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マシーナリーとも子EX 〜喰らう情報篇〜

「あれ〜? ゆずきさんは?」

 エアバースト吉村が額に平手を当てて支部を見回す。

「今日は有給っスよゆずきさん」

 後ろから缶ジュースを買ってきたダークフォース前澤が答える。

「有給? 意外だね。使うタイプのロボだったんだ。なんとなく仕事が趣味みてーな感じしないかゆずきさんって」
「まぁー言わんとすることはわかりますけど……。有給使わないのってアレじゃないですか。徳が低いんじゃないっスか」
「それはそう……」
「「うわあ!!!」」

 机の下からズルっとドレッドノートりんごが登場! 予想だにしてなかった吉村と前澤は悲鳴を上げる! りんごの背中の砲身が机に引っかかり、ガツンと机をひっくり返す!

「ちゃんと休まないとマントラ、光らなくなっちゃうから……」
「それはわかったから机片付けてくれぇ!」
「しかし……休日のゆずきさんってなにしてるんでしょうねえ?」

***

「いい天気だねえ」

 見上げれば木々の緑を皿のふちのようにして雲ひとつない蒼穹が広がる。有給にはピッタリな日和だとドゥームズデイクロックゆずきは思った。
 サクサクとゆずきの大きな腕が草むらを踏みしめる。彼女は大変に大きな腕を持つため、ふだんは自分の脚ではなく、腕で歩くようにしている。

(だがこんな日は脚で歩くのもいいかもしれないね)

 ふとそんなことを思ったゆずきはひょいと腕から降りてみた。

「よっと」

 腕を持ち上げ、二本の足で歩いてみる。2歩、3歩……。だが腕が大きすぎる! 

「ぶえっ!」

 10歩も歩かないうちにゆずきはバランスを崩して前のめりに転んでしまった。

「たはは……慣れないことはするもんじゃないねえ」

 グイと大きな腕で自分の身体を持ち上げると、ゆずきはふたたび腕で有るき始めた。
 休日の彼女はなるべくこうして歩いたり、動物や植物を見たりなにかを食べたりして過ごしているように努めている。逆になにかを避けているかというと「数字」や「情報」からなるべく身を遠ざけようと努力しているのだ。
 タイムマシン技師である彼女の仕事は常にデータとの戦いだ。正確な数字、情報、計算から最適な解を導き出し、時空そのものやマシーンを正常に動作させるべく常にチェックとメンテナンスを万全にする……。
 時空が捻じれ、実働タイムスリップがほぼ停止中の現在においてもそれは変わらない。彼女は池袋支部という徳が高く、タイムスリップの最前線で日々原因を救命するため時空ねじれの残照を見つけ出すべく膨大な資料を漁り、マシンの機微から不自然な乱数を見つけ出し、ネットリテラシーたか子と情報交換をし、ねじれの原因を突き止めようとしている……。その圧倒的頭脳労働から来る疲労感は、ある意味で命を賭けて他勢力と戦う以上の疲労をサイボーグにもたらす。そのため休日はそうした情報から距離を取り、頭を休ませる。休ませつつもふだんとは異なる刺激を与えることでより効率的な稼働を促す。これがゆずきのデジタルデトックスであった。しかし……。

「おや、アレは……」

 木々の陰になっていた向こう側に洒脱な建物が見える。ゆずきはその建物に自然と惹かれるものを感じ、そちらへと歩いていった。

***

「はは、やっぱりねえ。こういうところにいちいち寄ってるとしょうがないんだけどねえ」

 それは図書館だった。自然公園に併設されている、区営の中規模な図書館だ。

「これじゃあデジタルデトックスにならないよねえ……」

 そう苦笑いしつつ、ゆずきは図書館へ足を踏み入れる。なんとはなしに食べ物コーナーに行き、これからも決して作ることはないであろう面倒そうなお菓子のレシピを見てふむふむと感心する。まったく大変な工程だ。この菓子を最初に考えた人類はどのようにしてこのレシピを考えついたのだろう。

「いや、おそらくそうじゃないな……」

 レシピというのは突然生えてくるものではない。おそらくこのレシピを思いついた人類自身、数々の試行錯誤とそれまでの経験によってこの領域に至ったのだろう。そしてこの者が生まれるまえから連綿と受け継がれてきた技術の賜物……。こうして印刷物になってしまえばレシピを知るのは一瞬、そしてこのレシピも即興で生み出されたものとつい思い込んでしまう。だがその裏には長きに亘る艱難辛苦が隠されているのだ。

