見出し画像

マシーナリーとも子EX 〜ゴミと鋸の戦い〜

「は? 1ヶ月後じゃん!」

 マシーナリーとも子は思わず叫んだ。粗大ゴミの収集を頼もうとしたのだがその日程はイメージしていたより遥かに先だった。もっと10日とか2週間とかで来てくれるものだと思っていたのだ。

「じゃあこれ、どうすんだよ」

 とも子は恐る恐る背後を伺う。そこで狭い部屋を埋めているのは、くたびれたポリプロピレンの収納ボックス、サイズが合わなかった風呂の蓋、穴が空いた掛け布団、どかしたテレビ台などだった。
 特に難儀なのはテレビ台だ。質量がでかい。これはとも子の机の下に置いていたもので、中にはゲーム機やアニメの映像ディスクなどが詰まっていた。今回、机を奥行きあるものに買い替えることに決めたとも子は手始めにこのテレビ台をどかすことにした。よく考えればゲーム機はほかの場所に移動できるし、ディスク類は凝ったケース以外のものは不織布ケースに入れて仕舞えばかなりコンパクトに収めることができる。むしろこのテレビ台は部屋のレイアウトを圧迫するボトルネックと言っても過言ではなかった。
 そのため排除を決定したのだが、粗大ゴミがこうも遅いと困ってしまう。注文した机は思ったより届くのが早く、今週末には届いてしまうのだ。それも自分でなんとかするならともかく組み立てスタッフと一緒に来るという。つまりそれまでにスタッフが支障なく作業をするためのスペースを空けておいておかなければならないのだ。ほかの粗大ゴミはすみっこや風呂場に積み上げておけばどうとでもなるが、このテレビ台は彼らが来る前に完全に排除しなければならない。

「と言っても……どうするんだぁ?」
「とも子くんとも子くん」

 いつの間にかパソコンを弄っていたネギトロがとも子に声をかける。ネギトロは短い脚で器用にキーボードを叩くと出た検索結果をともこに見せる。

「粗大ゴミでも小さく分解できれば燃えるゴミとして出せるみたいだよ」
「ほぉ〜。やってみるか」

 電動ドライバーを取り出すととも子はテレビ台を分解する。思えば2010年代にやってきてすぐに買ったテレビ台だ。ネジはすっかり錆び、抜くのには一苦労した。30分ほど悪戦苦闘した挙句、テレビ台を7枚の板にすることができた。

「しかしこれは……」
「長いね」

長いのだ。だってテレビが乗るんだから。一番長いものだと1メートル以上ある。これではゴミ袋に入れるのは無理だ。

「これをさらに小さくするのかぁ? ダルいなあ。プラモ用のノコギリならあるけど、あれ小さいぜ」
「そうは言ったって仕方ないじゃあないか」
「う〜〜ん」

 とも子は腕組みして考え込む。なにか、なにか楽する手段はないかなあ。

「あっそうだ」

 とも子の頭の上で電球が光った。こういうのがめっぽう得意なやつがいるじゃあないか。

***

「……そんなことのために私を呼んだのですか?」

 とも子ハウスの玄関で額に青筋を浮かべる者がいる。その頭上からは不可思議なボールが一対生え、口はマフラーで覆われている。そして何よりも特徴的なのは両の腕の肘から先に生えたチェーンソー……。シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!

「ノコギリって言ったら私たちのあいだではそりゃあたか子よ」
「私のノコギリは家具を切断するためについてるんじゃないわよッッッ」

 たか子の頭上から湯気が上がる。

「まあまあ怒るなよ……。なにもタダでやってもらおうってわけじゃないぜ」
「は? 怒ってない。感情が無いから」
「夕飯ご馳走してやるよ。どうだ?」
「乗ったわ」

 たか子のチェーンソーがやおらにその勢いを増した。とも子は内心わかりやすい奴だなあと思ったが口にするのはやめておいた。そういうことを言うとまた怒るからだ。

「で、この板を切ればいいの?」
「おお。いちばんでかいのは三等分くらいにして、ほかのは半分くらいに切ってくれ。できる?」
「造作もないことよ。あぁでも寝かせてるとやりづらいから、あなたが持って立ててちょうだい。そうそうそんな感じ。じゃあ切るわよ」

 マシーナリーとも子が板を立て、ネットリテラシーたか子が真ん中ほどを狙ってチェーンソーを向ける。慎重に板に寄せられた2枚のチェーンソーが、軽く当たってチュンと音を立てた。

「……そういえば……」
「どうした?」
「私のチェーンソーってほら、2枚が連なってるからこのまま切ると刃と刃の間の板が細長くスライスされてしまうけど……それはいいの?」
「別にいいって! そんな細けぇーこと気にするなって。こっちは燃えるゴミとして捨てられればそれでいいからよ!」
「そういうことなら……いざ」

 たか子のチェーンソーがズンと板に沈み込む。その勢いが思ったより強かったのでとも子は「おっと」と手を一瞬放してしまった。その刹那、板が下方から前に向かってつんのめり、瞬間宙を待った。

「あ?」

 たか子がそう呟く間もなく、支えを失った板はチェーンソーに巻き込まれ、たか子の腕のチェーンソー基部に向かって高速移動、ガガガガッと異音を立てた。

「うわあああ~~~~~!!!」

 ネットリテラシーたか子が青くなる!

