夜の山道

その日は予定していた時間よりかなり早く目覚めた。
過去にもこのような長距離自転車の旅には出たことがある。その時は関西ー関東だったから今回はまだマシのはずだった。

でも、少し興奮しているのかいつもよりかなり早く身体が勝手に目覚めた。
ただ、それはそれで都合が良かった。

前日から用意していた出発道具をリュックに入れて、自転車店の開店に合わせて家を出る。これから富山まで約300キロの行程を共にするべき相棒を予算の中で探すことから旅は始まった。
サイクルショップを数軒回るが、「あーでもない、こーでもない。」と考えれば考えるほど決めきれずに時間だけが過ぎる。

今日は敦賀まで行かなきゃ行けない。もう時間がない。迷いに迷った中で予算の範囲内に収まったクロスバイクに決めた。

それは女性用サイズのクロスバイクだった。が、サドルを上げれば全然使える代物だ。まだ、ライトも装備出来ていない、ドリンクホルダーも付属されていない最低標準装備のクロスバイク。

最悪ライトは道中で買おう。

旅の途中で道具を揃えるロールプレイングゲームのような心持ちで僕は国道1号線を漕ぎ始めた。

京都から山越えをして1時間程で大津へ到着。そこから琵琶湖の西側を北上していく。途中100円ショップでライトを装備し、美味しいラーメンを食べる。そしてまた走り出す。
漕いでいると流石ビワイチ(琵琶湖一周)で有名なだけあって自転車ライダーを沢山見かける。ライダーの後ろには大体トロトロと蛇行運転をしている自動車がセットになっていて、対向車線から観察していると道が窮屈になってドライバーは大変そうだ。

そう思いながら自転車を走らせているとふとしたことに気づく。

対向車側には行きかう沢山のライダーを見かけるのにこちらサイドは全くライダーを見かけない。同じ自転車乗りでもみかけるのはママチャリに乗った主婦や学生位である。

どうしてなのか。

その答えは琵琶湖の観光名所で休憩を取った時に知ることが出来た。
近江最古の大社にして長生きの神様として知られる白鬚神社。同じようにこの白鬚さんに立ち寄るライダーに出くわした。
お会いした初老のライダーに疑問をぶつけてみると、「ビワイチは右回りなんですよ。」と一言。
なるほど、僕のようなここから左回りで北陸に行くような同志はいないのだと悟り、旅の安全を白鬚さんに祈願しまたひたすら琵琶湖を北上した。

ようやく滋賀の県境につくと時間はもう16時をとうに過ぎていた。
ここから山越えをして敦賀に向かう。自転車の変速をこまめに変えながら山を登っていくが、やがてそれも難しくなり自転車を押していくと間もなく辺り一面が闇になった。

最初は民家もあったのにそれも段々と無くなっていく。

「完全に時間を見誤った。。」

「いや、、見誤ったというか午前中のんきに自転車選びなんかしているからだ。」

自転車を漕ぎながら後悔の念が沸き上がってくる。

夜18時を過ぎるともう辺りはただただ夜が広がる。街灯のない山の中では100円ショップのライトじゃ1メートル先もよく見ることができない。崖が近くにあったらどうしよう。そう思えると手が震える。

「こえぇ、、、」
北陸の山だ、熊も出没する可能性も多いにある。草むらから飛び出てきたらどうする?
そう思っていた時、後ろが大きく光った。よく見ると光が何個も連なって見えた。

「車だ!!」

信号のない峠を越えていく車は、こんな時間にこんな真っ暗な道をまさかこんな自転車で渡っている奴なんかいない。そう主張しているように見えた。

急いで脇道の安全な所に避難する。そして取り付けていた自転車のライトを振ると、加速していた自動車が急速に減速するのが分かった。

ガラス越しに怪訝な顔でドライバーがこちらを見ているのが分かる。
やってきた光の集団は再び闇の世界に吸い込まれていき、再び夜がやってきた。

あっという間の出来事だったが、やってきた光の集団は脅威でもあり、どこかホッとする気持ちにもしてくれた。それが分かったのは辺りが再び夜になってからだった。

またしばらく自転車を漕いでいると後ろが光った。
今度は遠くからライトを振ると早めに減速してくれたのが分かった。
中には助けを求めているのか勘違いして状況を聞いてくる方もいた。

「乗せてください。」

口から今にも言葉が脱皮しそうになるのを堪えて、先ほど暗闇の中自転車を漕ぎながら練っていた作戦を実行した。

僕は光の集団の最後尾が通り過ぎるのを待って、脇道から車道に乗り出し勝負に出た。そして光の集団が照らすライトを頼りに全速力の立ち漕ぎで彼らの最後尾の1つになろうと奮闘した。

第一集団は引き離しにかかる。それに食らいつくも程なくして第二集団に転落し辺りは再び夜の世界に包まれた。

第二集団は自分との闘いだ。しばらくまた夜道をひたすら漕ぎ続ける。

「敦賀はまだか。」

位置情報を調べようにも何年も愛用している僕の相棒はEMPTYだった。
「こちらがEMPTYだよ。」寂しいから独り言を山の中で言ってみる。

孤独、キツイ、運動不足だ、あーサンダーバード乗りたい、腹減ったなー

色々な気持ちが頭の中を何度も反芻する。
そうこうしている内にしばらくすると、家の灯りが見えた。それは大きな光だった。

またしばらく漕ぐと眼下に街が広がっているのが見えた。ゴールは目前だ。
時刻は19時を回っていた。もっと長く感じられたことを思うとやはり人間の感覚はいい加減である。

「第二集団で自分に勝った。」と小さく独り言を言ってみる。

ご褒美は福井のソウルフード「ソースカツ丼」を腹一杯食べた。
なにやらこのお店は発祥の店のようだ。とにかく心も身体も満たされる。敦賀駅まで自転車を押して歩いていると列車が目の前を通過していった。

「こいつは何時に大阪を出たのだろう。そしてこれからわずか数時間で目的地に辿り着いてしまうのだろう。」

そう思うと文明の利器に驚嘆する。これだけ必死に漕いだのに僕を追い抜いて簡単に第一集団に踊り出てしまうのだから。

明日は金沢まで行く行程だ。その為に早く寝ないと。駅前を散策したい気持ちを抑え寝床へ向かう。

「明日はしっかり走らなきゃ。」と歩きながら考える。

「あ、でも、気比神宮だけは立ち寄ろう。それに福井の美味しい越前おろしそばも食べなきゃ!」とお楽しみが計画に水を差す。

明日も計画通りには行かない気がしてきた。でも、それが旅の醍醐味、楽しむ気持ちを忘れずにゴールに向かおう。気持ちは既に走り出している。



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