなかった。

「それがなんで急にアトランティスなんて物騒な組織を作ったんスかねえ」

 吉村が新しく届いたシューマイを取り分けながら言う。ゆずきはその大きなシューマイを一口で頬張り……。思っていたよりも大きかったことに後悔しながらその巨大なハンドユニットを机上のものをひっくり返さないように注意しながら掲げ、手のひらをひらひらさせて「食べ終わるまで待ってくれ」のジェスチャーを取った。その間に杯を空けたシンシアに水縁はおかわりを注ごうとしたが、シンシアは拒否してボトルをひったくり、自分で注いだ。
 ゆずきはようやくシューマイを飲み込むとひと息つき、口を開いた。

「うん……それについては謎なんだが、色々と興味深い情報を我々は持っている。はぐれサイボーグが一体、奈良からタイムスリップしたのは各々聞いているね?」
「大仏が使用されたのよね。由々しき事態だわ」
「当然、私の元にもその情報は届いているよ。規約通り上亜商にもこの情報については共有していない」

 タイムマシンに関しての情報はシンギュラリティの最重要機密であり、特にその位置が他組織に漏れるなどもってのほかである。先のN.A.I.L.による攻撃に池袋支部が慌てたのもタイムマシンの位置が詳らかにされるのを恐れてのことだ。

「しかし……今日の情報共有にあたってタイムマシンのことが必須となると少々困るねえ。渡ってしまってもいいのかい? 上野に奈良の大仏についての情報がさ」

 ゆずきはシンシアに視線を送る。シンシアは目を合わせずにコクリと頷いた。

「ああ。構わない。そもそも今日は君が来ること前提の集まりじゃあなかったからな。それに奈良の警備は厳重だから多少漏れたところで……」
「ハハッ、はぐれサイボーグに突破される程度の警備が厳重だって?」

 水縁の挑発にまたテーブルに緊張が張り詰める。

「コホン。いや失敬失敬。こういう会話しかできなくてね。まあ安心してくれたまえよ。上野のみんなだってバカじゃあない。例え奈良が蹂躙できたとしてもその行為の代償についてはきちんと理解してるさ。何せ彼らはあくまで商売のための団体だからね。本来血生ぐさいことに興味はないのさ」
「結構。で、ここからが本題だが……奈良からタイムスリップしたサイボーグは2021年に向かったことがわかっている。そして2021年にいるアトランティスに合流した」
「え!?」
「それは……?」

 シンシアは当然、珍しく水縁も動揺を見せる。それはそうだろう。これはこの時代では池袋支部しか知り得ない情報だ。

「ちょ、ちょっと待ってちょうだいゆずき。それは2020年代から情報が来たということ? 今は時空捻れで通信は使えない状態のはずよね? なぜあなたがそんなことを知っているの? それともタイムマシン技師のあなたにしかわからない情報があるとでもいうの?」
「いや……これはタイムマシンとは関係ない。私がこの情報を知っているのはこいつがあるからさ」

 ゆずきはふところからバインダーを取り出す……。2020年代の池袋の業務日報!

***

「なるほど……物理的な日報」
「これがあれば時空が捻れた状態でも限定的ながら過去と通信が可能というわけだよ。こちらかは物資補給の要領で手紙を大まかにバラ撒いて要件を伝えている……。そうして何回かの連絡を経て分かったことが、過去にもアトランティスは存在しているということ、はぐれサイボーグのベルヌーイザワみはアトランティスの手のものだったということだ」
「ふうむ」

 水縁が背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。

「例えば……そのベルヌーイとかいうサイボーグがアトランティスを興したという可能性は? 未来のアトランティスから依頼を受けて……とか」
「その可能性も考えたが今のところ薄そうだ。たか子からの報告によればアトランティスの勃興には元N.A.I.L.の人類が関わっているようだが、それについても前後関係、イルカとの力関係は不明だ。わかってるのは過去にアトランティスが存在し、未来からベルヌーイザワみがそこに向かったという事実だけだ」
「そこがわからないことにはなんともだねえ。過去から連綿と続く組織ならば向こうで潰して貰えば話は早いが、こちら側からの関与があったとすると話は別だ」
「とりあえず今は情報収集を続ける、以外の選択肢はなさそうだけれど……それとも無理矢理海に突っ込む?」
「まさか! こちらの損耗も考えなきゃあならない。あちらの情報がないのに突っ込むのは危険だ」
「上野もそれには同意する。とはいえ我々も魚関係の商売ができなくて困っていてねえ……。ほら地下のセンターとかあるだろ? 商売上がったりなんだよねえ。そこのバランスだよね」
「まあ……ひとまずこちらの手札については共有した。今日のところはこれを持ち帰って、各自次の手を考えてくれたら嬉しい。私もできる限りのことは協力しよう」
「ひとつ……いいかな、ドゥームズデイクロック」

 水縁が武装マントから腕を引き摺り出し、人差し指を立てた。

「なんだ水縁。またくだらない放言だったら私は伝票だけ置いて帰るぞ」
「いやあ違う違う。聞きたいことがあるんだ。こちらから過去への通信法だよ。こちらから物資転送の要領で手紙をばら撒くと言っていたな」
「ああ。今はリアルタイム通信ができないからうまく送れたかどうかの確認が困難だからね。だから多めに用意して狙った時間軸に前後1日分ほどマージンを取って1〜2時間ごとに届くよう転送してるんだが……何か向こうに提案できることでもあるのかい?」
「提案というほどじゃあない。私信だよ。先方に個ロボ的な用件を伝えたいんだが、いつまでにどれくらいの手紙を用意すりゃあいい?」
「はぁ〜? ダメだダメだ! そんな無駄なこと許可できるわけないだろう? 向こうにも迷惑だよ。そういうくだらないことじゃあなくてもっと戦略的なこととかをさあ」
「なるほど。君はそう言うだろうなドゥームズデイクロック。しかし……」

 水縁は伝票を摘んで立ち上がった。

「たか子の方はなんと言うかな?」
「えっ?」

 ゆずきは虚をつかれ、言葉を失った。その一瞬のうちに水縁は背中を向け、去っていった。

「今日の支払いは上野持ちでいいと言われている。情報をもらう立場だからね。じゃあなドゥームズデイクロック……。いい返事を期待してるぜ」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます