【小説】いい奴 2

他の部活がどうなのか、他の学校の水泳部がどうなのかは分からないけど、うちの水泳部は個人競技という特性のためか、部内でのヒエラルキーのようなものは一切なく、それが学校内のヒエラルキーでは間違いなく下層にいる僕にとって、居心地が良かった。

団体競技のようなレギュラー争いはなく、実力があろうがなかろうがとりあえずシーズン中に3、4回は行われる地区大会には部員全員が出場できる。
あくまで身体づくりや青春の思い出として部活に参加する者、ちゃんと県大会などの出場を目指す者が一律に集っているのが、そのときはそんな言葉はなかったけど、多様性を感じた。

あえて、競争意識のようなものがあるとすれば、リレーの選手に選ばれるかどうかという枠争いかもしれない。おおよそ個人の泳力は普段の練習からなんとなく把握されているが、月に一度のタイムトライアルで自分の種目のタイムを計測し、100mのタイムが早かった順に、メドレーリレーとフリーリレーの選手が選ばれた。

はっしーは、平泳ぎの選手だった。もう記憶も遠い真面目にスイミングに通っていた小学校時代に経験して以来、リレーの選手に選ばれるかどうかという争いからはとっくに辞退していた僕と違い、はっしーは1枠しかないメドレーリレーの平泳ぎの枠を争っていた。

その枠を争うのは主に3人。はっしーと、僕らの同期の悠馬、そして1個上の先輩大智くん。
しかし、実際には争うとはいっても、泳力は悠馬が頭ひとつ抜けていて、メンバーに選ばれるのは悠馬。そのときのコンディションによって控えに大智くんが選ばれたり、はっしーが選ばれたりという感じだった。悠馬は個人でも県大会だけではなく地区大会まで進出してしまうほどの実力の持ち主で、1年のときから大型新人としてかなりもてはやされていた。

「いや〜悠馬には勝てないねぇ」
タイムトライアルの後、何度目かの敗北をしたはっしーはいつもの帰り道に呟いた。
大体、いつもしょうもない雑談を切り出すのは僕の方で、真面目に部活の話題を僕からすることはほとんどなかったから、部活の話になるのは少し珍しいことだった。
「今日はっしー調子良かったから、もしかしたらって感じしたよね」
「それに悠馬があんまり調子良くなかったからね」
調子悪い悠馬と好調の俺が争ってなんとかトントンってかなし〜、と言うはっしーは珍しく少し悔しそうで、僕は彼の新しい一面を見た気がした。

はっしーは、喜怒哀楽でいうと、いつも「楽」が全面に出てるような人。怒ったり、悔しがったりしてるところを見たことがない。
大好きなディズニーの話をしているときは少しテンションが高いけれど、飛び跳ねて喜んだりするようなところも見たことがなかった。いつでも穏やかで、ご機嫌。そこが彼の愛される所以なのだけど、僕はいつしかはっしーの激しく感情が動くところが見てみたいと願うようになっていた。

市内大会で、3位に入賞したうちのメドレーリレーチームは、県大会にも出場できることになった。悠馬が入って以来、リレーチームが県大会まで駒を進めることは当たり前になってきていたけれど、今回に関しては選手たち全員のコンディションが良く、うまくいけば県大会でも8位入賞を果たし、地区大会までコマを進められるのではないかという期待がかかっていた。
しかし、県大会当日、思わぬ事態がおきた。悠馬が調子を崩したのだ。午前中に行われた個人の100m平泳ぎでも入賞を逃し、地区大会に進めなかった。肩を痛めていて、リレーへの出場は困難になった。

思わぬ形で、控えだったはっしーが泳ぐことになった。個人でも自己ベストを更新したほど、その日のはっしーのコンディションは良かった。チームの地区大会進出を願う部の空気は、途絶えていなかった。

1日の最後に行われるリレー。スタンドで皆が見守る中、レースが始まる。背泳ぎの第一泳者が、全体の3位で第二泳者のはっしーに繋ぐ。必死で、隣のレーンの2位を泳ぐチームに食らいつくはっしー。なんとか3位を保ったまま、第三泳者に繋ぐ。

結果としてアンカーで逆転をされ、うちのチームは4位という結果になった。水泳はタイムレースなので、全レースのタイムが早かった上位から、最終的な順位が決まる。その後に控えている最終レースは強豪校が並んでいるので、4位という結果は入賞ギリギリラインだった。

結果、電光掲示板が入賞を示す高校名の表示に、うちの高校の名前はなかった。10位という結果だった。応援をしていた部員から落胆のため息が出るも、泳ぎ切った選手に目いっぱいの拍手を送る。スタンドからでも、4人の選手の顔ははっきり見えて、悔しながらもお互いの健闘を讃えあっている様子が見えた。
僕は、はっしーから目が離せなかった。あの日、悠馬にタイムトライアルで負けたときとは比べものにならないくらいの、強い感情が浮かんでいた。
「やっぱ悠馬先輩が出れなかったのが響いたよね」
近くの1年女子が小さく囁いた言葉と、はっしーの表情がオーバーラップして、僕の頭の中からずっと離れなかった。

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