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アベンジャー養成ギブス

いつものスーパーで買い物中のこと。

両脇が商品棚の狭い通路で
私は目当てのものを棚から取り出してカゴへ入れ
そこから出ようと視線を移すと

ちょうどこの通路へ入ってきた女性が目に入る。

彼女は店の制服を着ているので
ひと目でスタッフとわかる。

私の背側には向いの棚の商品を見ている人がいる。
その人と私の空間は40~50㎝ほどだろうか。

スタッフは躊躇することなくこちらへ向かってくる。

私は無意識のうちに一歩さがり、
自分のカゴがそのスタッフに当たらないよう
持ち方の向きを変えた。

スタッフは「どうも」という感じで
少し頭を突き出すような素振りをして
私の前を通り抜けた。
それから彼女の後に続いて出る私。

(ん?)

ザワッと違和感がよぎる。

私が彼女、つまり店のスタッフに
道を空けて譲ったということなのだが、

これは長年、接遇ごとに携わってきた習性で
咄嗟にそうしてしまうだけのこと。


ーー 何で譲っちゃったかな


私に人徳はない。

違和感は「あたくしが客なのよ」という不満だ。

ーー だれ様のつもりなのよ、あーた。
   例え、こちらが譲るしぐさを見せたとしても
   そこは「お先にどうぞ」じゃございませんの?ーー



ヤバい、スイッチ入った…


私の脳内にどこぞの夫人降臨。

ちょとあーた、お名前何とおっしゃるの?


ーー しかもアゴ突き出して
   あーた、それ会釈って言わないのよ。
   みっともないったら。 ーー

ーー お客に譲らせといて平気なその神経
   パンツのゴムで出来てらっしゃるのかしら?

   あーた、自分のお給料は
   誰から頂いてらっしゃるおつもり?

   端くれにもサービス業に携わる身なら
   それくらいお気づきなさいな! ーー


雑言が溢れまくる。
止まらない…


私は長らく小売業で働いた。
接遇を指導する研修もさんざん受け、
接遇力向上プロジェクトで
全国の店舗を廻ったりもした。

20年以上に渡り、
お客様満足度向上に努めたこの実績は
自分に何をもたらしたのか。

誇りや人格の成熟ではなく、
アラが目につくせちがらさだけなのか。



私の行く末は、世間に牙を向ける老害か?



アベンジャー復讐者 誕生!



我こそは還暦アベンジャー!

ーー あーた、笑顔のひとつもろくに作れないで
   よくそれで恥ずかしげもなく
   店に立てたものねー!

   あたくしなんてあーた、骨折してたって
         お客様の前では微笑んだものよー! ーー


どこかのスーパーに出没しては
その接遇に要らぬケチをつけ
小言を並べ、
挙句の果てに「誠意をお見せなさい」と
総菜に不当な値引きシールを要求し、

「ああ、あのヒトまた来た…」

店のスタッフ間で目配せし合い、
警戒すべき要注意人物としてマークされ

そして私は
そんな彼らから向けられる憐憫の気配を吸い取り
さらに肥大化していくかもしれない…




小売業に携わった20数年、
この職のお蔭で生計が成り立ったとはいえ
毎日、私はとにかくクタクタで
絞り切ってもう何も出ない、
脱水後のタオルのようだった。


気を失うように眠っては朝を迎える日々。

息子たちにクリスマスツリーひとつ飾ることなく、
運動会はおろか、卒業式や入学式も中座した。

それらを犠牲とは思わないし、言いたくもないが
有給消化など幻の4文字だったことは確かだ。

特に仕事が好きだったわけではない。



ただ、必死に働いた、それだけだ。


しかし今、そのことが自分にとって
アベンジャー養成ギブスなのではないかと
怯えている。

ガオーーーーッ!


誰か私を止めてー!・・・




流れ行くわれは水屑と成りはてぬ
           君しがらみとなりてとどめよ

菅原道真≪大鏡≫ 菅公さま、こんな記事に引用してごめんなさい。




本日も脳内毒演会にお付き合い頂き
ありがとうございました。
では また…



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