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「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉙~

東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊(空)」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。

光環は、口にしたことのない話題を、茉莉にたずねた。

「ねえ、茉莉。結婚したご主人は君に、ひどいことばかりをしただろう
 さぞ、辛かっただろう。それでも、どのようして明るく真っ直ぐに生き、
 ご主人を怨みにせずに、生きることができたのか?」

貴方様には、正直に申し上げましょう。
散々、恨みましたよ、自分の因果に。

ご存知の通り、私はたくさんの兄弟姉妹の中で育ちました。
食べさせることが大変だったのですね、両親からは一人でも早く、
家から出ていってほしいとのぞまれていました。

そんな私に、ご主人様と貴方様のお母様は縁談をくださいました。
お二人は、屋敷の下男の中で一番の働き者を、私の夫に選びました。
夫は寡黙で。そして素直で誠実な人でした。
素晴らしい人と結婚できることになり、よかったと心から思いました。
自分は幸せになれると、胸躍る気持ちでしたよ。

ところが、祝宴の後すぐから、夫の暴力・暴言が始まりました。
女性と問題を起こし、生活に貯めたものを全て使い果たし。
私は自分の存在を軽んじられ、全否定され。
一体なぜ、この私は全てを奪われ尽くさないといけないのかと、
辛い日々を過ごしました。
それでも夫とは縁があったのでしょう。次々子供を授かりました。

しばらくして、気づきました。
自分の独りよがりな正しさと傲慢さに。

私は、仏様の教えに従い正しく生きてきたと、自信がありました。
身体が丈夫な上、皆を愛し、朝から晩まで真面目に働いてきた。
だから、自分は幸せになるものだと、思い上がっていたのです。

本当に苦しかった時、仏様の教えに縋りました。
人生の苦しさ全てから解放されたいために。解決してもらうために。
その考えは、正しいものではありません。
仏様の教えは、私達に真理に覚めるためであり、
引き換えに何かを得ようとするものではない。

元より自分に起こることは、
自分以外、誰も解決できないものです。

仏様の教えを知れば知るほど、自らを知りました。
私は、夫となった人と向き合うことにしました。
まずは、更に辛いばかりでした。
なぜ、このような人間と私は対になっているのか。
やるせない気持ちしか、起こりませんでした。

そのうち、気づいたのです。
私のような清廉潔白、真面目な人間と釣り合うはずもないと、
非道を繰り返す夫を、自分の心の奥底で見下していたのです。
もしかしたら、夫だけでなく周囲の人間にも
その厳しき目を、一方的に向けていたことに気づいたのです。
それまで無意識ではありましたが、
自分の価値観を人に押し付けていたのです。

夫は、変わらず外を出歩き、問題を起こし続けました。
中々、私はその夫の良き面を見出すことができずにいました。

しかし、何かがゆっくりと確実に、変わっていったのです。
私は夫と出会っていなければ、
この今の境地に至ることはありませんでした。
夫となってくれた人に、感謝しています。
あの人が夫だから、子供達の父親だから、
自分に何かをしたからということを一切無くして、
人を認める、尊重することの大切さを、私は知りました。

それは、自分自身に対しても。
自分に条件を付けず、認める、尊重することはとても大切なのです。
人生に何があっても、私達は、自らは如何様にもできます。
そうです、何者からも、不幸にされることはありません。
どのような顔で生きるかも、自由。
笑顔で生きる意志をもてばいい、それだけです。

夫はある時、家を出たまま、戻ってこなくなりました。
行方知らずとなって、一年ほどたった頃でしょうか。
隣村との境の草むらに、無縁仏が見つかりました。
村の寺院で供養される前、
どういう巡り合わせか、その仏様の姿を、私は見ました。

それはそれは、小さき姿。
わずかに残った肉に無数の虫。骨ばかり目立つ、人だった体。
明るき太陽の陽にさらされていたと思われますが、それは闇の欠片。

なぜか、わかりました。
これは、あの夫の骸だと。

私は、誰にもそう告げませんでした。
夫は、野に出たまま地に還ることを望んでいるでしょうから、
死して、自分が否定した結婚や家族に囚われたまま、
その家の敷地内に葬られるよりも。

小さき骸に、自然と手を合わせておりました。
夫に、ようやく感謝を感じました。
慈愛の言葉を、かけることができました。
夫との間の娘が、私の肩を優しく抱いてくれました。
そのあたたかさに、穏やかに包まれる幸せの中、
この子供達に出逢えた夫の結婚を経験出来てよかったと、心底思えました。

それにしても、なんという姿だったことか。
私に起きたことは全て幻のように、今は感じております。
絶え間なく私に暴力を振るった足も手は、朽ちて無くなり。
罵りと妄言を発した口は、跡形もなく。
持ち出した家財など何一つもたず、懇意の女性達に囲まれることもなく、
夫は、自分の身一つで朽ちたのです。

「茉莉と、ご主人の学びは終わりましたね。」
ええ、ついに。
今は太陽に守られ、風に包まれ、水に満ちた日々を過ごしております。

剛充様に、これからもお仕えします。
重ねて申し上げますが、何の心配もいりません。

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光環にとっては、過去も今も、そして未来も。
茉莉は、光そのものの存在。
母なる慈愛に満ちた、その瞳を見つめながら言った。
「茉莉、我は仏の導きに従い、巨大寺院、隣国に向けて旅立つ。
 達者でいてくれ。」
「はい。貴方様とご縁ありました今世の幸せに、感謝します。」

そして、茉莉は光環の瞳を見つめ、笑顔で告げた。
「また必ずや。お目にかかりましょう。どうぞお元気で。」

光環と別れたその夜、月を眺めながら、茉莉はあの歌を口ずさんだ。
”茜さす夜に 蒼い、蒼い、月 稲穂に満ちよ、月の光”
どうか皆に、この世に光に満ちますように。
茉莉はそう願った。


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