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ホモ・ハシレルス

○月△日
太古の人類は、アフリカ大陸から各大陸へ進出しながら、多くの陸上動物を狩り尽くして絶滅に追い込みました。
科学雑誌で読んだのですが、人類が陸上動物の頂点に立てた理由は、単に知能が発達して、道具を使って集団で狩りをするようになったからではない、とのことです。
知能以外に人類は、何の武器があったのでしょうか。

それは長距離を苦もなく走れるようになったからだそうです。ただただ、長く長く辛抱強く走り続け、動物が疲れ果てるまで追い詰め、遂には仕留めることができたのだというのです。そうして多くの動物を、地球上から駆逐したのです。

長距離を走り続けるためには、運動によって産生する熱を体外へ逃すシステムが必要です。人類は、そのために体毛を減らし、汗腺を発達させ、汗の蒸発で熱を逃したのです。そのシステムを得ることで、陸上動物界で優位に立てたのです。

体毛が濃くて汗が出ない動物は、うまく体の熱を逃すことができません。長く走っていると、体温が上がりすぎて、動けなくなるのです。
濃い体毛は、低い気温や、冷たい雨、危険な虫、ケガなどから身を守ることができます。人類はそれらのメリットをあえて捨て去り、裸になって、戦いを持久走に持ち込んだことで勝利できたのです。

他の動物たちが身を守るには、人類に走り勝つしかなかったのです。知能の勝負じゃなかったのです。
その証拠に、現在地球に生き残っている野生動物は、小さくてすばしっこいか、大型動物であれば、汗をかける馬か、険しい山岳や深い森の動物か、体が熱くならない寒冷地域の動物しか残っていません。
走り負ければ、絶滅か、家畜化が待っていました。

いつまでも追いかけてくる、あの毛のない猿ども、
しつこいよー。もう、いやー。
暑いよー、しんどいよー。ンモー。

という動物たちの恨み節が、何十万年も各大陸で聞こえたことでしょう。人類の大陸進出と同じ時期に、大型動物たちは次々と絶滅していきました。

比較的アフリカ大陸に大型野生動物が多く残っているのは、人類がアフリカ大陸で発生したからです。シマウマやガゼルたちは、人類の進化に合わせて人類取扱説明書を作成し、せっせとアップデートしてきたのです。

"あの毛の無い猿どもは厄介だ。臭いを憶えておけ。戦うな。見かけたらすぐ逃げるのだ"

アフリカ以外の大陸では、突然走れる無毛の猿がやってきて、対応する時間がなかったのです。弱そうな猿だったので、みんな油断したのです。

聞いてないよー。
何なんだよー、暑いよー、ンモー。

さて人類の方も、さらに長く走れるように、進化する必要があったはずです。長く走り続けて、しんどくなって諦めては獲物にありつけません。長距離走の辛さを克服する必要があります。

ならば走りながら、脳内の快楽物質を多く出すようにします。エンドルフィンです。エンドルフィンを出すことで、走ることが気持ち良いと感じるようにするのです。ランナーズハイです。

そして走れない人間、すぐにバテるような人間は、役立たずとして排除され、淘汰されたでしょう。走れる人間だけが生き残りました。

"今度遅れたら、お前には獲物はやらんからな。知らんぞ"

テレビでマラソンや駅伝の中継があると、ただ走っているだけの映像なのに、何が面白いのか、ついつい観入ってしまいます。あれは、走り続けて獲物を追い詰める、我らが集落の英雄を見ている太古の記憶があるからなのでしょう。
毎年正月に、山を走る若者を「神」と崇める風習が関東地方に残っています。寒いなか大勢の人たちが沿道で旗を振り、拝んでいます。

一時期ボクはマラソンにハマっていました。その頃よく言われたのです。42キロも走れるって信じられない、しんどいのに走る人の気持ちがわからない、すごいですねと。
でも尊敬よりも、変人を見る目で言われていました。

お前ら、情けないぞ。今の繁栄があるのは、オレたちが走れるようになったからこそだ。走ることが人類である証だ。再び動物どもを走って追い詰めないと、生きていけなくなる世の中が来たら、どうするのだ。お前らに獲物はやらんからな。知らんぞ。それではまた。

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