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マシーナリーとも子ALPHA 〜超能力者と猫公園篇〜


(……疲れた……)

 トルーは声に出さずにそう漏らすと、国連からの潤沢な資金提供で購入した上質なオフィスチェアの背もたれに全力で体重をかけた。忙しい。人類の既存の仕組みでは解決できない様々な事態──宇宙人、原住亜人、異次元人、怪獣、UMA、サイボーグ──を鎮圧する。ここ数年でN.A.I.L.が請け負うようになり、組織拡大のきっかけとなった重要業務である。これらの活動から得られる収入は莫大なものであったし、国連の庇護を受けることは、N.A.I.L.の最終目標……人類を地球の支配者とし、その頂点としてエンハンス能力者……爪を持つもの達が立つ……を果たすにおいても大変有用だった。仕事を請けないという選択肢はなかった。
 だがこれは……ここ最近の忙しさは少しおかしい。1日の出動依頼が10を超えることは珍しいことではなかった。10の依頼があれば10の仕事をすればいい、というほどことはシンプルではない。ひとつの依頼に対し、その殲滅目標の調査、最寄りの支部の人材の確認、派遣要員の必要性と確保、必要な労力と時間・コストの計算、それらを踏まえての最終的な出撃の判断……こういったことごとすべてが話し合われ、承認され、ことは動き出す。当然新たに発生した案件だけでなく進行中のものも複数ある。そうしていればN.A.I.L.の人員は足りなくなるので当然あらたなどうぶつ人間となる素質のあるものをスカウトしなければならない。そうした人材を管理するための人事部も必要で、最近はそのためにアリやハチをエンハンスさせたどうぶつ人間を作り出したりもした。
 当然、すべての業務、すべての会議にトルーが気を揉んで出席し、把握しているわけではない。そのためにある程度の権限を与えた部下も複数名いる。それでも……すべての案件について最終的に決定を下すのはトルーであり、仕事が増えれば増えるほど彼女が判断を求めれる回数は増えるのだった。

(疲れた……)

 トルーは机の上にあったスポーツドリンクの中身を、少しずつ自らの口内にワープさせた。以前は胃袋の中に直接送ることもあったが、やはり「飲食」というものは口の中で味わい、咀嚼し、喉で飲み込まなければならない。腹を満たすだけの飲食は却って精神的によろしくないことを彼女は知っていた。
 トルーは人類最強のサイキッカーであり、その戦闘力・人心掌握術は常人のそれを完全に逸脱していた。だがビジネスとなると話は別で、他人が検討した案が妥当かどうか判断し、決定を下すという行為に超能力はイマイチ役に立たなかった。いっそのこと自分が出ていって超能力で圧殺すれば早いのではと思うこともあったが、ビジネス書を読むと管理者がいつまでもそんなことをしていては後進は育たないのでやらない方がいいと言う。後進が育たなくなっては困るので、トルーは自分の趣味的な活動以外で戦闘行動を起こすことはなくなっていた。
 超能力は決して万能ではない。そのことは昔から知っていたが……。

(人生というのはままならないというか……。そういう理解ってもっとドラマチックな形で思い知るモンだと思うんですがこうして仕事の中でわからされるのもつまらないですねえ……)

 トルーは立ち上がると正装に着替えた。同居人のアークドライブ田辺はトンカツ屋の仕事、ワニツバメはセベクからせがまれてバナナワニ園に出かけている。空き時間に一人でいると惰眠を貪ってしまうだけで1日が終わってしまいそうだと思った彼女は最近お気に入りのスポットへ足を運ぶことにした。

***

(呑気なモンですねえ、あなた達は……)
「ナーン」

 トルーは東池袋にある公園に来ていた。この場所には多くの猫が住み着き、周囲の住人を癒しているのだ。トルーは特別猫好きというわけではなかったが、彼らのつかず離れずな態度はトルーの心を癒した。

(ふぅーむこうやって猫を見ていると……ライオンを思い出しますねえ。ブレインウォッシュした後また千葉を任せてましたが……最近はどうしてることやら)
「ンナムアーン」

 トルーが物思いにふけっていると猫が奇妙な鳴き声を上げ、トトトと走り出した。トルーはボケーとその様子を眺めていたがすぐに異常な気配を察した。走り去る猫の行く先に……塊のような猫の気配! 30匹はいようかという猫の大群が向かってきていたのだ。

(何事です……!?)

 その数だけでも異様だったが、さらにその中心にある気配がトルーの心をざわつかせた。いや、その姿は目視できる距離まで近づいている! 絨毯のように広がる猫たちの中心でひときわ大きな四つん這いの影……! 騒がしく、雑に発せられる擬似徳のエネルギー……!

(ゲェ……あれは……)

 トルーがウンザリしていると、向こうも彼女に気づいたようで大声を上げた。

「ゲェーッ! 超能力者じゃねぇーか! なんでいるんだよ!」
(市民の憩いの場にいちゃいけませんか……? ジャストディフェンス澤村。むしろ殺人サイボーグのあなたこそ招かれざる客でしょう)

 澤村は高速移動形態を解除し立ち上がると全武装を構えて警戒した……身体中に猫をまとわせながら!

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます