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マシーナリーとも子ALPHA ~迫る尋問篇~

「タイムマシンの場所を知らない、と……」

 ワニツバメはもう一度深くパイプを吸うとたっぷり煙を吹き出した。鎖鎌はワニツバメに見据えられながら脂汗を滲ませる。タイムマシンの場所は知らない。この答えは半分……いや、7割ほど嘘だった。タイムマシンの場所は知っている。だが起動のさせ方を知らないのだ。なんだっけ……確かシンギュラリティのサイボーグじゃないと動かせないんじゃなかったかな? 

「何か……。含みのある顔ですねえ。部分的に知ってるとか、そんなんじゃないでスか?」
「は、はぁ〜〜? 知らないって! 私新入りだし! 人間だし! 教えてもらえるわけないじゃん!」
「私たちシャーロキアンはね、基本的にはただのホームズ好きなんでスよ」
「ん?」

 ツバメは部屋の脇に畳んであったパイプ椅子を広げると腰掛け、またパイプをスウと喫んだ。鎖鎌は依然吉村の席から動かなかったが、相手が文字通り腰を据え始めたことに警戒した。どうすればこいつは帰る……? あるいは……撃退し、錫杖を吐き出させることができるだろうか?

「バリツを身につけるのにしてもそうでスし……。このようにパイプも嗜めば、人によってはクスリをやる奴もいましたよ。ああ、私はやりませんよ?」
「なに馴れ馴れしく身の上話してんのさ!」
「ここに侵入できたのに使った……私の推理能力もそうやって培ったものなんですよ」
「推理……?」
「そう。私は……ある程度ですが情報を集め、それをもとに事件を解決できる探偵としての能力を持っているということでス。バリツが優れているだけではWatson位階を得ることができなかった……。すぐれた洞察力を兼ね揃えていなければね」
「なにが言いたいの?」

 鎖鎌は警戒心や恐れの気持ちよりもうざったさが増してくるのを覚えた。こいつは何様のつもりなんだろう? 自分が恨まれてることに気付いてないのか? なんで呑気にいつまでも自分の話をし続けるんだ? 自分の親友を飲み込んだ奴のプロフィールなんて宇宙一興味ないって、そういうのが伝わらないのか?

「察しが悪いガキでスねぇ〜……。今回の件に限り、我々は手を組めると思いませんか?」
「……意味わかんない! 誰がアンタなんかと!」
「もう一度聞きましょう。タイムマシンはどこにありまスか? 鎖鎌」
「だから知らないって……」
「タイムマシンをあなたは使えるのでスか? 鎖鎌」
「わかんないって! 私には知らされてないって!」
「あなたはタイムマシンの動かし方を知らない。そうですか?」
「なんで同じこと何度も聞くんだよー!」
「あなたは、タイムマシンの場所を知らない。そうですか?」
「だから知らないって言ってるでしょー!!!」
「フム……」

 ワニツバメは腕を……正確には右腕と左ワニを……組んだ。鎖鎌はツバメのしつこい問答で息が荒くなっていることに気づき、ハンカチで汗を拭った。なんなんだこいつ本当に……。

「鎖鎌、あなた……」
「なにさ!」
「嘘をつくとき、つい眉毛を弄るクセがあるみたいですね」
「えっ……!?」

 鎖鎌は思わず自分の眉毛を触った。そうなのか……!? 自分でも気づかなかった……! こいつ、本当に探偵……!?
 鎖鎌は青ざめた。じゃあ、これまで話したことは……。

「……鎖鎌、あなたは、タイムマシンの場所を知ってるが動かし方は知らない……。そうですね?」
「…………」

 鎖鎌は俯いた。自分の血の気が引いているのがわかる。急に寒くなってきた気がしてきた。

「……鎖鎌、顔を上げなさい。さっきも言ったでしょう。このことについて我々は手を組めるかもしれないとね」
「なんのこと……」
「あなたは本当に私の話を聞いてないのでスね? 我々の目的は同じなんでスよ? 2010年代に飛び……マシーナリーとも子に会いたいという目的の上ではね」
「あ……」

 鎖鎌はポカンと口を開けた。こいつ、厚かましいことを言おうとしている……!