「“私が彼方を見渡せるのは巨人の肩に立っているからだ”、と言ったのは誰だったか……」

 ゆずきはそれを思い出せなかった。だがわかっていることもあった。それは巨人だ。人類は知るよしもないが、巨人はシンギュラリティのサイボーグなのだ。砂糖や小麦粉を精製すること、それを用いる製菓技術。すべてサイボーグの時間工作によるものである。人類が巨人の肩を先人たちと思うなら勝手にするがいいだろう。だがその巨人は巨人のつもりで、実はサイボーグという釈迦の手のひらの上に立っているに過ぎないのだ。

「まったく人類というのは……気楽ないきものだよなあ」

 ゆずきはくすくすと笑いながら本を棚に戻した。しかし改めて気分が沈む思いも味わった。時間工作はかなりのあいだ止まっている……。このままではシンギュラリティの計画に大きな災いとなってしまう。時空の乱数を調節してシンギュラリティに有利な未来を創り出すのはシンギュラリティの計画の要なのだ。それが止められてしまっては……。
 原因はわかっている。鎖鎌、ワニツバメ、そしてそれを更に乱していったベルヌーイザワみ……。無理やりな時間移動を試みた彼女らによって時空の調子が乱れたのは明らかだ。だがその修復の仕方がさっぱりわからない……。雲をつかむような話だ。これまで捻れた時空をもとに戻した者などいないのだから。データが、そう、この事案には圧倒的にデータが足りないのだ。ネットリテラシーたか子はなにかを2021年で掴みつつあるらしいのだが……。

「いかんいかん」

 また考え始めてしまっている……。
 これではせっかくの休日が無意味じゃないか、とゆずきは図書館をふらつきながら自嘲した。そんなゆずきの目に新聞がかけられたスペースが目に入った。

「そうか……」

 これは盲点だったな。図書館には過去の新聞も置かれている。過去のデータそのものも魅力的ではあるが、目を凝らして見れば時空の捻れ、2021年でのなにかによって変化したものが見つけられるかもしれない。

 ゆずきが新聞のバックナンバーを手にとったそのとき、図書館が揺れた!

「……なに?」

***

 ゆずきは新聞を手にしたまま1階に降りる! するとそこでは巨大な蜘蛛めいた生き物が8本の脚で人類たちを踏み潰し、本を貪っていた!

「本が食いてえ!」

 蜘蛛がツバを飛ばしながら叫ぶ! 手近な本棚をなぎ倒し、ぶあつい本を一気に頬張った! ムシャムシャゴクン! まるでサンドイッチでも食べるかのようにあっとういまに平らげる! 横山光輝の三国志全巻完食!

「なんだいありゃあ!?」

 ゆずきは思わず叫び声をあげる! すると蜘蛛がキッとゆずきに向かって振り向き、残忍な4対の複眼を光らせた!

「本が食いてえ!」

 蜘蛛が8本の脚を素早く動かしてゆずきに迫る! ゆずきはその残忍な複眼が自身そのものに向かってないことに気づいた……。ヤツが狙ってるのはゆずきが脇に挟んだ新聞!

「こいつか……!」
「本が食いてえ!!!」
「バカが……新聞は製本されてないだろうッ!」

 蜘蛛が迫る! ゆずきは巨大な腕で床をしたたかに打ち付けて大ジャンプ! 空中でアーチを描いて蜘蛛の背中側に回る!

「アアアアアアアアアアアアア!!!! 本が食いてえ!!!!」
「なに……!」

 蜘蛛はゆずきを無視して前方に猛然とダッシュ! ゆずきは一瞬訝しんだがすぐにその意図に気づき青ざめる! いま、ゆずきが持っているのは脇に挟んだ一部のみだ。だが図書館の奥には膨大な量の新聞バックナンバーが眠っている……!

「いかん……!」

 人類が何人殺されようと構いはしない。だが新聞という歴史が遺したデータを失うわけにはいかない! ゆずきはふたたび高く跳躍すると巨大な腕を前に出す! すると10本の指がそれぞれガシャリと展開し、中からサブアームが触手のように躍り出た!

「本が食いてえ!!!!!!!!!!」
「食わせないよ!!!」

 サブアーム100本が蜘蛛の腹部をぐるぐる巻にする!

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 蜘蛛の腹部は思っていた以上に上部で、弾力がある。サブアームの力で引きちぎるのは無理そうだ。ならば……。

「図書館で騒ぐやつには……出ていってもらうよ!」

 ゆずきは力を込めるとカブを抜くかのごとく蜘蛛を出入り口側へと投げ飛ばした!

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 本!!! 本!!!!」

 ドグシャンと大きな音を立て図書館の出入り口まわりが壁ごと粉砕! 蜘蛛は大きく外へふっ飛ばされ、図書館の外で日陰を作り、人類たちの憩いの場となっている大きな木をへしおってようやく止まった! ゆずきは一飛びし蜘蛛に追撃をかけようとする!

