アイロニーフィクション②

20▲▲年7月 大学1年生・初夏

小さく深呼吸してから扉をノックする。返事がない。
でもいるのはわかっている。だって頭が見えるから。

しばらくすると一瞬こちらを確認して、「仕方ねえな」という雰囲気を出しながら扉を開けに来てくれる。
あの「編入するか?」の面談依頼、私は先生の研究室に通うようになっていた。
「今日はね~音大に通う清楚なお嬢様をイメージしたファッションなの」と、私にしては地味な紺色のワンピースとベージュのカーディガンを説明した。
そんなくだらない話を振るほどには懐いていた。

「今日の○○先生の授業はどうだった?」
「崩壊しているけど諦めてた」
「あなたが?先生が?」
「どっちも笑」

先生は大学の当時の教育体制や仕組みについて懸念を抱いていた。
たぶん他のどの大人よりも学生の教育に対して改善しなければという意思と、それをいかに現実に落とし込んでいくかという頭の良さがあった。

だから、学年で1番優秀な学生が自分に懐いたこと、大学の現状に疑問を抱いたことは、
都合が悪いことではなかったんじゃないかと思う。

私自身も大学の学級崩壊している授業、中高生でもできるような課題で単位がとれること、
何を研究しているのか言語化できないゼミ活動の数々に眼の光を失っていたので、先生の存在は私にとっても精神的な支えだった。

先生の唯一の友人であった斜め向かいの研究室の先生も賛同してくれたりして、
これからこの大学の大人たちに一矢報いてやろう。先生と生徒のバディ物みたいにドラマチックで面白いじゃん。と息巻いていた。


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