【少年・青年・中年・老年小説集】「小心地滑国内旅行記…〈秩父への旅⑥〉」
ユキオはふてくされたというほどでもないのだが…
不機嫌そうに布団に寝転んだ。
ふとんはよくも悪くもない。
マットレスが敷いてあるのは気に入った。
自宅から持参したスウェットの上下だけでは寒いかもしれない。
あとで浴衣に丹前を重ねてみることにした。
5分くらい、卓袱台に背を向けて寝ていたが…
やはり夕食は気になる。
落ち込んでいるので…
食欲はなかった。
しかし、食べないでいれば料理はさげられてしまう…
そう考えるとただでさえ4000円高かったことを考えると、
おにぎりなどをつくっておくほうがいいと考えた。
冷蔵庫はある。
おにぎりをつくってしまっておこうと考えた。
ん?
考えてみると、おにぎりを入れるものがない…
ポテチの袋でも、
あればそこに入れられると考えた。
しかし、売店はこの旅館にはない。
自炊の設備があるので布団から出て見に行った。
お皿とかも、なんにもない。
自炊客は食器も持参するのか?
それとも盗難を恐れてしまってあるのか?
いずれにしても、
おにぎりをとっておくための袋のようなものが必要だった。
小さな画用紙にA6判くらいのノートがあるが…
さすがに小さいし、ごわごわするので
包装紙には無理だった。
あ。
ユキオは汚れた下着を入れているスーパーの袋を想い出した。
いますでにパンツなどの
替えたあとの下着が入っていた…。
袋はそれしかないので、
洗面台まで行き、
スーパーの袋を洗った。
水を切って、部屋に戻り、
ティッシュペーパーでスーパーの袋を拭く。
その中にお櫃に入っているご飯を調味して入れることにした。
コメはだいたい2合以上は入っているかな?
思ったよりは量がある。
醤油がある…
天ぷらをみつけた。
「天むす風にしようか?」
お櫃の中に山菜や野菜、
エビにキスのような天ぷらを入れる。
そこに醤油をかけて、
天ぷらを混ぜ込んでみた。
「海苔があればなあ…」
果たして…焼きのりが小さい袋に入っていた。
これで巻くことはむずかしいので、
ちぎってまぶすことにした。
まぜているうちに、
なんだかおいしそうな感じになってきた。
漬物を見つけ…
おひつにまぜる。
なんだかおいしそうな感じになった。
手を洗いにまた洗面所に行く。
右手を使わないようにして
ふすまを左手で開け閉めする。
左手でしゃもじを使い、
右手でおにぎりを作る。
右手としゃもじでなんとか、
三角おにぎりができる。
4つくらいできたので、
スーパーの袋に入れる。
ひとつ味見をしようとして
右手でもって食べてみた…
うまい。
ありゃ…そうとううまいぞ…
ほぐれた天ぷらの衣と
くずれた玉ねぎとにんじんが
信じられないくらいうまい…。
漬物が入っているのがまたいい。
ちぎった海苔でますますいい。
あ…また…
勝手にしあわせになってしまった…
食欲が急にはじけた。
テーブルにあるうつわのうち、
いちばん大きい煮物のようなものが入っている
陶器のうつわのおかずを
隣の小さい器に移した。
汁は飲み切った。
うまい。
おなかが空いていた…
考えてみたら、
今日はまともな食事をしていなかった。
いちばん大きいううつわに
スーパーの袋に入れた残りの3つのおにぎりを
いれてお箸でくずす。
天むす風の天丼の出来上がり。
あとは天丼を起点として、
各おかずを食べつくす…。
うまい。
色とかは地味で、
派手な盛り付けもないが…
秩父風の茶色っぽいおかずがたいへん口に合った。
タケノコはアレルギーが出るので、
やめておいたが…
そばは食べることにした。
かばんからアレロックを2錠取り出して飲んでおく。
お茶がけっこういける。
狭山茶かな?
遠州の渋いお茶とはちがいマイルド。
これはこれでおいしい。
こんにゃくや野菜の煮物などがうまい。
天むす風丼もとまらないくらいうまい。
鹿の刺身を食べる。
はしっこがまだ凍っている…
味はよくわからなかったが、
臭いはなかった。
意外にジャガイモのてんぷらみたいなものが
印象に残った。
味噌が甘いが…
三河の味のように濃くはなかった。
全体的に口にはあった。
遠州の料理とは少し違うが、
田舎料理ふうの具材と味付けは元々好きであった。
ユキオはあっという間に
夕食をたいらげていた…。
「ぼく、なんでもおいしいから…」という、
ある友人の口癖を思い出して苦笑した。
ユキオも、好き嫌いが多かった子ども時代が嘘のように…
いまでは「なんでもおいしい大人」になっていた。
果物も一気に食べ終わり、
食事は15分で片が付いた。
部屋の外に食器を出しておいた。
これで、一人の時間が過ごせる。
さっきまでの不機嫌は、
おさまっていた。
機嫌がよくなったので、
また玄関の自販機でチェスタオレンジと
ジャイブカフェオレを買ってきた。
眠くなったので…いったん歯を磨く。
食べて寝るのは太りそうだったが…
疲れたのでちょっと寝ておくことにして、
布団に入って横になった。
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