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三人の記憶:藪の中⑧~マリ先生④〈マリ先生vs.天方くん2〉~初対面でのカウンセリング【少年小説】

「天方くんね、須加マリです。スクールソーシャルワーカーとしてこの高校に来ています。よろしくね」
「須加先生、よろしくお願いいたします」

真面目で普段は礼儀正しいとは聞いていたとおりだった。
土曜日放課後、圧迫感を避けたかったので、校長に許可をとって校長室の隣の部屋を使わせてもらった。

元々は他の教科の準備室だったそうだが、校長室の隣ということが不評で校長や教頭が勉強したり、面談したりするための部屋になっていた。普段は校長が教員の相談に乗る部屋として使われていた。

一人用のソファが4つに小さなテーブルがある。窓際に机と椅子があって本棚が両脇にあった。入り口から細長い部屋になっていて、中ほどにテーブルがあった。

先に部屋に入り、入り口に平行に座り直角の位置に天方くんを座らせる作戦にした。これは精神科医が患者に対するやり方だった。人間は鏡であって正面で向き合うとお互いの情報が鏡として映るといわれている。運転席助手席の位置ならさらに情報を制御できることになる。天方くんは直角の近さに初めは戸惑っていたので、少し席を離すことにした。


「ごめんなさい。いろいろ資料を見せるときはこの角度なら楽でしょ?」

うなずいただけで、明らかに自意識過剰なまばたきを続けていた。

「小鹿先生からは、黒田くんとの関係を簡単に聞きました。いろいろあったんでしょうね。仲良くしたいのにできないのはつらいわよね」

まだ警戒しているのか、肩で息をしているようだった。

「みんなあなたの味方だから、心配してるだけよ。だから、心を軽くできたらいいわね」
「…」
「感想文は読ませてもらいました。文章が上手ね?好きな作家はいるの?」

なかなか硬さがとれないようなので雑談をしてペースを落とすことにした。
今回の目的は職業としては天方くんに吐き出したいことを吐き出してもらって、少しでも明るい気持ちに近づけられたらそれでいいと思っている。

もうひとつのスピリチュアルな側面からは、浄化できるものは浄化して、もし天方くんがポジティブな方向性を望んでいるならアドバイスするくらいで終わりにしようと思っていた。


「筒井康隆と小松左京です」
「あら、黒田くんも確か好きな作家ね」
「ええ」

苦い表情をした。

「黒田くんの名前出して気にした?ごめんね」
「いえ、先生は精神科医出身と聞きました。ほんとですか?」
「ええ、誰からきいたの?」
「みんな知ってますよ。先生はマリ先生とかマリネエと呼ばれてます。結構ファンが多いんです」
「ふふふ、女子生徒は少ないこともあるのかしらね」


「先生…マリ先生、ボクの話したこと、ほんとのことは黙っててもらえませんか?」
「守秘義務があるから、当然よ。ただし、教育上の問題は別になっているわ。でも、元々精神科医だから、他人には言わないわよ。約束するわ」

少しにっこりと笑った。
可愛いげがあり、詐欺師を思わせる。
というよりも、トートタロットの魔術師のイメージが浮かんだ。
同時に悪魔と吊り下げられる男に塔のカード、なぜかアートのカード。

直感でガイドから見せられた気がした。
一筋縄ではいかないタイプだといえる。


「あの、ボクはほんとは筒井康隆も小松左京も好きじゃないんです」
「なんで好きだって言ったの?」
「なんか、賢そうじゃないですか?」
「ぷっ」

わらいがとまらなくなって、天方くんは初めは戸惑っていた。
しかし、私のわらいがおさまると急に表情から緊張がとれていくのがわかった。

「ボクは、実はすごくプライドが高くて…それを治せないんです。なんとかしたい」
「そうだったのね。でも、私は気にしないわよ。私にはほんとのこと言ったらどう?」

天方くんはそのあと自分の話だけ延々20分くらい話していた。

メモることも必要がないくらい情景が浮かぶ、面白い語り口調で、引き込まれてしまった。映像を記憶して話すタイプ、作家になれるかもしれない。なぜかそう感じた。

「よくしゃべるわね、天方くん」
「あ、すいません。またやっちゃった。ボクはほんとに空気読めないしこういう状態になって嫌われるんです」


自責の念が強い。家庭の教育上、癖があった可能性もある。
「いいわよ。でもね、たぶん話の内容は事実から脚色されて加工されているところがありそうね」

厳しい言い方だったかもしれないが、あえてそう伝えてみた。

「そうでしょうか…そうかもしれません…言ってるうちに違っちゃってることは多いかもしれません…ごめんなさい。落ち込みますね…自分がいやです」
「自分をなんでそんなに責めるのかって考えたことある?」
「いえ、いつもなんだか頭がいっぱいになって…はたらかなくなっちゃうんです」


彼の後ろに煙のようなかたまりと、木の根っ子みたいなものが見えていた。これか…おびき出してみたかったので…もうしばらく彼には話を聞いてみたくなった。

ヤル〇バ〇〇ト…いや、まだ別のアー〇ンか?
陀羅尼を心の中で唱えだしていた…




【続く】
©2023 tomas mowa