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本のこと(4) 『高瀬舟』

好きな本について書いてきたけれど、読書が好きになった原点とも言える、この作品について書かないわけにはいかないので。
今回はこちら。

森鴎外「高瀬舟」(1916) 初出:中央公論
*写真の書籍森鴎外「山椒大夫•高瀬舟•阿部一族」角川文庫(2012)

教科書で読んだことある人が多いかもしれません。
私も中学生の頃の教科書で学習しました。

学習した時期こそ覚えていないけれど、
教科書の紙の薄さとか、挿絵の青色の深さとか、内容に不釣り合いな文字の大きさとか、そういうことをよく覚えています。

そして初めてこれを読んだ時の違和感もよく覚えています。

違和感というのは、
この作品を読んだ時に感じた、「今までのとなんか違う」という畏怖のようなものでした。


それまで本を読む習慣はあったものの、課題図書や娯楽的な児童向けの本しか読んだことがなく、
読み終わった段階での正解が用意されていたり、解釈が明確にあるものにしか触れたことがなかったのです。


だから小中学校の国語の授業は得意な方で
こういう風に答えれば良いんでしょ、先生はこう読ませたいんでしょ、というのをすごく意識していてたし、読書というのは単純な計算のように1個の正解を導くものだと思っていました。


しかしこの作品に出会ったときは、正解が全くわからなかった。

読んだことない人のために、内容は伏せておきますが、
読み終わった後に、作中の出来事の何が善く何が悪いのかが、当時の自分の貧弱な倫理観では全くわからなかったんです。

そして正解がわからなかったことが凄く悔しかった。
ただ頭の中に漠然と、当時覚えたての「矛盾」という言葉がぐるぐるとまわっていました。

そこからこの作品を何度も何度も読み返しました。
でも何度読んでも正解はわからなかった。
ただ、これから自分が生きていく世界は、こんな「矛盾」だらけなんだろうということだけは、なんとなくわかった。


そして何度も読んでいるうちに、
文中の色の表現にも魅了されていきました。

月の色も、夜の空気の色も、かなり繊細に目の前に想像できた。

そして、喜助の回想の佳境に、この作品で最もショッキングなシーンがありますが、見たこともないはずの光景が、文字だけで目の奥に飛び込んできました。
喜助の手の平の色が、本のページを捲る自分の手の平の色に重なるような気持ちでした。

文章ってすごい。
小説家ってすごい。

そこから、もっと色々なものを読みたいと思うようになりました。
そして次第に、日本の文学作品に興味を持つようになっていきました。


気がついたら大学生なり、日本文学を学ぶようになっていました。

大学で学び始める前から、年代に関係なく、読みたいと思ったものを読むという読書を続けてきました。それも凄く楽しかった。


今になって、自分が好きな作品を振り返ってみると、現実味のある展開で、色彩の表現が鮮やかなものが多いので、
ああ私の読書は紛れもなく「高瀬舟」から始まったのだなあ、と思うのです。

そして、今読んでも、やっぱり明確な正解はわからない。
でも、だからこそ面白い。

「正解なんてないんだよ。」
と学校の先生はよく言っていたけれど、
それを本当に教えてくれたのは文学だったのかもしれません。

この小説との出会いを思うと、この小さな文庫を抱きしめずにはいられなくなります。
本当に大切な作品です。


読んだことない人は、短いので是非読んでみてください。
そして自分がどう感じるのか、確かめてみてください。



読書が好きな人と話をするときに、
読書が好きになったきっかけの一冊はありますか?と聞いてみたりします。

そうすると、さまざまな答えが返ってきて面白い。

あなたの原点の一冊、
よかったら教えてください。

今読み返すと当時とはまた違った面白さがあるかもしれません。

渡部有希

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