「私にそのタイムマシンを見せてもらえれば……動かし方を解き明かせるかもしれませんよ? 私の探偵としての能力があればね……。秘密を暴いてみせるのは得意ですから」
「アンタ……マジで言ってる!? 別にそんなことに頼らなくてもふつうに吉村さん達に使わせてもらえば……」
「じゃあなんで使ってないんでス?」
「う……。そ、それは今はちょっと都合が悪くて……」
「とっとと使ってとっとと帰ってくりゃあいいじゃないでスか。タイムマシンなんだから。それができないってのはなにか都合の悪いことが起きてて使わせたくないってだけでしょう」
「それは……確か時空がどうのこうのとかで……。でもタイムマシンで落っことすだけならいいとも言ってたなあ〜……」

 鎖鎌は考え込みながら天を仰いだ。そのためワニツバメの顔が目に入らなかったのだ。鎖鎌の言葉を耳にして妖しく口角を上げたツバメの表情を……!

「そうでしょう? ヤツらの言ってることはもっともらしく聞こえるでしょうが、その実お前を手放したくないだけなのですよ」
「なんで……」
「より未来からの存在ということに加え、私という脅威に立ち向かえる貴重な戦力だからですよ。だからあなた、新入りにも関わらずひとりで留守番させられてるのでしょう」
「それは…………そうだけど」

 鎖鎌は素直に認めた。これはツバメに対して自分のポテンシャルをアピールしておきたい狙いもあった。将来首を取る相手だ。その相手が自分を評価するようなことを言っているときにわざわざ謙遜する必要はない。それに、吉村が鎖鎌を残した理由は確かにツバメの言う通りではあった。

「ですがその心配は……ひとまず消えると思いまセんか? だってタイムマシンが使えれば……あなたと一緒に私も2010年代に向かうんですからね」
「…………」
「姿を消すことについて、あなたという穴が開くことについて、とりあえず後ろめたい思いをする必要はなくなるわけです。違いますか?」
「…………」

 鎖鎌は返事をせず、ただツバメの瞳を睨みつけた。ツバメは挑発的になることはせず、ただその視線を受け止めるのだった。

「……ついて来て」
「仰せのままに」

 鎖鎌は、宿敵を後ろにつれて部屋を出た。

***

「汚い部屋でスねぇ……ここがタイムマシン?」
「うるっさいな……」

 鎖鎌はワニツバメを池袋支部のタイムマシン……仮眠室に招き入れた。

「私も、動いてるところは見たことがないし……それに基本はサイボーグが頭の中で考えて動かすらしくて……スイッチとかそういうのは見当たらなくて」
「わかりやすいコンソールが無いというだけかもしれまセんよ? すべてをネットワーク上だけで済ませるのは、それはそれで困るはずでス。オフラインの緊急時に動かせませんからね……。スイッチとかはなくても、こいつだけで動かす方法もあるはず……よっと」
「わ!!」

 ツバメがいきなり畳の端をワニで叩き、裏返したので鎖鎌は尻餅をつきそうになった。

「なるほど、畳の下に配線……壁の裏に通じてるようでスね。そしてこれは……」

 ツバメは裏返した畳の側面を凝視する。

「これがある種の補助電源的役割をするようでスね」
「なにさ……あ!」

 畳の側面には、ぐるりと一周してマントラがプチ刻まれていた。

「ここの畳、全部……?」
「おそらく。言うなればマントラのソーラーパネルでスね」

 次にワニツバメは押入れを開け、中から布団を取り出した。

「押入れの中なら無いよ。前に私も……」
「よっと」

 ワニツバメが押入れの天井を押し込むと、板が外れ上部の空間が露わになった。

「え!?」
「ちゃんと調べたんでスか……? あなた」

 ツバメは訝しげな目線を鎖鎌に向け、鎖鎌は妙な恥ずかしさから目線を反らした。

「フム……無数の配線に……これは、マニ車……?」
「マニ車?」
「いくつもマニ車がありますね……。それに……お経だけじゃなくてこれは……フム、時を表すマントラが刻まれていますね」
「どーゆうこと?」
「このマントラはエネルギーを産み出すだけでなく、どうやら時間を調節する機能も備わってるようでスね。なるほどな……」

