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【ロック少年・青年・中年・老年小説集】「中年からのバンドやろうぜ1…〈肥満とブルーズ、減量とロック⑦〉~気功教室とロックふたたび1~」

ユキオは、標準体重に戻っていた。
脳梗塞の疑い…たぶん、本当に「梗塞が起きたが奇跡的に治癒した」という
脳神経内科の医師の言うことが当たっているような気がしていた。


体調はだいぶ良くはなっていたが…
めまい症が完治したわけではなかったし、
まだ、急に体がだるくなったり、
調子が悪くなったりを繰り返していた。

体調をよくしたい、
減量したい…そう思っていたユキオの、
その二つをかなえる教室がみつかった。
タウン誌のある広告で、それをみつけたのだ。

「麗蘭痩身気功」…
れいらん?
あのれいらん?
まさかな…

京王新線の駅か…
桜上水から歩いていけばいいかな?
途中道が切れるが…
緑道が続くのでウオーキングには適している。

ユキオはウオーキングになれ、
いまでは1日1万歩だけではなく、
桜上水から井の頭公園まで歩いたりするようになった。

神田川の緑道だけでなく、
世田谷の緑道も面白い。
三軒茶屋あたりをこえ、
なんと目黒区に至る緑道もみつけた。

気分が乗るときは、自転車と徒歩を並行して、
野川や等々力渓谷、多摩川を歩いたりもした。
万歩計がともだちであった。


朝は5時に起きて、2時間歩く。
夏は7時をこえると、
もう直射日光で歩くのがきつくなる。
なので、早いときは3時半くらいに起きて、
7時くらいまで歩くときもある。

1万歩はルーティーンとなり、
いまやときどき6時間歩いて、3万歩という記録も出るようになった。

井の頭公園には3時間かかるので、さすがに、仕事があるときは、
着いたと同時に井の頭線で戻り、下高井戸で降りたりした。


ある日、仕事に影響が出ない日の昼間に、
麗蘭痩身気功のタウン誌の広告を切り抜いて、
幡ヶ谷に向かった。

神田川の緑道を歩いて、途中給水場のところから、
水路に出て、甲州街道沿いに新宿に歩いた。

11時くらいに着くと、雑居ビルの2階に上がった。
一昔前の雰囲気だった。
廊下に出ると…灰皿の両脇に2人がうんこ座りをして、タバコを吸っていた。

あまりにがらが悪いので、見ないふりをして通り過ぎた。
すると、すぐに「麗蘭痩身気功」の看板がある。
看板に正対したとき、
「入会希望の方ですか?」

うんこ座りの一人の女性が声をかけてきた。

「はい。これ…」
逃げようと思っていたが、うっかり反射で切り抜きを
見せてしまった。

「どうぞ、こちらです」
ドアが開いて、受付があった。
中は、とてもきれいだった。

明るくて清潔。
少し安心した。

うんこ座り1の女性が受け付けに入って、
入会の説明を始めた。
パンフレットのようなものをもらって、
出ようとしたところ、
うんこ座り2の中年男性につかまった。

「カウンセリングを初回無料でやってますから、
奥にどうぞ…」
こわもての男性は教室の先生というか、
代表の方だった。

強引な感じとともに、
なんだか、漫才師の師匠のような、
洒脱な感じもあって、気になる人だった。

白衣を着ていて、
奥の部屋に通されると、
座席1つに座るようにいわれた。
先生は立ったまま、ホワイトボードの前に立って、
説明を始めた。

中国の気功の話。
先生と中国の大学との共同研究の話。
気というもののこと…
おもしろかった。話がうまい。

ただ、エビデンスは?
真偽のほどがわからない、
どこか詐欺師のようなにおいがあった。

しかし、
悪い人とは思えなかった。
情熱を感じた。

「コグレさんでしたね。コグレさん、
病気はだれが治しますか?」
「え…医者です」
「ちがう!」
「ええ…」

急に大声を出されて、びびった。
「コグレさん、病気はだれが治しますか?」
「え…」
言葉に詰まった瞬間、
先生の指先が、ユキオの額のまんなかにぴたりととまった。

「ここだ…」
「あ…」

「つまり、コグレさん。
病気は薬でもなく医者でもなく、
脳が…それもほとんど自律神経…つまり脳下垂体と視床下部で、
治せるんですよ」

なんだか、おっという驚きと、
この先生に教えてもらいたいという気持ちが不思議に浮かんだ。

「入会します…」

ユキオは13万円を10回払いで払うことにして、
麗蘭瘦身気功を出た。