快を追求し、自分ファーストなら大抵のことは乗り切れる、 かもよ

「おにいちゃん、えらいねー」
この4ヶ月あまり、多くの老婆から何度も何度も褒められた。

朝夕に母を近くのスーパーへ買い物がてら散歩に連れ出しているのだけど、よく母の知り合いに出会うので、ひとしきり事情を説明しなければならない。
何年も施設に入って留守にしていたはずの母が、珍しく息子と歩いているのだから、みなさん何事かと知りたがるのです。
そして決まって言われるのです。
「おにいちゃん、えらいねー」と。
うーん。はたしてボクはえらいのだろうか。

ちなみに老婆と別れた後、「さっきの誰?」と母に聞くと、いつも全く同じ説明(「名前忘れた。向かいの角で喫茶店をやってた。最近、旦那さん亡くしはってん」)が返ってくるので、近所の老婆たちをなかなかアイデンティファイできない。
まあ困ることはないけど。

さてその母は、どういうわけかここ3週間ほどで日に日に衰えてきました。
腕が上がらないと言って、着替えがまともにできなくなりました。
杖のみで100メートルほど歩けていたのに、5メートルも歩けなくなりました。
押し車を使うと500メートル先まで休まず歩けていたのに、何度か休まないといけなくなりました。
座っている状態から立ち上がれなくなりました。
寝ている状態からも起き上がれなくなりました。
家の中でも手を引いてあげないとロクに歩けなくなりました。

つまり独りでトイレに行って、脱ぎ穿きして、帰って来れないのです。
母はダイアベティス(糖尿病の新しい呼び方)で夜間頻尿です。
今までは夜に起こされることはなかったけど、夜も昼もトイレのたびに世話をすることになりました。
非常用だったオムツは常用になりました。
時にはオムツにキャパ以上のおしっこをしてしまいました。そんな時はパジャマやシーツを替えなければなりません。夜中の3時とかにです。
ボクは連続して3時間以上眠ることが稀になってしまいました。
日中昼寝しようとしても、トイレ間が短くてがっつり眠れません。

実はそれでも精神的にしんどい、辛いとは思いませんでした。肉体的には疲れてましたが。
ただ、こんなに早く退行って進むの?
もっと徐々に進むんじゃなかったっけ。
などとは思いました。
おしっこの臭いを我慢して、オレって頑張ってる〜、ロクに眠れていないのに“おにいちゃん”はえらいな〜、なんてナルシスティックなことも露ほど思いませんでした。
マゾヒスティックな快感が少しはあったかもしれないけど。

ただ、このような”世話”はボクにとって不快じゃなかったのです。
こんなことをやるつもりで母との生活を決めたことだし。
作話の妄言攻撃は想定外でしんどかったけど、シモの世話とかは想定内でした。
今のような生活はそれほど不快なことではないのです。

ではボクにとって不快なこととは何か。
今年の初めに感じた、このまま母を施設に預けっぱなしにしていいのか、一方で自分は便利で快適な暮らしを続けてていいのか、という自問が不快だったのです。
その不快さに耐えられなくなったから在宅介護を選んだのです。

そう、ただボクは不快を避けて快に向かって進んでいるだけなのです。
不快なことはないから、我慢ができるのではなくて、我慢をすることはないのです。耐えられるのではなくて、耐えてもいないのです。

小さな不快なら少しはあるけど、それは工夫して取り除けばいい。そんな工夫をすることはむしろ快なのです。
深夜の母の呻き声が、トイレに行きたくて行けないのか、ただの寝言なのか判別できないので、母の部屋を静かに見に行きます。スヤスヤ眠っている時などはホッとはするものの、それで睡眠が妨げられたので脱力もします。
なので暗視カメラを取り付け、WiFi電波を飛ばしてスマホで確認できるようにした。これでずいぶん楽になりました。寝ながら確認できるのです。そんな工夫をするのも楽しいのです。

あと以前のようにジムに通えなくなったのは不快でした。近隣にジムがないのです。まあまあの都会と思っていたのに、エアポケットのようにない。
30年続けていた筋トレが途絶えました。今さら自重トレも辛気臭いし。
なので、下のようなマルチホームジムを買いました。約5万円。意外に安い。前に通ってたジムなら半年分です。組み立ては大変だったけど。
今は以前以上に体を鍛えているかもしれない。

40種類のトレーニングができるそうだ。どこにも詳しい説明がないけど。そんなにあるかなあ。
部屋がいかにも古いでしょう。
右隅にあるのはスポットクーラー。いずれ壊す部屋なのでエアコンはもったいなく。
母にも筋トレできるようにとも思ったけど、椅子が高くて座りにくく、まだ一度しかできていない。

あと母を置いてランに行きにくいので、以下のようなルームランナーを買いました。
天気に関係なく、思いついたらすぐに走れるのでいい買い物だった。3.5万円。
母にも毎日歩かせている。手すりがあるので何とか歩けます。歩けた時間で体調管理をしてます。

これを置くために棚を移動したら洗濯機の背面が丸見えになってしまった。不細工だ。要改善だ。
安いので耐久性は怪しいけど。

あと、台所の高さが低すぎて洗い物が辛かったので、小さな食洗機も買いました。工事不要のタンク式。2.5万円。

ギアを揃えるって、男子にはたまらないのです。実に楽しい。快適だ。
今度は単身赴任時代に使っていたステレオコンポを設置して、好きな音楽をかける予定なのです。

これらのモノは、前のマンションでは物理的にも妻的にも置けないものだった。

「妻的不可能」と言えば、他にもいろいろあるけど、気兼ねなく家飲みができるようになったのが大きいかもしれない。
いつでも昼間でも自由にシュポッと開けられるし。
第3のビールではない本物のビールが堂々と飲めるし。
ちょっと最近は飲み過ぎかもなあ。

まあそんなこんなで楽しく快適にやっているのです。
最近の修辞で言えば「自分ファースト」でやっているのです。
じゃないと続かないでしょう。

だからUNOたちよ。
徘徊するユーエヌオーたちよ。
Unidentified Neighboring Olders、
未確認近隣老人たちよ。
おにいちゃんはそんなにえらくない。
ただ自分の快感のためにやっているだけなんだ。

"Olders"は"Elders"がより正しいのだろうけど、”O”にしたい止むに止まれぬ理由があったのです。
それは、Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)に寄せたいという理由なのでした。それは止むに止まれないのか。それではまた。

P.S.
母は3日前に突然元気になりました。
通院している内科、整形外科、眼科の3病院に5回通院したときにそれぞれと相談し、とある処方が一夜にして劇的に効いて、以前の運動機能を取り戻しました。
自力で起き上がって、自力で歩いて、自力でトイレができています。
なので今はぐっすり眠れています。
エコーで判明した肩の炎症が元凶だったようです。

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