「あ……引っかかっちゃった」

 やがて板はガキっと音を立てると止まった。引っかかっているチェーンソーごと。5秒ほどマシーナリーハウスを沈黙が満たす。

「うわあああ~~~~~!!!」

 ネットリテラシーたか子が青くなる!

「止まるっ!!! 止まってるッッ!!! チェーンソーがっっっ!! ああ~~!!」
「ちょ、ちょっとたか子、落ち着けよ。板が引っかかっただけだろ」
「冗談じゃないわよッッッ!! 私の回転体が止まってるのよっっっ!! しっ、死ぬ~~~!!」
「片方だけだろ!!! 左腕のチェーンソーは回ってるぞ!!!!」
「はっ……」

 言われてたか子は呆然と左腕を見る。そこでは変わらぬ轟音を立ててチェーンソーが回転していた。安心したたか子ははぁ~っと深い溜息をついた。

「なによ、脅かさないでちょうだい……。死ぬかと思ったわ」
「驚いたのはこっちだっつーの。デカい声出すなよな」
「うーんでもなんか息苦しいわ。徳が半分しか回ってないんだから当然か……。これじゃあいざというときにうまく戦えないし何よりかさばって不便でしょうがないわ……」
「逆に回してみれば?」
「なるほど」

 言われてたか子は板が引っかかったままのチェーンソーを逆回転させる。基部に引っかかっていた板は逆方向に運ばれ……。さっきとは上下逆さまの位置で基部に引っかかった。

「まあそうなるわね……」
「身体の調子はどうだ?」
「ん、回してるあいだだけは少し楽だった」
「じゃあずっと板が引っかかるところまで回して逆に回してを繰り返せばいいんじゃね?」
「そんなかったるいことできるかッッッツ! 真ん中で止めるから引っこ抜いて頂戴!」

 とも子がしぶしぶ板を掴んで引っ張り始める。するとたか子がすぐに悲鳴をあげた。

「いだだだだだだだだだだちょっと!!! ちょっとたんま!!!!」
「今度はなんだよ」
「あんた真っ直ぐ引っ張ってないでしょう! ちょっと……ちょっとヒネリが加わってるのよっっ! まっすぐ引き抜かないと刃が折れるッ!」
「注文が多いなぁ~! 大丈夫だよちょっとくらい折れてもツバつけときゃ治るって! 前に田辺に半分くらいブチ折れてたときもすぐ治っただろうがよ~~」
「痛いのヤダって言ってんでしょうが!!! 折りたくないのよそもそもォ~~ッ!!!」

 たか子は騒ぎながらブンブンと左腕を振る。そのとき、傍らに立て掛けてあった残りの板がチュインと切れた。

「はっ!!!」
「あによ」
「そうだたか子……。切っちまえばいいじゃねえか」
「切るゥ~~~???」

 たか子は言われるがままに木片に左腕のチェーンソーを走らせる。チュインチュインと何回か音がしたかと思うと、右腕のチェーンソーにひっかかっていた木の板は指先でつまめるほど小さなサイズになっていた。

「回してみ」
「ん」

 ギュイイイイと右腕のチェーンソーが唸り、小さくなった木片が基部に引っかかっていた。右腕基部から軽くカココと音が鳴ったが、やがて逆側から木片が顔を出した。

「おぉいいぞ! ちゃんと回ってるじゃねぇ~か。これで問題ないよな?」
「ちょっと……まだ軽く引っかかってるんだけど……」
「許容範囲だろ? 回るじゃん」
「えぇ~~~~~……」

 たか子がウンザリした声を出す。そのとき、背部からファンネルが2機飛び出した。

「たか子さん、たか子さん……」
「どうしたのよ」
「それくらい小さくなれば私たちでも問題なく焼けますが……」
「えっ?」

 ファンネルたちは小さな木片に向けてビームを放つ。木片はジュッと音を立てて燃えカスになった。

「…………」
「…………まあ、なんだ、良かったな」
「マシーナリーとも子」
「なあに」
「そもそも論からいいですか?」
「言ってみて」
「最初から……小さく切り分けようなんて思わず……澤村にでも焼却させればよかったんじゃないの……?」
「いや、私もいま気づいたわ」

 なめらかに回るようになった右腕のチェーンソーが閃き、マシーナリーとも子のマニ車とぶつかって部屋に鈍い金属音を響かせた。

***

「ただいま〜。あれ、たか子さんいるじゃん!」
「なんだぁ〜? なんかあったのかぁ?」
「いろいろあったのよ。……マシーナリーとも子、ご飯はまだ?」
「いま作ってまーす……」

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます