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ストーリーテラーを信じるな(ストーリーが世界を滅ぼす/ジョナサン・ゴットシャル)

ストーリーテリング(物語化)のおかげで、文明は発達した。物語には人の思考と行動を大い変える力があるが、ほとんどの人はその影響力に無自覚で「自分は物語の語り手になびかない」と考えている。ここに、物語の危険性がある。
具体的には、以下の通り。

・ナラティブは私たちが世界を理解するために使う主要な道具だ。しかしそれはまた、危険なたわごとをでっちあげる際の主たる道具でもある。

・物語にはたいてい、向社会的な行動を促す道徳的な要素がある。しかし悪と正義の対立という筋立て一辺倒であることによって、残酷な報復を求め道徳家ぶって見せたい私たちの本能を満足させ、つけあがらせるのもまた物語だ

・共感を呼ぶストーリーテリングは偏見を克服する最高の道具になる。しかしそれはまた、偏見を作り上げ、記号化し、伝えていく方法にもなる

・人間社会の善なる部分を見出すのに役立った物語の例は数えきれないほどある。しかし歴史を顧みれば、悪魔的な本性を召喚してしまったのも常に物語だった。(Ex.ナチスや奴隷制度など)

・物語には種々雑多な人間たちを引き寄せて一つの集団にまとめ上げる、磁石のような働きがある。しかし物語は異なる集団同士を、ちょうど磁石の斥力のように反発させ合うのにも中心的な役割を果たす。

・語らず、示せの科学

アーネスト・ヘミングウェイにこんな逸話がある。(ただし現在は、ヘミングウェイではないという説が濃厚)
友人たちとレストランにいた彼は、酔った勢いで「自分の筆力をもってすれば小説1冊分の力をたった6語に込められる」と言った。友人たちは「できない」方に10ドルずつ賭けたが、結果彼らはヘミングウェイに10ドル支払うことになった。ヘミングウェイがナプキンに書いた6語はこう。

For sale: baby shoes, never worn. (売ります:ベビー靴、未使用。)

この6語の物語を読むと、ほとんとの人は一瞬戸惑うが、すぐに心の中で悲劇を展開する。これから生まれてくる待望の我が子のためにベビー靴を買い求める(裕福ではない)夫婦。赤ちゃんの誕生、そして死。まだチャンスがあるからと取っておかないのは、もう若くないから。

「語らず、示せ」には、直接の明示的なメッセージよりも間接的で微妙なメッセージの方が伝わりやすい、というストーリーテラーの集合知が表れている。メッセージがあからさまな物語には、間接的なメッセージがそれとなく込められた物語ほどの説得力がない。なぜなら、前者は説得の意図が露わになり、聞き手が「操られまい」と反応する場合があるからだ。
物語のもつ力は、物語と出合ったときほとんどの人が経験する、意味がわかるまでのわずかな時間のズレによって一層強まる。意味が腑に落ちるまで、
物語が私たちの元にとどまるからだ。

・ハッピーエンドの苦しみ

人間が語る平均的な物語(フィクション)をあえて要約するなら、事態が悪化の一途をたどった末、最後の瞬間に好転する。これは現代に始まったことではなく、伝統的な民話やおとぎ話でさえ、ストーリーテラーは結末の退屈さを「末長く幸せに暮らしましたとさ」と早送りしている。また、シェイクスピアの物語から分かるように、対立や騒動を扱わなければ商売にならない
我々は幸せに関心が薄く、ナラティブ心理にはサドマゾ的な嗜好がある。

・善人でいられる贅沢

私たちは一般的に、道徳性とは運ではなくその人の生まれつきの性格から生じるものと考えて生きている。しかしいくつかの論文で、道徳的な振る舞いをするかどうかはトランプ遊びのように運に依存することが示されている。
もし自分が貧しく、子供たちがどんどん痩せ細っていって、妻が絶望していたら、スーパーに入ってパンを盗むだろう。もっと悪いことをするかもしれない。我々は、善人でいられる贅沢を手にしているだけだ。
多くの人が邪悪なナチスに従ったように、生まれた時代と環境によって人は悪の側に振り分けられる。

・トランプの戦略

2015年の大統領選挙で、トランプはストーリーテリングの対立モデルを利用した。(ちなみに本書ではトランプの名前は一切出てこず、悪意を込めて「でかメガホン」と呼ばれている。)彼はリアリティ番組の出演者のように、画面に映る時間を勝ち取る最も確実な方法は悪役(ヒール)になるー騒ぎを起こして対立を煽る悪者になることだと気づいた。「礼節を無視して対立を煽り続ける」戦略を取れば、ニュースメディアが必ず食いつくと踏んだのだ。
そして彼の読みは当たった。
ジャーナリストは極めつきの物語を語る動物(ストーリーテリング・アニマル)であるし、私たちもトランプを嫌ってはいても、トランプのショーは大好きだ。数字がそれを証明している。

・真実よりも拡散されるフィクション

新型コロナ関連の情報を調査していた研究者によると、誤った健康情報を拡散している上位10のウェブサイトのコンテンツは、WHOなど主要な10の保険期間のウェブサイトの4倍近くもFacebook上で閲覧されていたと推定される。
誤った情報源が撒き散らした混乱が、パンデミックの人的・経済的被害を拡大させた。

・ストーリーテラーを信じるな

じゃあ、こんな危険な物語に対し、私たちはどう振る舞えばいいだろうか?

物語を憎み、抵抗せよ。
だがストーリーテラーを憎まないよう必死でつとめよ。
そして平和とあなた自身の魂のために、物語に騙されている気の毒な輩を軽蔑するな。本人が悪いのではないのだから。

物語に簡単に騙されることを忘れず、疑う癖をつければ、きっと抵抗できる。

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