見出し画像

重圧と集中力(熔ける/井川意高)

カジノのバカラにハマり、子会社から106億8000万円もの資金を借り入れ、会社法違反で実刑判決を受けた大王製紙元会長・井川意高の懺悔録。
めちゃくちゃ面白かった…以前Netflixで観たTinder詐欺師のノンフィクションのように、スケールがデカすぎて笑ってしまう感じ。

大王製紙の3代目として生まれ、四国の田舎で育ち、中学から父親(当時は社長)の仕事の都合で東京へ→筑駒→東大法学部という、華麗なる経歴の著者。家はもちろん裕福だったが、父親は厳しくスパルタ教育を受けていた。大学に入ってからは、父親に連れられ高級クラブへ出向き、各界の著名人や社長と交流。学生の身分だが、ファミリー企業の株を持っていたためお金はあり、バイトをしたことはない。父親に教わった麻雀にどっぷりハマり、大学を出て大王製紙に入社してからは海外出張ついでにカジノで遊ぶこともあったが、元種が尽きれば辞める普通の遊び方だった。ただ、100万円が2000万円になったりという、確かな成功体験はあった。

何が彼を狂わせてしまったのか…?
それは、ジャンケットと呼ばれる、マカオのカジノにだけ存在する仲介業者との出会いだった。

ジャンケットとは、カジノのVIP客の身の回りの世話をするマネージャーのような存在で、ホテルや食事の手配からあらゆる頼み事まで何でも聞いてくれる。代わりに彼らは、VIP客がカジノで使った金額のうち何%かを報酬として受け取る。
意高はマカオのカジノで元種が尽きたとき、カジノから簡単に借金する方法をジャンケットから教わってしまう。そこでは何の審査もなく、数千万円をカジノに借りて即時チップを追加することができた。これが地獄の始まりで、意高は負けた分を取り返そうと毎週末マカオに出かけるようになる。

借金はどんどん膨らみ、「個人的な事業で必要」と非上場のファミリー企業から電話一本で数億〜数十億円を調達し始める。貸付額は有価証券報告書にも記載し、いつでも返せる状態にあったため、罪の意識はなかったという。(じゃあなぜ借りたんだろう、、自分のお金でやればいいのに。私はそれが分からなかった)
実際、逮捕から一審までの間に全額返済し、それを理由に執行猶予付き判決を求めて控訴・上告をしたが、棄却され懲役4年の判決が下った。

ただの麻雀好き、お遊びカジノに始まり、借金を覚え、気がつけばギャンブル依存症になり、会社の金に手を付けていた、という流れなのだが、この「気がつけば」の部分がすごく短くまとめられていたことが、全てを物語っているような気がした。
依存症になる瞬間は、誰だって自覚がないのだ。
逮捕直前に意高は精神科医から「抑うつ状態、アルコール依存症、ギャンブル依存症」の診断を受けていたが、そうなるまで、一切気づけなかったのだろう。

文庫版では親しい友人である政権電論の編集長があとがきを寄せているが、そこに書かれていた一節がすごく印象的だった。

3年2ヶ月の受刑期間中、モッタカさんはシャバにいたころと変わらず飄々と落ち着いた様子だった。強がりかもしれないが「こっち(刑務所)には食べ物がまずいこと以外、本当に全然ストレスがないんですよ。シャバにいたころに抱えていた仕事のストレスに比べたら、大違いです」と言っていたものだ。

経営者としての仕事はかなり真面目に取り組んでいたようなので、努力の裏
でものすごい重圧に耐えていたのだろう。そのストレスを発散したい気持ちと、勉強でも仕事でも発揮されてきた持ち前の集中力が、ギャンブルに向いてしまったと書かれていた。
マラソンの高橋尚子選手もパチンコにハマっていると聞いたことがあるので、アスリート気質の人はギャンブルにハマりやすいのかもしれない。

華麗なる一族に生まれた一人の男の転落物語として、ギャンブルにハマらないための教訓として、読んで良かったと思える作品だった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?