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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那②~

東南アジアのある地。
裕福な家に、私は生まれた。
子守の茉莉の背中で、育つ日々。

品のある、囁くような小声で、自分の名が聞こえてきた。
・・・・奥様のお呼びだ。
茉莉は、背中のあたたかなぬくもりと共に、屋敷へ入る。

この家に赤子が生まれて、半年が過ぎていた。
赤子は「蒼月」と呼ばれていた。
とはいえ、これは正式名ではない。
この地の慣習で、生まれた男子は数年後、仏寺に迎え入れられる。
然るべき儀式を経て、寺で一定期間修行しないと
正式に名付けられることはなかったからだ。
そもそも当時、名付けられるまで生き延びる男子は、半数ほどだった。

「茉莉、ありがとう。
 蒼月の子守をしてもらいながら、家事も手伝ってもらっていて。
 本当に、感謝するわ。」

奥様、蒼月の母親は、茉莉に体を支えてもらい、体を起こしながら言った。

蒼月の母親は、元々体が強くなかった上、難産で体を痛めていた。
この時代、そのようになった女性は容赦なく、婚家から追い出されていた。
幸い、蒼月の父親は妻を愛し、経済的な余裕がある人間だった。
風通しの良い屋敷の一角で、妻を養生させていた。

「『蒼月』。いい名前ね。」
力が入らないため、自らの腕には抱けない我が子を目を細めて見やる、
蒼月の母のその様子を、茉莉は優しく見守った。

蒼月の名付けは、茉莉が歌う、この地に伝わる子守唄が由来だ。
 ”茜さす夜に 蒼い、蒼い、月 稲穂に満ちよ、月の光”

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「茉莉。残念ながら、私は蒼月の名付けを見ることは出来ないでしょう。
私がいなくとも、あなたの縁談を世話するよう、主人にお願いしたわ。
どうか、私達の厚意を受け取ってちょうだいね。」

「奥様。大変有難いことで。早く、良くなってください。」

「ねえ、茉莉。どうか蒼月を・・・、あの子を、守ってあげて。」

「もちろんですとも、奥様。さあ、体に障ります。お休みくださいまし。」


きっと、きっとよ・・・・
つぶやきながら再び、蒼月の母は眠りの世界に行ってしまった。

それから、ほどなく。
蒼月の母は、光に還った。

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朝から、土砂降りが続いていた。
屋敷の中には、花と様々な物、香と読経が満ちている。
すでにその前の日に、村の人々はお祝の品を屋敷に届けて、
嵐の中、それぞれの家に引きこもっていた。

蒼月の母が亡くなってから数年後のその日。
父と継母、弟に見守られながら、蒼月は剃髪を受けていた。

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妻の没後ほどなく、蒼月の父はこの地の慣習に倣い、後添えを娶った。
婚礼直後、父親がわからない子どもを後添えは身籠っていたことが発覚。
蒼月の父は、その事実に苦悶した。

後添えのお腹の子が臨月の頃、蒼月の父は寺に籠った。
そして、信頼のおける仏僧に、自分の人生に起こったことを打ち明けた。
仏僧は深い思索の後、口を開いた。

「・・・・・・この世は、因果応報よの。」

「ええ、尊師様。その仏の教え、存じ上げております。
しかしながら私は、人様の心を傷つけ、何かを奪い、
貶めをした覚えは一切、ございません。なぜに、このようなことが。」

「そなたが、模範的な人間なのは、わしも知っておる。
 だからこそなのだ。
 今世の果報を受けるべく、生きておろうな。」


蒼月の父が帰宅してほどなく。後添えは、男子を出産した。
蒼月の父はその子を、養育することを決意した。

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剃髪式の後日。
屋敷から仏寺へ歩む蒼月を、村の人々は沿道から祝福した。

名付けられる齢まで成長した蒼月。
結婚したばかりの夫の傍らで、
茉莉は、その幼き凛々しい姿を万感の想いで見守った。

仏様。
どうか蒼月様が健やかに、この世で生きていかれますように。
何卒、お守りお導き下さいませ。

茉莉は、空を仰ぎ、祈った。

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