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「あなた自身の人生を歩んでください」(母という呪縛 娘という牢獄/齊藤彩)

2018年に滋賀県で、医学部9浪の娘が母親を殺害し、バラバラにして遺棄するショッキングな事件が起きた。その娘・髙橋あかり(当時31歳)には懲役10年の判決が下った。現在も獄中にいる彼女を、元共同通信の記者が面会と文通を通じて取材し、まとめたルポ作品。

この著者、95年生まれと若く、これが初の著書らしいのだが、ぐいぐい引き込まれる構成で1日で読み切ってしまった。

内容についての所感は、なんとなく読む前から想像していたが「この娘も被害者だよね」というもの。

・父親は別居
・子供の頃から虐待を受けていた(「死ね」といった暴言、顔や身体に痣が残るほどの暴行、指に針を刺して血で反省文を書かされる等)
・母の「国立医学部以外は許さない」→「あんたは馬鹿だから医学部は無理。それなら助産師になれ。ただの看護師なんか許さない」という謎のこだわり
・住み込みのバイトの面接に行くなど何度か逃亡を試みるも、私立探偵まで雇われて連れ戻される
・時間と電気水道を節約するため、ハタチを過ぎても母親と一緒に風呂に入らされる
・スマホを監視される
・高校では頼れる恩師が現れるが、それでも逃亡は叶わず

等々。
本書には母親と娘のLINEのやり取りが記録されているが、大学受験に失敗した時や助産師学校に落ちた時には、彼女の人格を否定するような暴言、暴論が延々と並ぶ。それに対して彼女は反論することなく、「申し訳ありません」と他人行儀な謝罪を繰り返している。

糸が切れてしまったのは、母に隠れて持っていたもう1台のスマホが見つかった時だった。スマホを目の前で叩きつけて割られ、土下座しろと寝間着のまま庭に連れ出され、土下座の様子を母親に撮影されている。
娘はこの時のことを、「スマホが割れた時、自分の心も壊れてしまった」と表現し、明確な殺意が沸いたのだという。

ちなみにこの母娘、絶対に馬鹿ではない。語彙も文章もしっかりしていて、国立医学部にこだわらなければ娘はそれなりの大学に入り、真っ当な人生を送れたはずだ。
亡くなった母親の情報が少ないので、なぜ娘に9浪もさせたのか、助産師に異常なまでのこだわりを見せたのかは理解に苦しむが、途中からはもう意地になり、娘を支配することに生きがいを見出してしまい、引き返せなくなってしまったのではないかと想像した。
あと、なんで父親を頼らないの…?と思いながら読み進めていたが、逮捕された娘に対する父の態度が献身的で、「もっと頼ればよかった」と彼女自身も振り返っていた。

彼女は遺体を可燃ごみで捨てるため風呂場で解体したが、胴体だけ切ることができず河原に捨て、それが発見されたことで事件が発覚した。その間1カ月、娘は母親が生きているように装い、母のスマホのロックを解除し、友人や父親とLINEのやり取りをしていた。
サイコパスだとは、1ミリも思わなかった。

娘は罪を軽くするために「たしかに遺体は捨てたが、母親は自殺した」と言い張っていたが、裁判長から「罪を償い終えた後は、あなた自身の人生を歩んでください」と言われた時、ようやく殺害したことを認める。これまでの事情を理解してくれる人がいると、思えたからだった。

娘という牢獄から解放されるのと引き換えに、本物の牢獄に入れられてしまう皮肉。「あなた自身の人生を歩んでください」と、私も心から思った。


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