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特別な日。

特別な日。
いつもとは違った、非日常的な1日を言う時に使う言葉。
誕生日、記念日、など何か祝福をしたくなるような日のことだったり、はたまた嫌なことがこれでもかと続いた日のことも振り返ると特別な日、と表現するのかもしれない。

結婚式。
それは、特別な日だった。
その日を迎えるまでの日常は今まで経験したことないようなことばかりだったし、前夜からちょっとだけの緊張や、ワクワク、ソワソワ、そんな感情で当日の朝を迎えた。

コロナウイルス蔓延の影響で、自分が子供の頃から描いていた結婚式の形にはならずに、地元の教会で家族と親戚だけを招いた小さな会だったけど、僕らその日から新しく生まれた夫婦を中心に、そこに集まった両家の家族や親戚、そして結婚式を成立させるために集まってくれたスタッフのみんなが笑顔になっていた。

夕方から始まった結婚式を終えると、そのままの足で市役所へ出向き婚姻届を提出した。
さっきまでの華やかさが嘘のようにひっそりと静まり返った市役所の駐車場に車を停め、「時間外受付」の標識を頼りに窓口へ向かう。

「本当にここで合ってるのかな」と、思わず口にして顔を合わせてしまうほど、ひっそりとした通路を2人並んで進むと、暗闇の中で窓口から漏れる明かりが「ここですよ」と教えてくれた。

よく、結婚式との比較でこの婚姻届の”地味さ”を嘆いている声を耳にする。
それでも、実際に経験してみるとこの”地味さ”がいい意味でさっきまでの華やかさとのギャップを生んでくれて、僕と隣にいるこれから妻になる人だけの世界を作り出してくれた気がした。

婚姻届を提出すると、そこにいたのは白髪混じりの短髪でメガネをかけた優しい雰囲気のおじさんだった。

「この度はおめでとうございます。今日はね、多いんだよ。大安っていうのもあるけど、ゾロ目でしょ?最近は大安とかよりも、数字のゾロ目を気にする人が多いみたいだね。」

と、話しかけてくる。

「じゃあ、確認するからね。そこにかけて待っていて。」

促されて、窓口の外に2つ並んで置かれていた懐かしい学校の椅子に座る。
数分後、手続きが完了したのか、個人証明書の提出を求められた。

免許証を提出すると、それを受け取りながら窓口のおじさんがおもむろに語り始めた。

「結婚式で見た嫁の瞳は今でも忘れないよ。
僕が見た瞳の中で一番綺麗な瞳をしていたね。
だって、結婚式ととき以外ないでしょ?あんなに女性が輝ける日なんて。
僕は、家内を数年前に膵臓癌で亡くしちゃってね。
それでも覚えてるよ、あの日のことは。
旦那さんも忘れることのないようにね。」

それを聞いて、とても暖かい気持ちになれたと同時に、もうちょっとで妻になる人との顔を覗くと、全くおんなじ感情になっているであろうなという顔をしていた。

無事に婚姻届が受理されて、必要な書類を手に車に戻る通路では、自然と手を繋いで「いい人だったね」と、口にしていた。


長いようであっという間だった1日を終えて家に帰る道のりで、どっと疲れを感じたので「今日くらいはいいよね」と、マクドナルドに寄って定番のポテトフライ(Lサイズ)とチキンナゲットを買って帰った。

翌日は2人揃って有給を取得し、ゆっくり過ごして、その翌日からは変わらない日常へと戻っていった。

そんな日常の中、僕はとても不思議な感覚に陥っていた。

いつもと変わらない24時間。
これまでの人生で何千、何万回と迎えた「日曜日」。
特別な日も、普通の日、も平等に時計の針は進むし、その日のことは「日曜日」と呼ぶ。

そういう意味では、どんな1日も、普通の日だ。

それでも、あの日を境に、僕は彼女のことを人に話すときは「彼女が〜」ではなく、「妻が」とか「嫁が」に変わった。
まだ口が慣れていないから、日常の会話なのに噛んじゃうし、なんだか恥ずかしいからできるだけその話題にならないようにしたりもしている。

その日を境に、妻となった人は自分の名前が変わって、職場でも名札の名前が変わった。
まだ聞き慣れないから、呼ばれても誰のことか分からずに返事ができないらしい。

同じ24時間だったのに、その日を境に2人を取り巻く環境がその日より前とは全く違ったものになっていく。

いつもと変わらない24時間、日曜日。

普通の日、なんだけど、それでも、僕らのあの日曜日は、紛れもなく「特別な日」となった。

そして、この特別な日の最後に出会ったあのおじさんの言葉を僕は一生忘れることはないと思う。

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