【ロック少年・青年小説集】「25歳からのバンドやろうぜ1~初めてのステージに立ってみよう⑥【ヒデキ師匠登場②】~」
「ユキオ、コーヒー飲むか?」
ヒデキはネルドリップで出してくれる。
それが喫茶店よりうまい。
ヒデキは喫茶店でも成功するだろうと確信した。
「うまいっすね。何をやってもいいのつくるよね。ヒデキさんは」
「ユキオ、そういうけど、コグレの血筋だからわかると思うがさ…この職人気質というよりは事務員気質がパラノイア的にくるったように入り込むってのか…いやんなるよな。こんな性分が」
わからないこともないが、ヒデキのお父さん、ユキオのおじさんやうちのおやじ、じいさんのコレクターみたいな偏執狂的な資質をいってるんだと思うが…。
「ヒデキさん、おれ初めてバンドに入ったんですよ」
「おまえがか?」
「変ですか?」
「おまえはどっちかといやあ、一人でやるイメージだけどな」
「フォークシンガーみたいなやつ?」
「岡林信康とか…高石ともやとかな…」
「あんまり、聴いたことないですけど…もうひとこえ…なんかいい感じのイメージありませんかね?」
「うーん。おれは好きだけどね。二人とも。じゃあ…友部正人とかかな?」
「ん。お世辞でもうれしいですね」
「遠藤賢司、友川カズキ、加川良、三上寛、高田渡、西岡恭蔵、早川義夫はどうよ?」
「ちょっとお世辞がすぎましょう」
「まあなあ、おまえのギターだけどな…」
「ええ、ヒデキさんはどう思います? バンドの連中から『コグレさんはうまい』って絶賛されたんですよ。あ…テープ聴いてもらえますか…そんときの練習のやつです」
「おお、いいよ。おもしろいじゃんか」
ヒデキさんが、てづくりスタジオに設置してあるテープデッキに入れて再生してくれた。
しばらくしてヒデキさんの失笑、そして爆笑が続いた。
ヒデキさんは毒舌というよりは「嘘がない」だけの人なので、
そんなに傷つかないでアドバイスをきけるのがうれしい。
意外に真剣にというか、カモンエブリバディとサマータイムブルースを全部聴いてくれたのに感激した。
ヒデキさんは、元プロミュージシャンなのだ。
緊張というよりは、こんなレベルの人間の音源を真剣にきいてくれることがうれしかった。
「うん。おもしろいじゃんか」
「ほんとですか?」
「まあ、ど素人で学芸会レベルと考えたら、
このドラムのやつはなかなかいいよ」
Fの評価が高いことはなんとなく予想していた。
「何がいいんすか? ドラムのやつのプレイは」
「彼はさ、自分で考えてフィーリングで思い通りにやってる感じだな。
自由さがいい。タイム感あんまりよろしくないし…たぶん、彼は…長い曲を何曲も演奏したり練習したりしたことがあんまりない感じだな」
よくわかるもんだ。初めて聴いただけで。
「ボクのギター、どうです?」
「やっぱりコグレの血は感じるな…几帳面で神経質なリズムギターだわ。
おまえ、音楽を勉強したことない割に〈タイム感〉いいよ」
「ほんとすか? うれしいです。ヒデキさんにそんなこと言われるとは…」
ユキオは、このバンドに参加する場合の心構えみたいなものを聞いてみた。
「ああ、バンドってのはまずは有機体みたいなもんで、杓子定規に考えないことだな。〈理不尽なこと〉をおおめに見ることだわ。しかも、おまえ、5歳も6歳も上なんだろ?」
「ええ、そうです」
「だったら、全部おおめに見てやって、初ステージをまずバンドを利用して実現させたらいいじゃんか」
相変わらずの卓見に恐れ入る。
「バンドの曲はどうやって決めるのがいいんですかね?」
「理不尽はまあ、おおめに見て〈おまえがやりたい曲をやる〉のがいいんじゃない?」
「喧嘩になりませんかね?」
「ほぼど素人なんだし、唯一おまえが1曲全部弾ける訓練をしているんだから…どうせユキオが全部コピーした曲しかできやしないんだろ? だったらお前が好きな曲でバンドに合いそうなのを仕上げちゃえばいいんじゃないの?」
心が決まった。
ヒデキさんのアドバイスはほぼ自分が感じていたことと同じだった。
「じゃあ、セッションしようか」
AとDのコードの繰り返しでヒデキさんがリードを弾く。
そのあとにユキオがなんちゃってリードや適当なコードプレイをして遊ぶ。
ヒデキさんは適当にリズムやコード進行を変えていく。
ユキオが生意気にレコードで覚えたフレーズやコード進行を弾いてヒデキさんを試す。
ヒデキさんはその曲のリードギターを弾いたりしてくれる。
そんなふうにして、ユキオの練習に付き合ってくれるのだった。
今日も充実した時間があっという間に終わってしまった。
帰りがけにヒデキさんはユキオにこう言った。
「一曲弾くっていうのは儀式みたいなもんでさ…その長さに耐えたときに音楽からの快楽をやっと受け取る状態になれるわけだから…バンドの子たちには1曲通してやったときの快楽を教えてあげなよ…おまえはバンド経験ないわりに、1曲通して演奏する持久力がもうついているから…たのしんでやってこいよ」
初めてのステージはあと1か月後に迫っていた。