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ホラー短編集「現代よろず妖怪物語②」



【ろくろ首】

女の姿形をし、大きく分けて首が伸びるものと頭がとれて宙を浮遊するものと二種類がいる。
怪談や随筆によく登場するが、怪奇趣味による創作の色づけが強いと見られている

陶器をつくるときに使うろくろをはじめ、井戸の滑車、傘を開閉するときに使うそれが語源とされる。



俺の首が、どこまでも伸びていく。

顏でドアを開けて、外にでていき、道路を渡って、乗り物に乗って赴くのは行ったことがなければ、映像や写真で見たこともない場所。
まるで見知らぬ土地のはずが、その景色は故郷のように既視感があり、生々しい。
ほぼ毎夜、見る夢について、彼女に話すと「ろくろ首みたいですね」と思いがけない感想が。

「ろくろ首というと、女のイメージがありますけど。
まあ、今の時代、男のろくろ首がいても、おかしくないですよね」

妖怪の世界でも男女平等が叫ばれているのか?
首をひねったものの、口にはださず。
俺の沈黙を気にしていなさそうに「もしかしたら、それ、不思議の国のアリス症候群なんじゃないですか」とまたもや意外な発言。

「不思議の国のアリス症候群?それって、御伽噺の?」

「そうそう、物語もそうですけど、作者と関連づけた症状なんですよ。
作者のルイス・キャロルは挿絵も描いてて。
で、ほら、物語のなかで、アリスの体が大きくなったり、小さくなったりするでしょ。
それはアニメで改変されて描かれていたもので、じっさいの挿絵では、アリスの首が長くなっているんです。
もともと『作者の精神構造どうなっているの?』と思うような独特な世界観じゃないですか。
だから、主人公の体の一部が伸び縮みしたり変形したりするのは、作者がふだんから、そう錯覚していたのが反映されてのことではないかって、云われているわけです。
片頭痛もちだったというし、あんな奇妙奇天烈な物語を描けるなら、よほど変人だったでしょうし。
そういう説があって、アリスと同じような錯覚をするのは、精神病の一種であり、まんま『不思議の国のアリス症候群』と名づけられたのだとか」

「わたし、カウンセラー目指しているんで、そういうの詳しいんです」と胸を張られて、なんとも云えず。
専門の医者でもない相手に夢を語っただけで、精神病を疑われるのは多少、気分がよくない。
といって、突っかかる気力はなかったので「そう」とそっけなく相槌をうち。
あとは得意に付け焼刃の知識をひけらかすのを、右から左に聞き流して、まともに相手をしなかった。

とはいえ、わりと影響をうけたようで、その日の夜、夢を見たなら、俺は金髪に青い瞳の美少女になって首を伸ばしていた。
しかも、飛行機に乗って、はじめて日本からでて海外へ。
飛行場から降り立ったのは、相かわらず行ったことも景色に見覚えも国命に聞き覚えもない南国のリゾート地。
地元の人は東南アジア系なれど、観光やバカンスにきた人々は白人が多く、おかげでアリスのような容姿の俺は、そう目立つことなく。
まあ、まえから夢では首を伸ばしてさ迷っても、だれにも見咎められたり、悲鳴をあげられたことはなかったが。

気づかれないのをいいことにタクシーに相乗りされてもらって中心街に。
流れる景色を見るに、郊外では地元の人が素朴な生活をしつつ、中心街では高級ホテルが建ちならび、白人の富裕層が羽目を外しているというギャップがあるよう。
中心街に近づくにつれ、交通量が多くなり、また高級車を見かけるようになって。

ホテルに乗りつけたカップルとともに降車し「海はどっちかな」と首を伸ばして、案内板を覗いてたところ。
けたたましい音がしたのに振りむけば、高級スポーツカーがクラクションを鳴らし、ほかの車を煽りながら暴走。
前方、二車線を車でふさがれて、吠えるようにクラクションを響かせたものを、しびれを切らしてか、広い歩道に乗りあげた。
一見、歩道には、だれも歩いていなかったのが、路地からお婆さんがでてきて。

スピードを落とさずに猛進する車に、跳ねられそうになったのを危機一髪。
瞬時に俺が首を伸ばし、服の襟を噛んで引っぱった。
うしろに倒れたその足先を車はかすめて、止まることなく、走り去っていき。
お婆さんを助けようと多くの人が駆けつけたので、俄然、劣らない速さで首を伸ばして暴走車を追撃。
どうにか、スポーツカーのうしろについているウィングに齧りつき、振り落とされないよう必死に。
しばらくて逆走をし、正面からきた車を避けきれずに、花壇に激突して、やっと停車。
衝撃で、俺はウィングから口を放し、前方に跳んでいったところ、そのときちょうど運転席から人がでてきた。
呻いて頭をふり、サングラスを落とした、その顔には見覚えが大ありで。
跳びながら大口を開けた俺は、そのまま首めがけて、ライオンの牙のように変形した歯を・・・。

電話の一報を受けて、病室に走っていった看護師は、扉を開けたと同時に一息でまくしたてた。

「島村さんをひき逃げした犯人が、外国で無惨に死んだそうですよ!」

声高に叫んだ間もなく「ひ!」と腰をぬかしたもので。
ベッドに横たわる島村の顔が、血で真っ赤に染めあげられていたのだ。
返り血を真っ向から顔に浴びたように。

とはいえ、島村は人を負傷させたり、殺すことはできない。
車にはねられ、おまけにタイヤで踏みつぶされて、首と頭しか動かせない体になったから。
そんな体の状態を、島村を担当していた看護師は百も承知だったが、考えずにはいられなかった。
ひき逃げ犯は、肉食獣に首を噛まれて死んだようだと聞いたので・・・。

床にへたりこんで、震えるばかりの彼女の耳に、生命維持装置が鳴らす音が虚しく響いた。


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