【ロック少年・青年小説集】「東京にやってきた」②~隣室のヘビメタギタリストi君とのおもいで~
ユキオの隣室にはi君というギターのうまい大学生が住んでいた。
i君は東北の地方都市出身。
得意なのはライトハンド奏法だった。
元々が坊ちゃん育ちなのか、木造共同アパートにもかかわらず、
かなり大きなアンプでヘッドフォンもせず、大音量で白い国産メーカーのSGを弾いていた。
ユキオもエレキギターを持っていたが、彼の腕前を見て、
リードギターは自分には無理だろうという諦めが強くなった。
高校2年までユキオが毎日のように中毒していた音楽ジャンルを得意にしていたi君は、かつて自分がとても弾けないと諦めたグレンティプトンのライトハンド奏法を完コピして目の前で見せてくれた。
嫉妬すら起きず、ヴァンヘイレンのイラプションを得意げに弾くi君を、
それほど感動もなく見ている自分に気づいた。
AC/DCのセラピーのおかげで、ディストーション中毒、ヘビメタ依存症は癒えていることを自覚すると同時に、ますます、ヘビメタはギターで弾くことはもうないだろうとなんとなく悟った。
i君を通じて知り合った数人の彼のバンド仲間と成り行きで遊びにいったことがある。
S君はRCサクセションやローリングストーンズが好きだった。ユキオはRCの武道館ライブをテレビで見た時のチャボの拙さをS君に話すと、彼は怒ることもなく、穏やかにこういった。
「速弾きはうまくないな。でもさ、センスいいよ」
意外にもその一言にユキオは衝撃を受けた。
「センス…? その視点があったか…」
世界が開けた気がした。S君はその後、i君と音楽志向が合わず、離れていった。しかし、S君からの一言は、その後ロックのギターは巧みに弾くことだけではなく、〈サウンド創造のためのギター〉ということを考えるきっかけになった。
そうか、センスという視点で見たときに「チャボ」も「キースリチャーズ」もセンスがいいということか!
ひとつの謎がとけた時期だったといえる。
人間業とも思えない速く弾くギターと、いろんなバックボーンを経たうえでの多彩なプレイとを同列に置くことが、的外れなことをいまさら気づいた時期であった。
ジミーペイジが下手くそだというヘビメタ仲間が多かったし、i君ももちろん、レッドツェッペリンのことは眼中にはなく、もちろんAC/DCも興味をもっていなかった。彼からはタイガーズオブパンタンのジョンサイクスのアルバムをすすめられたりしていた。
ちなみに彼のコレクションから借りたアルバムはナザレスのアルバムだけだった。彼はナザレスをつまらないと言っていたが、そんなにつまらなくもなかった。
i君のバンド仲間にもう一人、影響をうけたk君がいた。
彼はボーカリストでヘビメタにはまったく興味をもっていないが、
i君と同じバンドを組むことになっていた。
歌はうまいとは言えなかったが、
いかにもロックバンドのボーカリストという性格にユキオはショックをうけた(下品ですけべでしたたか。口がうまく、強気で陽気なバンドの人間をそれまで見たことがなかったのだ)。
彼が好きなミュージシャンはエアロスミスにジョニーウインター、ローリングストーンズ。
「エアロスミスはロックスより前」
愛知県中部のなまりを抜こうともしないおもしろい男だった。
どのミュージシャンも、あんまりなじみがなかったが、
彼と遊びにいくと、あまりにも同じことを言って絶賛するので、
影響されてしまいそうになった。
i君はいわばきれいなヘビメタさんで、k君は汚いロックンロール、ハードロッカー。
試験勉強に専念するようになって、i君たちとは疎遠になってしまった。
i君たちはその後、k君とバンドを組んで、大学のサークルを通じて活動をしていたようだが、深夜のアルバイトを始めたi君とはますます会うことはなくなった。
3月、大学が受かったあと、アパートを去る前にユキオはi君にあいさつに行った。
彼はユキオの大学合格を喜んでくれた。
せっかくだから、最後に食事をしようということで、
野方ホープに深夜ラーメンを食べに行った。
新宿のローリングストーンでアルバイトをしていると聞いて意外に思った。
i君はk君の影響で、路線が変わったのか?
タイガーズオブパンタンを聴いていた男と新宿のロック喫茶はなんか違和感があったが、相変わらずデビュー当時のヴァンヘイレンみたいな髪型をしていた。
どうしてなのか、最後の食事のとき、彼のバンドの話やロックの話、ギターの話は出なかった。
音楽の好みが合わなくなっていたことがお互いに自然と知れたのかもしれない。
出るのは下の大家さんといかに仲が悪いかの話だった。
音楽の話は出なかったが、それなりに楽しい時間を過ごし、
ラーメンを食べてそのままアパートに戻った。
その後、彼とは会うことはなかった。
その頃、ユキオはロキシーミュージックやローリングストーンズ、レッドツェッペリンのコーダなんかを聴いていて、ヘビメタの類は一切聴かなくなっていた。プロモーションビデオでもジョージャクソンのステッピンアウトが大好きだった。反対にRAINBOWの新曲はくだらなく感じた。好みが変わったことを自覚できた。
【どんなに速くギターを弾けても、
いい曲がつくれなきゃ、
意味ないじゃん。
それまで知らなかった面白いロックが周りにいっぱいあるのだ。
どんどん自由になっていく。
あれもこれも、聴いてみたい。
大学に受かったのだ、
もう、好きなだけ聴いていいのだ!】
ユキオはそう考えるようになっていた。
ちなみに、k君の好きだった音楽は、数年たたないうちに、
ユキオの大好きなものになっていた。
いまでも、エアロスミスを聴くと、
時々k君のことを思い出す。
「いまでもきっとエアロスミスを聴いているんじゃないか…
ロックスより前のアルバムをね」
ユキオはそんなことを思った。