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カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』

9月23日
カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』読了

【ネタバレを含む感想です】

 むかし読んでよく分かんなかった本を読み直そうシリーズ。
 20年くらい前に初めて読んだ時は、あまりピンとこなかったのだけど、読み終えた当日の夜、明らかに小説内のある場面と関連のある夢を見て、ボロボロ泣きながら目を覚ますという体験をした。それだけ深層心理の深いところまで刺さる小説だったのだろう。

 改めて読み返してみると、村上春樹に大きな影響を与えた独特な文体がちょっとしつこく感じるところもあるものの、作者自身のドレスデンでの苛烈な体験を踏まえながら、虚実を入り混じらせる構成に唸らされる。

 ぶつ切りのような短いパラグラフの文章を次々に並べていく文体そのものが、主人公ビリー・ピルグリムの痙攣的時間旅行の感覚を表しているようでもある。
 軽妙かつ特異な文体で、飄々としながらも人間の愚かさ、惨めさ、滑稽さと、その奥にかすかに見え隠れするちいさな希望の光を、淡々と描き続ける筆致は、小説よりもアフォリズム集のようにも感じられる。

 宇宙人の説によれば、新約聖書の物語の欠陥は、キリストがそのみすぼらしい外見とはうらはらに、事実<この宇宙におけるもっとも強大な存在の息子>だったことであるという。だから新約聖書の読者は、はりつけの場面まで来ると、必然的につぎのような考えに傾いてしまうのだ。(中略)
「なんということだーーー連中はとんでもない男をリンチにかけようとしている!」
 この考えには、双子の兄弟がある。「リンチにかけてよい人間はほかにいる」だれか? 有力なコネのない人間である。そういうものだ。

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』

 この『腑抜けの英雄』もまたトラウトの本の題名であった。これは、くさい息をするロボットが、口臭を治療して世間にむかえらるまでの物語である。(中略) 
 主人公のロボットは人間そっくりで、会話、ダンスはおろか、女と寝ることもできる。人びとは、彼がジェリー化されたガソリンを人びとの上に落としたことに何の疑念も持たない。ところが、口臭だけは激しくとがめる。しかしその問題が解決すると、彼は人類のなかにあたたかく迎えられる。

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』

 老人はガスに苦しんでいた。老人はすさまじいおならを一発し、ついでげっぷをした。
「ごめんよ」と、老人はビリーにいった。が、また同じことがおこった。「ああーーー年をくうといろいろつらいことがあるとは思っていた」彼は首をふった。「しかしこんなにつらいもんだとは思わなかったな」

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』

 彼らはビリーを馬車からおろし、馬のところへ連れていった。知らぬままに使っていた交通機関がどのような状態にあるかを知るやいなや、ビリーはぽろぽろ涙をこぼして泣きはじめた。戦争中ビリーは何を見ても泣いたことはなかった。

カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』


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