「本が食いてええええええ!!!!」
「こいつ……効いているのか?」

 ゆずきは首筋に冷や汗が流れるのを感じた。自分は戦闘するように作られたサイボーグではない。この腕と終末時計だけでどこまでやれる? やつの息の根が止まるまで地面に叩きつけるしか無いのか……?

「本が食いてえ!」

 蜘蛛の目がまたもゆずきを睨みつけて輝く! だがそのとき!

「なら弾でも喰らってな」

 その声がゆずきの耳に届いかと思ったその瞬間、蜘蛛の足元が爆ぜた! 強烈な閃光とともに爆発! 二度、四度、八度、十度、十二度!

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 蜘蛛の脚はバラバラに引きちぎれ、腹は裂け、複眼は潰れ、その身体はぐるぐると1080度回転して仰向けに落下した。硝煙のなかから姿を表したのは……上野の破滅的バウンサー、ターンテーブル水縁!

「奇遇だねえモラキュラーシールド。いや、ドゥームズデイクロックだったか。君が戦うとは珍しい姿を見られたな」
「水縁……? どうしてこんなところに」
「仕事だよ仕事。こいつに上野で暴れられてねえ。大事な書類食われて追っかけてたのさ」
「こいつ、なんなんだ?」
「本の虫ってやつだ。本を食う。厄介なことにこいつの腹がたまるのは分厚い本とかデカい本を食ったときじゃないんだ。文字が多かったり、載ってるトピックが多かったり……とにかく情報量が多いものを食いたがるのさ」
「ああ……」

 それで新聞を狙ったのか、とゆずきは得心した。

「……とにかく例を言っておくよ。私一機じゃキツかったと思うからね。……でも土屋の件はまあまあ困らされたぞ」
「あれぇ〜? なんか問題あった? 情報を分けてやったろう」

 水縁はまったく悪びれもせずに蜘蛛の腹の上に登る。こいつのこういうなにを言われても知ったこっちゃあないという態度が昔から苦手なんだ……。ゆずきはため息をついた。
 いっぽう水縁は蜘蛛の腹を引き裂くと中から巻物を取り出した。その帯にデフォルメされた魚のエンブレムが描かれていたのをゆずきは見逃さなかった。

「なんだいそいつぁ」
「だから言ったろ。ウチの大事な書類だよ。……あぁ、ウチといっても上亜商のだぜ。悪く思わないでくれよ。出向の身分ってな肩身が狭いんだ。表向きには従順に振る舞っておかないとね」
「そもそもこいつはどこから現れたんだい」
「さぁてね? 上野は多様性の街だからねえ……。大方よその星から来た荷物にでも紛れ込んでたんだろ。まったく迷惑な話だ」
「なんでもはぐらかすよなお前は」
「いやいや、はぐらかすってなんだよ。この蜘蛛についてはホントに知らないんだって! まったく迷惑な話だぜ。でかい蜘蛛!? 気持ち悪いよねぇ。それともこれかい? 巻物が気になるのかい? そりゃあ行き過ぎってもんだぜドゥームズデイよ。何度も言うがこいつはウチの機密書類なんだ。いくらお前が昔馴染みっていっても中身を見せるわけにゃあいかないね。常識だろ? NDAってもんがある。大体お前さんはこいつがなんに関する書類なのかどうかも知らないだろう」
「ああ、知らない」
「じゃ、なんで読みたがる? 活字中毒ってやつか? なんでも気になったら読みたくなるのか?」
「聞かせろ。その書類はアトランティスと関係はあるのか?」
「だから、私がそれを肯定したり否定したりするメリットがなんかあるのかい? お前さんに返す答えは“ノーコメント”しかないよ。ところでアトランティスに興味があるのか?」
「ああ、あるね。私の悩みを多少は解いてくれるかもしれないからな」
「悩みって?」
「時空だよ。捻れてることは君の耳にも入ってるんじゃないか?」
「多少はね。だがそれとアトランティスとなんの関係がある?」
「少なくとも一機、噛んでるやつがいる」
「フム……」

 水縁はアゴに手を当てて考え始めた。あれは品定めをしてるときの顔だな、とゆずきは思いまくしたてた。

「なあ水縁。君は確かに上亜商に出向の身だ。複雑な立場だろうが君の最後に見据えるべきポイントはつまるところ……」
「シンギュラリティの未来、ってか?」
「そうだ。だから多少は協力的になってくれてもいいんじゃないか? なにも上野に砂ひっかけろっていうわけじゃあない。土屋にそうしたように……アトランティスの件に関しては我々は手を組み、情報を共有できるんじゃないかい?」
「ふーむ……」

 水縁はいよいよ腕を組んだ。もうひと押しか? ゆずきが次の矢をつがえようとしたそのとき、水縁は返した。

「ドゥームズデイクロック。羊は好きかい?」
「羊……?」

 水縁はニンマリと歯を見せて笑った。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます