オオキンカメムシ Eucorysses grandis
昨年の写真整理シリーズ
場所は奥能登です。
さて、まずはこの樹木について。
アブラギリ。
ぼけーっと木を見ていて、葉がキリっぽいけれど何か違う。なんだろこれ?と思っていた樹木は、アブラギリという種類だった。
アブラギリの種子からとれる桐油、その油を先人は燈明や油紙製造、インク、木材の塗布剤等にして活用していた。
重要な産業のひとつとしても身近な生活の中にアブラギリの存在があった。
↑実の上に、オオキンがいます
また、漆工芸での必需品である、研ぎ炭(駿河炭)の原木としてアブラギリは現在でも重宝されている。
炭には主に2通りの用途があり、一つはお馴染みの燃料用、一方が研磨用である。
アブラギリを原材料とする研磨用の研ぎ炭は、駿河炭と呼ばれる。
その名の通り静岡県が発祥とされる。大正時代頃までは桐油の需要もあるため天城地方でもアブラギリの栽培が盛んだったが、生活様式・技術の変化とともに現在では下火となり、主に福井県や石川県で栽培、炭の生産が続けられている。
器物の下地から上塗りまで、何層にも漆を塗り重ねる漆芸では、表面を整える工程に研ぎ炭が欠かせない。最近では、質の良い炭は高価であるから、安価で安定した品質の人工砥石を使う場合もあるが、曲面や凹凸に柔軟に対応が可能な研ぎ炭は何者にも代え難い。
金属粉等を蒔き煌びやかな文様を加飾する蒔絵の手法でもそれは活躍する。
漆芸の他にも、カメラのレンズや貨幣の原板など、精度が求められる現場では駿河炭は大活躍だという。
研ぐために、やすりや砥石を使うのではなく、炭を用いるというのは、漆芸のことを勉強する以前では知らなかった技術・文化だった。
炭は焼かれてもなお、原材料の樹木が持つ道管(水分の通り道)の構造が残り、微小な空洞が通っている。
そのため水捌けがよく、目詰まりしづらく一定の効果が持続するという意見もある(研ぎ炭は水で濡らしながら研ぎつける)。
また木目が細かく身の詰まった、中心に近い心材の方が質が良い炭とされる。
天然素材であるから、使う側からすると当たり外れがあり、一箱購入しても一軍入りできる良い研ぎ炭はほんの一部である。
使うときは別の砥石に研ぎつけ整形してから用いる。硬い四方を落とし形を整え、研ぎ面を水平にする。研ぎ面が湾曲していれば、被研磨物も湾曲してしまう。地味だけれど重要な工程だ。
また、炭粉といって、その名の通り炭を細かくしたものを指につけ、微細な凹凸を研ぐこともある。
余談ではあるが、ものづくりというものは、それをつくるための道具づくりから始まるのである。
刃物を研ぐための砥石を研ぐための砥石を研ぐ、みたいな工程から本来生まれるものなのだ。
レヴィ=ストロースのいうブリコラージュのような、用途に合わせて土地のもの、身近なものを組み合わせ、自ら考え工夫してつくるという行為がものづくりの本質だと思う。
分業が進み社会の仕組みが変わり、レディメイド品に囲まれたいまでは、既成の道具が出来ることの範疇に合わせて完成品そのものの形が決まるところも無きにしも非ずだが、本来はそうではない。
塗料を薄く伸ばす為の薄いヘラが欲しければ削ればいいし、湾曲した面を削る為の先端の丸い刃物が欲しければ研ぎ落とせばいい。
道具について考えることは、そういうものづくりの無限の可能性に気づく契機になった。
殊に伝統工芸などは、失われつつある技術と言われることもあるが、研ぎ炭の他にも、蒔絵筆の最上品は琵琶湖の葦原のクマネズミの背中の毛でできたもの(根朱筆(ねじふで)という)だったり、
蒔絵の金属粉を蒔くために用いる粉筒という道具は、春先の乾燥しきったヨシや、トビや鶴など大型の鳥の羽根の羽軸を使う。鳥は飛ぶために身体を軽量化しており、羽根の軸は中が空洞なのだ。
天然素材を巧みに活用する先人たちの知恵は偉大である。
数ある樹木の中から、アブラギリで作った炭がめっちゃいい!と気づいた先人にありがとうである。
まさに巨人の肩の上に立ち、我々は文化や技術を発展させることができる。
私はそのことを心の中に留めて、気に入った工芸品や古いものはお迎えして、最新のものも使いつつ、ごちゃ混ぜになんだかわからないけどとにかく好きな物に囲まれて生きていこうと考えている。
さてはてその巨人の立役者のひとりが、アブラギリであり、
そしてその汁を吸うのが今回の主役、オオキンカメムシである。
前置きめっちゃ長くなった。
そ!!!う!!
