すごいクリスマスを体験した

クリスマスツリーを”年末の象徴”として、
エンカウントした敵くらいにしか思えなくなって
ずいぶん経つ。そんな師走の折。

ウクライナから日本へ避難してきた方たちが
現地の料理を振舞ってくれるという店を発見した。
しかもクリスマスが近くなると
”キーウのスペシャルクリスマスディナー”
として、クリスマスの再現メニューが出るという。
これをなんとしても食べてみたかった。

インド料理でもなんでもそうだが、
店で出てくる料理と現地の家庭料理は別物だ。
商売として海外向けに客体化されていない、
今しかチャンスは無いと思った。

スペシャルメニュー開始の報を受け、いざウクライナ。
先に注文したのが「オレンジワイン」という謎のワイン。
オレンジではなく白ブドウから作られていて、
皮ごと作るのでオレンジ色になるという限定生産のお酒らしい。
とにかく現地で馴染み深い定番なコースをと頼んだ。
キリスト教の12使途になぞらえて、12種類の料理を
用意するコースなのだそうだ。綺麗なウクライナ人の
女性が一品目から丁寧に説明してくれた。

麦とレーズンの蜂蜜と杏のサラダ。
酢でしめたニシンに砂糖大根を毛皮のようにコマ切れにかけたパフェ。
生鮭とチーズのクレープ。
イクラとクリームチーズのトースト。
ラビオリという名の水餃子。
トマトジュースのように真っ赤なボルシチ。etc…

どれも見た事のない料理ばかりだし、
味も食べた事のない味がほとんどだった。
私はずっと目を丸くしたまま丁寧に味わっていた。
いわゆるレストランで出てくる味ではなく、
いかにも田舎のお母さんが作ってくれる料理、
といった優しげな味がした。

しかしメインディッシュの
”鶏肉の燻製と野菜のトマト香味ソース”
を食べた際に違和感を感じた。
今までずっと感じていたが、全体に味が薄いのである。
ニシンもそう、ボルシチもそう、塩ではなく
甘味か酸味で食べる料理ばかりなのだ。
不味い訳ではないので「そういう文化なのだ」と
割り切って食べていたが、鶏肉の燻製に塩気がないのは
料理の公式としてさすがにおかしい。ソースもほのかに酸味があるだけ。
そもそも鳥が燻製になっている時点で保存食なのに、
それに塩が使われていないのである。

「ウクライナ 塩 歴史」で検索してみたら。
出てくる出てくる、帝政ロシアの塩に対する重い関税。
庶民にはそうそう塩が手に入らなかった歴史。
目的を達せられない事を「塩気のない料理を食わされる」
と表現するなど、やたら塩に関することわざが多い事。
そもそも料理に塩を使わず、最後に振りかける量も
家長が決めること。他もろもろ。

やすやすと塩が手に入る現代のこの日本で、
レシピを変えずにこの料理を出してくれた事を、
本当に有難いと感じた。これが年に一回の、
一回食べられるかどうかのご馳走なんだと、
謎の切実な緊張感と感動をもってして食べた。

同時に、おせちによく似ているなと思った。
海外の人が日本の文化的な最高のごちそうを求めたとして、
どれだけの人が旧式のおせちに行き着くだろうか。
仮に辿り着いても、こぶ巻やら黒豆やらを食べて、
「不味くはないけど、これが一番のご馳走なの?」
という気持ちにならないだろうか。
明治以前の、食料の保存が難しい時代から受け継がれた、
そんな貧しい文化を、「最も貴重な物」として
受け入れられるだろうか。私だったら相当に
親しい友人でなければ恐らく出せない。

デザートの林檎のケーキがバッチリ甘かったので、
やはり薄味が特別好きという訳でもないのだと思った。

そんな訳で、小学生の頃以来の、
身にしみいるようなクリスマスを体験できた。
お店は東京にあって値段も安めの店の倍くらいなので、
どこかで低評価になっていても不思議とは思わない。
でも興味がある人には本当に貴重なお店だと思いました。
おわり。



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