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「負け犬の遠吠え」の逆(無敵の犬の夜/小泉綾子)

文藝賞受賞作。
主人公である九州の田舎の中学生・界は、幼少期の事故で右手の小指と薬指の半分がない。
それが原因で不登校になり(ただしイケメンなので女子にはモテる)、不良とつるみ、先輩の不良・橘さんを崇拝するようになる。

ある日、ひとりで東京に遊びに行った橘さん。
都内のクラブで整形美人と恋に落ちるが、その子は有名な(?)ラッパーの彼女だった。
ラッパーの女と浮気している自分に酔う橘さんに、界は表面上は「ダサい」と言いながら、嫉妬に近い感情を覚える。界はゲイなのか?と思わせる描写もあり学校の女子(仮の彼女)にも指摘されるが、本人は決して認めない。

ある日、「ラッパーに浮気がバレた!殺される!」と騒ぎだした橘さん。すると界は「じゃあ俺がラッパーを殺す」と深夜バスで単身東京に向かう。(なんでだよ)

案の定、ラッパーに鼻であしらわれて終わる界。
怒りを爆発させて帰りの夜行バスを途中で降り、PAにいた女性に危害を加えようとするも、彼女は実は二人組で、なぜかフェミニズム系の宗教にどっぷり浸かっていて逆に殺されそうになり、界はまたもズタボロになる…という話。

界の言動も、橘さんの「地元ではイケてるとされている人」特有の絶妙なダサさも、とにかくツッコミどころ満載なのだが、全体を通して彼らが必死なので青春映画を観ているような気持ちでサクサク読めてしまった。あと、シンプルに短い。

痛みは全て熱に変わる。末端から発する心地よい熱さが膨張し全身に広がる時、これまで自分に足りなかったものが、欲しくてたまらなかったものがその熱だったことに気づく。朦朧としていた意識が昇り龍のように天に向かって奮い立ち、大きく長く、夜に吠える。

どう見ても界は負け犬なのに、ラストの描写は「負け犬の遠吠え」の対極にある。
登場人物には何ひとつ共感できず失笑しながら読んだが、怒りの感情って時に人を救うよねという普遍的なテーマが胸に残った。

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