見出し画像

「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那③~

東南アジアのある地。
裕福な家に、私は生まれた。
「蒼月」という名で、子守の茉莉の背中で育つ。
生後数年経ち、剃髪式を迎え、仏寺での生活が始まった。

蒼月は屋敷を発ち、寺院に到着した。

辺りはすでに暗闇。就寝時間となった。
まだ幼い仏弟子仲間は、家恋しさに泣いている者もいた。
しかし、蒼月は、心休まる思いですぐ眠りについていた。

実家である大きな屋敷は明るく、家財・食べ物が豊かにあった。
外には、美しい田畑が広がっていた。

蒼月の父は、蒼月を愛してくれた。
継母は、蒼月に、よそよそしかった。
それでも、互いに距離を置いて接していれば、さわりも無かったが。
元より継母は、家族の誰とも馴染んでいないように思われた。

”弟” 
蒼月は知らなかったが、血の繋がりがない弟。
蒼月にとって彼は、幼き心を乱し傷つける存在だった。

蒼月が端正な容姿であるのを、妬み。
活動的でない蒼月ができない木登りを見せつけては、優位に立とうとし。
体が弱く、寝込む蒼月を皆が介抱するのを、妬み。
小食の蒼月の隣で、大食を見せつけては、優位に立とうとし。
どの子供達にも好かれる蒼月を、妬み。
悪ガキどもを率いて、派手ないたずらをしては、優位に立とうとし。
同じ屋敷内で家族として暮らしながらも、弟が隣にいると、
蒼月は、体の精をどんどん吸い取られていくことを感じた。

さらに難しいことに、蒼月の父は。
実はまとまりのないこの家族で、仲良く暮らしていこうと努力していた。
蒼月は、父の想いが理解できた。
それだけに、継母と弟との落ち着かない生活に、密かに苦しんだ。

察しが良い子守の茉莉は、この家族の背負う不具合を理解していた。
屋敷内の嵐や雹から、茉莉は身を挺して蒼月を守った。

画像1

眠りにつく前。
蒼月は、自分を愛し育ててくれた茉莉を想った。
悲しい時は、共に痛みを分かち、嬉しい時は、共に笑ってくれた。
敬虔な仏教徒である茉莉の「仏のお話」は、とても興味深かった。

茉莉が、蒼月の父母の取り計らいで下男の一人と結婚した時。
その花嫁姿は美しすぎて、別人のように思った。
しかし次の日の朝、いつものように屋敷を掃除しているのを見て、
ほっとしたことも、蒼月は思い出した。

翌朝。
まだ日が上らないうちに起床。
寺院内外の掃除が始まった。
蒼月達は幼い子供ながら、少年僧として世俗から解脱し、
厳しい戒律を守りながら生活をする。
経典の学習、托鉢を経験。
この一定期間の修行を経て、戒名を授けられる。

蒼月は、尊師から聞く仏法、経典の講話に目を輝かせた。
そして、自らの魂が高揚するのを、日々実感した。
読経すると、自分が大きく広がり、大きな大きなところへ繋がっていく。

画像2

蒼月は、仏弟子仲間と托鉢に出かけた。
村の人々は心得ていて、まだ幼い僧達が喜ぶものも用意し、
寄進してくれた。
爽やかな朝の光を浴びながら、たくさんの喜捨を手に、揚々と歩く。

川に差し掛かったところで、皆に子供らしい悪戯心が湧いてきた。
「おうい、みんな。誰が一番遠くに飛ばせるか、競争しようぜ。」
やろう、やろうと、皆は乗り気になった。
次々、我こそはと、光輝く川面に飛沫を飛ばす。

「・・・・困ったな・・・。」
蒼月は狼狽え、顔が真っ青になった。
この事態に逃げようがなく、座り込んでしまっていた。
「やい、蒼月。お前の番だぜ。」
・・・ああ、もうだめだ・・・。
蒼月は、絶望に気が遠くなってしまった。

そこに、遠くから大きな声が響いてきた。
「まあ、何という事でしょう。坊様達!ほら、お仲間の体を支えないと。」
 ・・・茉莉だ、助かった。
「お戯れを止めて、すぐ手当てを。暑さに中ってしまわれたのでしょう。」
 朦朧とする中で、蒼月は安堵していた。

仏弟子仲間は慌てて、蒼月に水を飲ませ、涼しい所に寝かせた。
その様子を茉莉は、離れたところからずっと見守っていた。
母のような存在だとしても、
女性の茉莉は、出家中の蒼月や少年僧に近づけない上、
本来であれば、声をかけることすらできない。

画像3

その一件から、ひと月後。
蒼月は、仏弟子達と共に、還俗の儀式を迎えていた。
戒名を授かる事、茉莉に再会できることは嬉しいものの、
実家である屋敷に帰るのは、とても気持ちが重かった。

呼び名を呼ばれ、恭しく前へ出た。
尊師は、蒼月に戒名を授けた。
 ”慧光”
瞬間、神鳴りに打たれたかのような閃光を感じた。
「のう、慧光よ。そなたは、光となれ。
 自らをも照らすことを、忘れるでないぞ。」

実家である屋敷へと、慧光は歩んだ。
沿道から村の人々は、新たな名を授けられた慧光を祝福した。
その中に、幼馴染の蓮花を見つけた。
蓮花は、素直な心根を持つ、美少女だった。
慧光の父と蓮花の両親は懇意であり、両家の交流は密だった。

屋敷の前で、茉莉が出迎えてくれた。
その姿を見て慧光は、あのまま仏寺での生活をしたがったが、
やはりここに戻ってよかったと、ようやく思えた。
笑顔の茉莉に誘われ、屋敷に入る。

慧光はふと、その笑顔に翳りがあることに気づいた。


ありがとうございます! あなた様からのお気持ちに、とても嬉しいです。 いただきました厚意は、教育機関、医療機関、動物シェルターなどの 運営資金へ寄付することで、活かしたいと思います。