真っ赤なカメムシなのに、陽の当たる角度によって紫〜青色のメタリックな光沢が重なるのが、本当に不思議で美しいのです。
赤なのに、青 という脳みそが混乱するカラーリング。
しかも調べると、こやつらも海岸地域に棲む昆虫とのこと。
海×昆虫というテーマは面白いですね。
ガッツリ砂浜にいます!!という昆虫だけではなく、
海の近くの樹木にいます〜。というオーシャンビュー未満の昆虫もいるというグラデーションが面白いです。
母なる海です。
ちなみに同じカメムシ亜目にはウミアメンボ属というグループがいます。
その名の通り、海の上に棲むアメンボです!
昆虫は地球に一千万種以上いるとされる中、
ウミアメンボ属は唯一、外洋上に進出した昆虫なのです。
翅が水の表面張力で張り付いて溺死するのを防ぐ為、ウミアメンボには翅が無いそうです。
外洋上にいるため普段は目にすることが難しいのですが、台風の後など強い風が吹いたあと、砂浜に打ち上げられるものを観察する方法があります。やってみたい。
閑話休題
南方系のカメムシらしく、オオキンカメムシは基本的に関東以南の海岸地域の照葉樹林に生息しています。
冬も葉が落ちない照葉樹の葉の裏で、寄り集まって冬を越すのですね。
冬の日本海は風雪えげつないので、信じがたいタフさです。
はい、その幼虫がこちらっ
この幼虫の塊は一本のアブラギリのあちこちにあり(10塊弱は目視)、知らないうちに、生まれていました。
生まれたては赤いのですね。
そしてめっちゃ密。
カメムシ類の幼虫期間は基本5齢あり(ノコギリカメムシは例外的に4齢だそうです)、こちらの幼虫は生まれたての初齢幼虫と思われます。
そして初齢幼虫は、水以外のものを摂食せず、
母親が卵殻周辺に残した共生微生物を摂取するそうです!!
自身で生合成できない栄養素を、共生微生物につくってもらっているなど、
様々な意味があるようです。
この卵殻にそんな意味があったとは知りませんでした。
それからなんと、
その約10日後の御姿がこちらっ
美しっ!
成長早い。
カメムシは、不完全変態という、幼虫→成虫の間に蛹の姿を挟まない成長方法を持ちます。
故に幼虫も大人と似たような姿をしていますが、翅はまだなく、かわりにそのもととなる原基がついています。
蝶の仲間などは、幼虫(イモムシ)→蛹→成虫 という完全変態するグループですね。
密だった初齢からひとつ脱皮して成長した2齢以降の幼虫は、散ッ と分散するそうです。
↑の個体も、アブラギリから少し離れた人工物の上にいたため、歩き回る移動能力はそこそこ高そうです。
驚いたのが、アブラギリの木の幹をまるで高速道路の如く素早く行ったり来たりする行動です。
こうして実を見つけたり、他の木に移動したりするのでしょうか。
この運動会は8月5日でした。
それからしばらく経つと、アブラギリの周辺では、親の死骸くらいしか観察できなくなりました。
とっくに翅の生えた成虫の姿になり、越冬場所の海岸沿いへ飛んでいってしまったのでしょうか。
なんにせよ、まさか北陸でこんな派手派手なカメムシに出会うとは微塵も思っていなかった為、
とても嬉しい出会いでした。
皆さんも、夏にアブラギリの木を見かけたら、赤いカメムシがいないかぜひチェックしてみてください!
【参考文献】
・オオキンカメムシに関する生態学的研究
Ecological Studies on Eucorysses grandis THUNBERG. https://ci.nii.ac.jp/naid/120005584280
・農村におけるアブラギリの栽培と販売 : 島根県松江市島根町を事例に
The production and transaction of tung-oil tree in Japanese rural communities : The case of Shimane town, Matsue city, Shimane prefecture https://ci.nii.ac.jp/naid/120005994873
・山田 拓実, 藤原 智生, 増永 二之, 佐藤 邦明, 15 島根県島根町におけるアブラギリの分布と土壌調査(関西支部講演会), 日本土壌肥料学会講演要旨集, 2019, 65 巻, セッションID 15, p. 281, 公開日 2019/11/24, Online ISSN 2424-0575, Print ISSN 0288-5840, https://doi.org/10.20710/dohikouen.65.0_281_3, https://www.jstage.jst.go.jp/article/dohikouen/65/0/65_281_3/_article/-char/ja
・社団法人日本工芸会.研炭(とぎすみ) https://www.nihon-kogeikai.com/SASAERU/SASAERU-104.html ,2021年1月13日確認
・https://www.insects.jp/kon-kameookin.htm
・榊原充隆(2016)カメムシ学入門. 北日本病虫研報 67:123 .https://www.jstage.jst.go.jp/article/kitanihon/2016/67/2016_1/_pdf (2021年1月24日確認)
・ 友国雅章/監修,安永智秀・高井幹夫・山下 泉・川村 満・川澤哲夫()日本原色カメムシ図鑑-陸生カメムシ類-.全国農村教育協会
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