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戦争の行方(半導体戦争/クリス・ミラー)

私は投資歴10年を迎えるが、ここ数年最もホットな半導体という分野についてあまりにも知らなすぎる…と思っていた矢先、これさえ読めば歴史が全部わかると聞いて手に取った。
1958年、グローバル化という言葉が生まれるはるか以前より、半導体のをめぐって世界中で金と技術が行き交っていた。国際政治の形、世界経済の構造、軍事力のバランスを決定づけ、私たちの暮らす世界を特徴づけてきた立役者は、半導体なのだ。

【半導体の3つの分類メモ】

①ロジック:スマホ、コンピュータ、サーバを動かすプロセッサ。

②メモリ:コンピュータの動作に欠かせない一時的な記憶を提供するDRAMと、長期的にデータを記憶するフラッシュ(NANDとも呼ぶ)。

③その他:視覚信号や音声信号をデジタルデータに変換するセンサーなどのアナログ・チップ、携帯電話とネットワークと通信を行う無線周波数チップ、機器の電力消費を制御する半導体など。


黎明期

事の起こりは、民間企業ではなく国防総省で、1965年時点、生産された集積回路のうち72%が防衛費で購入されていた。フェアチャイルド製の集積回路を搭載したコンピューターを使いアポロが月面着陸したように、宇宙開発にも使われた。軍が集積回路に求める機能は、ビジネスにも応用がきくものばかりだった。

その後10年かけて米軍はベトナム戦争に敗れたが、半導体産業は急速に拡大する投資関係やサプライ・チェーンを通して、台湾や日本などのアジア各国をアメリカに縛り付け、その後の平和を勝ち取った。ソ連のような敵国さえも、アメリカ製のチップや半導体製造装置をコピーすることに腐心するようになった。アメリカという国家全体の命運が、シリコンバレーの成功にかかっていたのである。

日本の経済復興

同じ頃、アメリカに遅れを取っていることに気づいたSONY創業者の盛田昭夫は、テキサス・インスツルメンツの経営幹部をこっそり日本に呼び、自分が官僚を手なずけるからと説得→アメリカの半導体メーカーとして初めて日本に工場を開設させた。

1980年代には、日立や三菱といった半導体メーカーは、巨額の長期融資を提供してくれる銀行のおかげでどんどん設備投資を行い、市場を奪っていった。アメリカに比べ軍事への投資が少なく余裕があったこともあり、日本はそうして世界2位の経済大国へ上り詰めた。

韓国の台頭

韓国のテクノロジー企業も日本同様、低金利な銀行融資や政府の支援を受けて成長した。サムスンが半導体製造に乗り出したのは1983年のことだ。日本を敵視していたインテルは韓国と手を組み、サムスン製のチップをインテル・ブランドのもと発売することを決定。アメリカ企業のなかには、韓国企業に技術まで提供したものもあった。

日本経済の奇跡が止まる

1993年、アメリカが半導体の出荷数で首位に返り咲き、98年には韓国が日本を抜いて世界最大のDRAM生産国となり、日本の市場シェアは80年代終盤の90%から20%まで下落した。
敗因は、PCの隆盛を見逃したことだ。PCに必要なマイクロプロセッサ事業を無視し続け、気づいたときには手遅れになっていた。SONYの盛田が亡くなったのもこの頃だ。

TSMCの隆盛

現在、台湾のTSMCは、世界の最先端プロセッサ・チップのほぼすべてを製造していて、この半導体依存が問題になっている。
TSMCの初期の成功は、アメリカの半導体産業との深いつながりによるものだった。TSMCの顧客の大半はアメリカの半導体設計会社であり、TSMCには創業者のモリス・チャンを筆頭にアメリカで働いた経験のある面子を揃えていた。
工場の建設には数十億ドルという費用がかかる。アメリカ企業は自社工場を構えず、設計したものをTSMCやサムスンで製造した。

モリス・チャンの経営はかなり攻めていて、世界が金融危機に陥りレイオフをしているさなか、サムスンからiPhoneチップの製造を奪うべく積極的に人材と技術へ投資した。

インテルの過ち

日本がPC向けプロセッサの重要性を見逃したのち、PC向けプロセッサでぼろ儲けしていたインテルもまた、大きなミスを犯す。それは携帯機器へ参入しなかったこと。
イノベーションのジレンマ(実績ある大企業が既存技術の改良に注力するあまり、破壊的イノベーションを起こす新興企業に後れを取ってしまう現象)の典型である。
インテル製チップをマック・コンピューターに搭載する合意を結んだ直後、ジョブズは新たな提案をもちかけた。「アップルの最新製品である携帯電話向けのチップをつくる気はないか?」
提示された量が割に合わないと判断したインテルはこの契約を断り、初期のiPhoneのチップはサムスンによってつくられた。

5Gの未来

接続性や計算能力が、昔ながらの製品をデジタル機器へと変えてしまうことを証明している例が、イーロン・マスク創設の自動車会社・テスラである。同社は、実は世界をリードする半導体設計会社である。一流の半導体設計者を雇い、自動運転のニーズに特化した半導体を設計し、最先端の技術で製造している。一般的な自動車に比べ、自動運転で使われる半導体の数とコストが劇的に増加することは明らかだ。

2017年、世界中の通信会社が5Gネットワークを構築するために機器メーカーと契約を結び始めたとき、トップを走っていたのが中国のファーウェイだった。実際、製造はTSMCなど他社に頼っているが、ファーウェイの半導体設計部門は世界水準である。2030年までには、中国の半導体産業は影響力という点でシリコンバレーに肩を並べるかもしれない。そうすれば、多くのテクノロジー企業や貿易の流れが破壊されるだけではない。軍事力バランスまで一変するだろう。

ファーウェイVSアメリカ

ファーウェイの売上の3割はアメリカ企業である。2020年、共和党のベンジャミン・サス上院議員は述べた。「アメリカはファーウェイを窒息させなければならない。現代の戦争は半導体を武器にして戦われる。だが、我々はファーウェイにアメリカの設計をまんまと利用されていたのだ。」

トランプ政権は同社へのアメリカ製チップの販売を禁止した。さらに、商務省は「ファーウェイがアメリカの技術やソフトウェアを使用して半導体を設計し、海外で製造できないよう制限を加え、アメリカの国家安全保障を守る」と宣言した。
この規制を受けて、イギリスを筆頭に他の国々も同社の禁輸を決定。そうして現在、中国独自の5G通信ネットワークは半導体不足のため遅れている。

中国はこの件についてアメリカへの反撃はしていないが、中国政府は支援をやめたわけではない。武漢に拠点を置くYMTCはNANDメモリ中国随一のメーカーだが、政府はロックダウンの最中でさえただひとつの例外としてYMTCの営業を認めた。

台湾のジレンマ

台湾の総統は、「台湾の半導体産業は、独裁政権の攻撃から台湾や他国を守る”シリコンの盾”である」と発言した。しかし、この盾が中国に対する抑止力として働かなかった場合、半導体製造の台湾への集中が、世界経済を危険にさらす。
過去数十年に渡って平和だったからといって、侵略戦争が起こらないわけではない。それはロシアとウクライナを見れば明らかで、半導体サプライ・チェーンにおける国家的な地位が軍事力や経済力を決定し、つまりは戦争の行方を握っているのである。

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