 ワニツバメはマントラを適度に回転させながら数枚写真を撮った。ついで配線まわりも全容は掴めないにしても念のために数枚。

「もしかして、もうわかっちゃったの?」
「まさか。私はそこまで万能じゃありまセんよ。とくべつ機械に強いわけでもありませんしね……。ただ、どうすればこのマシンをハックできるのかはなんとなくイメージが湧き始めました……。少し思考する時間が欲しいところですね。欲を言えばもう少し調査も……」

 そのとき、鎖鎌の携帯端末が鳴り響いた。

「あ」
「なんでス?」
「い、いや……」

 吉村と前澤がすぐ近くまで帰ってきているとの連絡だった。鎖鎌は迷った。これをワニツバメに共有するべきなのか? だが探偵に嘘を隠し通すことは不可能だった。

「当ててみましょうか。サイボーグたちがすぐ近くまで帰ってきてるんじゃないでスか?」
「はう! ど、どうして……」
「こんなの推理とも呼べまセんよ……。あなたが私に隠そうとする連絡といったらそれくらいじゃあないでスか。それにこの時代であなたに連絡を入れてくる知り合いはサイボーグくらいしかいないはずでス」

 鎖鎌はその言い分に多少のムカつきを覚えた。それはお前が友達を食べちゃったからだろ。
 ワニツバメは押し入れからはいでてくるとドレスについた埃を落としながら言った。

「さて……鎖鎌。あなたにとっていま、どうするのがいちばん合理的でスかね? サイボーグたちにどう接するべきか……。なにがいちばん得になると思いまスか?」

***

「ただいま~~」
「お、おかえりなさい! ……土屋さんは?」
「そのままデータセンターに預けてきた。いろいろ調べてみるってさ。……なにもなかったか鎖鎌?」

 前澤からそう聞かれて鎖鎌は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を作って返した。

「な~んにも無かったよ!」

***

(しかし……見事なものだったな。ツバメ)
「ん? なにがでス?」

 N.A.I.L.の支部に戻る最中、セベクはツバメに語りかけた。

(さきほどの鎖鎌との問答だよ。見事な推理だった。あの推理がなければヤツからタイムマシンの場所が聞き出せなかっただろう)
「あぁ、アレですかぁ? 別に推理でも無いですよ。カマかけただけ」
(なに?)
「ああいうタイプは自分で深く考えないですからね……。適当に誘導してやればああやってウソはつけないと思いこんでべらべら喋りだすんですよ。当然眉毛をイジるとかも嘘っぱちです。誰だって無意識に眉毛をイジるくらいやるもんですからね。コツはいかにもそれっぽく振る舞うことでスよ」
(いやはや……それもシャーロキアンの教えか?)
「探偵は常に容疑者に大して心理的優位に立ってないといけまセんからね。基礎の基礎でスよ」
(覚えておくよ……。今後お前さんに言いくるめられないようにな)
「ナハハ、セベクにはしまセんよ~。噛まれたくありませんしね。まあ気づかれないように最新の注意を払って……とかはやるかもしれませんけどね」
(オイ!!!)
「それにミス トルーにはぜーんぶバレちゃいますしね」
(ま、それもそうだな……)
「あ~、おみやげでも買って帰りまスかね。首尾よく進捗を出せましたしね」
(早く行きたいものだな……2010年代、我らの仇敵が待つ時代に……)

 腕にワニをつがえた異様なシルエットの少女は池袋の喧騒の中に消えていった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます